12 カードゲット!




「もしもーし。だいじょうぶですかー? もしもぉーし」


「はっ!!!」


わたしが手をメガホンみたいにして呼びかけていると、地面に転がるように横たわっていた金髪の冒険者が目をかっと見開いた。わたしが一歩下がると、冒険者のお兄さんーートマスはがばりと跳ね起きる。


そして周囲を見渡し、頭上に広がる青い空を見上げた。ぴちち、と鳥が横切っていく。


そこはロンファの街の、「隠れた小径ヒドゥンパス」の小さな祠の前だった。わたしたちは、ダンジョン【狭間の神殿】を踏破し、そしてまた入り口に戻ってきたというわけだ。


住宅街の奥まった隙間という奇妙なところにあるこの祠は、一日中日陰だしじめじめしてるし苔が生えてるし地面の濡れてるし正直ちょっと臭いし、あんまり長居をしたい場所ではないのだけれど、トマスが気を失ったままだったので、移動することも出来なかった。いろいろな意味で、目を覚ましてくれて良かった。


トマスは再び周囲を見て。


「なんだ、夢だったか・・・」と呟いた。「とてもいい夢だった。【狭間の神殿】に入って、ざくざくモンスターを倒して、罠部屋の蝙蝠も全滅させて、ボスも倒して。ほとんど1日でダンジョンを攻略したんだけど、最後に裏ボスに出会うことができた。僕はそこで次元の狭間に落とされて、意識を失ってしまったんだけど・・・これまで知られていなかったダンジョンの新しいパターンを知ることができて、本当に楽しかった・・・いや、いい夢だったよ」


「よくわからないですけど、たぶん、それ夢じゃないですよ」


「え、そうなの? そうなの? あれ夢じゃなかったの? ほんものなの? モノホン? モノホンなの?」


「ええ、あれから、裏ボスからなんとか逃げてきたんです・・・魔法袋のなかみを見てもらえれば、なっとくできると・・・あの、ちょっと、ちかいです・・・」


思い出し冒険でテンションを爆上げし感涙にむせぶトマスを、わたしはしばらく遠巻きに見守った。


それでもトマスのテンションが元に戻らず、ちょうど時間的にお昼にさしかかったので、わたしはお昼ご飯を街の屋台に食べに行った。


戻ってきたら、トマスはわりと落ち着いて地べたに腰をおろしていた。というか、騒ぎ疲れたらしい。


「なんか・・・ユズリ、君、感動が薄くない? 普通、仲間を置いてっちゃう?」


「そうですか? あ、そんなことより、おみやげ買ってきましたよ、つぼ焼きそばです。まだあったかいし、おいしいですよ」


「いや、君は感動が薄いよ、あれほどの大冒険はそうそうない・・・いや、そんなにぐいぐい壺焼きそば押し付けないで・・・顔にぐりぐりしないで! いや、いたい、痛いよ!」


焼きそばの入った素焼きのつぼを、トマスはこころよく受け取ってくれた。よかったぁ。




■□■




「おお来たか。これが頼まれていた品物だ」


ステイタスカードの作成をお願いしたお店にわたしが入ったとき、店番は前と変わらずスキンヘッドのおじさんだった。入る前からそわそわしていて、なんというか、待たれていたらしい。


「どうだ? ん? ごほん、その、出来栄えのほうは」


カウンターに並べられた2枚の魔法銀ミスリルのカード。鈍く輝く銀色が並んでいる。貰ったときは気が付かなかったけれど、カード全面に細かい彫りものがされていて、さらにそこに複雑で精緻な模様が描かれている。その模様の中に、崩されたロンファーレンス家の家紋、剣と翼をかたどった意匠が刻まれている。


ダンジョン攻略でいろいろなドロップアイテムを見て、わたしの目も肥えたらしい。確かに素晴らしい出来栄え。これをたった一晩でコピーするのは、すばらしい技術なのだろう。


「すごい、そっくり。それに、すごく綺麗・・・」


「んん? ふふうぅぅん。そうだろう」


嬉しそうなスキンヘッドの職人さん。ダンジョンに潜る前はこの筋肉隆々の人が怖かったけど、いまはもう怖さはない。裏ボスのクラゲロボットと比べたら、むしろ可愛らしさのほうが先に立つレベルだ。実際、技術に興味がなくて褒められたくてしょうがいない感じが、ふふふお可愛いこと。・・・いわないけど。


今回作ってもらったニセモノ・・・ごほん、予備のカードのほうに魂力を通す。問題なく文字が出た。当然、ステイタスに『異世界転生者』『魔王の落とし子』という文字はない。位階レベルは3。・・・うん、問題なし。


「ありがとう。すばらしい出来ね」


「そうだろう。じゃあ、約束のものをもらおうか」


「そうね。忘れていないわ」


わたしは懐からジル袋を出して、どかっとカウンターの上に置いた。


「200万ジルよ。確認してちょうだい」


どうだ。汗と涙の結晶よ。すぱっとお金を払えるって気持ちいい。むふん。


スキンヘッドの職人は、カウンターに1万ジルコインを広げ、ひいふうみい・・・と、わたしに見えるように確認してくれる。良心的だ。


「しかし、現金での支払いは珍しいな。ロンファーレンス家の支払いは、いつも小切手なのに」


満足感に開いていたわたしの小鼻が、急に閉じた。


「・・・か、換金のてまをはぶいてあげたのよ」


「まあこっちとしちゃあ、腕を認めてくれて、もらえるもんをもらえりゃあ文句はないが・・・よし、枚数はぴったりだ。商談はこれで終了だ」


「今回の商談は・・・」


「おう、腕の良い職人は口が堅え。そのへんは信用しな。毎度」


「ありがとう」


わたしはメイド服の上のマントをばさりと翻し、店を出た。



■□■



「目的のものは、無事に手に入ったかい?」


通りを歩いていると、裏路地のほうから、声がかかる。ひょろりとした金髪の冒険者。いっけん頼りないお兄さんだが、その実、ダンジョンギーグと呼ばれる知識を駆使し、生き残り術に長けたサバイバー冒険者。トマスさんだ。


「ええ、おかげさまで。本当にありがとう」


わたしは答え、会話のために裏路地に入っていく。辻からほんの少し入っただけで、通りの喧騒はぐんと少なくなる。


ダンジョンで得た魂結晶やドロップ品は、トマスが冒険者ギルドで換金してくれたのだ。大量持ち込みではあったが、さる複数パーティの代理での取引だ、という話をしたらすんなりと通ったらしい。とは言え大口換金だったので、ギルドの窓口ではなく、奥にあるという応接室で行ったということだ。


お茶とお茶菓子も出て、『いつもと待遇が違って緊張したよ』などとトマスは笑っていた。でも見た目は子供でギルド登録のないわたしではそんな換金すらも出来なかっただろう。トマスの協力は地味なようで本当にありがたい。


「でも本当に取り分はこれでよかったの? トマスには本当に良くしてもらったのに・・・」


そうなのだ。わたしとトマスの取り分は、8対2。トマスが申し出たものだけれど、これではわたしがもらいすぎだと思う。トマスがいなければ、ダンジョンへの潜り方も知らなかったし、謎解きもできなかったし、換金もできなかったのだ。


「報酬に関する話は、一度取り決めたら蒸し返さないのがマナーだよ。それに、言ったはずだよ。あれだけ貴重な体験をさせてくれたんだから、2割でも多すぎるほどさ。それに、妹の治療費の借金もこの2割で充分に返済できる」


それを言うならわたしの200万ジルを支払っても、まだ100万ジル以上余ってしまっているのだけれど・・・。すでに一度押し問答をしているし、これ以上ねばるのも失礼だろう。わたしは不承不承ながら了解した。


「じゃあ・・・別のお願いがあるの」


わたしは『ユズリ』という偽名をこのトマスに名乗っている。公爵令嬢のほうのリュミフォンセじゃない。この領地を治める公爵の娘が、ステイタスカードを作ったりダンジョンを攻略するなんて、なんとなく良くない気がしたからだ。


しかも、バウも居たおかげで、たった2人と1頭で、中級ダンジョンを2日ほどで攻略するという偉業を達成してしまった。必要だったとは言え、この事実が街で広まったあと、あとでどのような影響が出るかわからない。一番良くないのは、わたしが公爵令嬢だとばれて、しかも公爵家に迷惑がかかることだ。


だから、トマスには、わたしのことを秘密にしておいてもらいたいと思った。


「当ててみせようか。お願いっていうのは『君のことを秘密にしておく』ってことだろう?」


「!」


「なんでわかったの? っていう顔だね。まあ、見てればわかると言いたいところだけど、もう少し言葉を噛み砕くと・・・性格かな。君は目立つのが嫌いなんだね。むしろ怯えているというか。秘密主義者ってわけじゃないと思うけど、あまり自分のことを話したがらないし」


そうなんだ・・・わたしって、他人から見るとそう見えるんだ。


「安心してくれ。君のことは、誰にも話すつもりはないよ。それに、こんな小さな女の子が、ダンジョンを2日で突破できる狼(ロウプ)を使役でしているなんて言っても、そもそも誰も信じないと思うしね」


苦笑して肩をすくめるトマス。そのしぐさは、彼に良く似合っていた。たぶんそれを言っても彼は喜ばないので、いわないけれど。



「ダンジョン攻略が楽しかったのなんて初めてだよ。何度も繰り返すようだけど、本当に良い経験をさせてもらった。バウにもよろしく伝えておいてくれ」


「だったら、ちょくせつ伝えればいいよ」


そういって、わたしはバウを影から呼び出す。素直に出てきた黒狼の巨体が裏路地を制圧するかと思いきや、バウはシベリアンハスキーみたいな大型犬ぐらいの大きさで出てきた。わたしのむねの高さぐらいの大きさだ。あなたそんなことできたんだ・・・この不思議生物、まだ謎が多い。


(話はだいたい聞いていた。ふふん。汝ごとき矮小な凡人を我の背に乗せてやったのだ。一生、我に感謝し崇めるがいいぞ)


鼻息あらく尻尾を振る黒狼に、トマスは大人の対応。


「黒狼さんのおかげで、【狭間の神殿】を攻略できたよ。ありがとう」


(ふふん、ふふん! そうであろう、そうであろう!)


ちぎれんばかりに振れる黒い尻尾。この黒狼はわかりやすい。


「でも、街には結界が張ってあるはずだけど、こんなふうに影から出てきて大丈夫なの?」


(なに、結界などくぐり抜ける裏技などいくらでもある。中に入っても臭さに少し気分が悪くなるくらいで、不快ささえ我慢すればなんとでもなる)


「そ、そんなもんなんだ・・・街の政庁が大枚はたいて購入して毎年王都から結界師を招いて手入れしている結界なんだけどな・・・」


それからまたしばらく話をした。2日ほどだったけれど、ものすごく濃密な体験だったと思う。話題も尽きず名残惜しくもあったけれど、わたしたちはもう行くことにした。


最後に、トマスと握手を交わす。指の長い、ごつごつとした大きな手だった。わたしの手が小さいのかも知れないけれど。


「ユズリ。君が自分を隠したいというのはわかっているけど・・・君をみんなの興味から隠しておくのは、きっと難しいんじゃないかな。君は、君が思っている以上にみんなの目を惹きつける」


えっ、そうなの? ひょっとして、わたしってずれてるのかな?


「どうすればいい?」


「さあ・・・それは僕にもわからない。けれど、覚悟はしておいたほうがいいと思う。良いことも悪いことでも、大きなことに巻き込まれる覚悟・・・かな?」


わたし、大きなことに巻き込まれそうな体質ってこと?


困ったような表情で笑うトマス。心からの忠告、しかも表情から言うかどうか迷ったうえでの言葉だということもわかる。しんからの善意だとわかるけれど、うーんすごくもやっとする!


「元気で」


「あなたも」


トマスの予言が当たらないことを祈りながら、わたしたちは手を振って別れを告げた。そしてわたしはその足で、バウの能力で影に潜り、お屋敷へと戻った。



そしてこのときはまだわかっていなかったけれど。


あとから、トマスの見る目の確かさを実感することになる。




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