9 初めてのダンジョンはやばいです④



【狭間の神殿】の罠部屋で、わたしは調子に乗りすぎた黒狼バウにお説教をしていた。


「・・・ということよ。わかった? 今度同じことしたら、返事を『ワンワン』に統一させるから」


(なっ・・・あるじ、我は精霊の眷属と言えど、誇り高き暗黒狼テネェブ=ロウプの流れをくむ者! それが、シヤンの真似事など・・・)


言い訳をがなりたてるバウ。わたしは、感情は心の底に閉じ込めて、静かにじっとバウの瞳を見る。すると、バウは段々とトーンダウンし、沈黙し、最後にはすっと目をそらした。


(わ、わかりました・・・ワン)


いや、今『ワンと鳴け』とは言ってないけど・・・。


ちょっと不憫になったので、わたしは、黒狼に癒やしをかけて、蝙蝠退治をねぎらって彼の頭をわしわしと撫でてやることにした。




■□■




「すごい量だね、こりゃ」


気絶から目を覚ましたトマスとともに、蝙蝠退治の結果である魂結晶を拾う。床一面に散らばった魂結晶を集めきるために、切実にほうきが欲しいと思った。


腰が痛くなってきたところでそんな話をすると、トマスはこれまでのドロップ品である蝙蝠の大羽根と木の杖をちょいちょいと細工して、簡単なほうきを作ってしまった。すごい、やっぱり器用!

試しに床を掃いてみると、おお、まあまあ魂結晶も集められる。そこで、わたしが箒で集めてトマスが魔法袋に入れるという分担で、もくもくと半刻ほど作業した。


集める過程で「水の青宝玉サファイア」が1個、「炎の赤宝玉ルビー」が2個ドロップしていた。とても幸運だった。しかもルビーは2つ、どうやら見つけられないうちに倒してしまった赤宝蝙蝠が居たらしい。


圧倒的な狩りの暴力の結果により、安全地帯セイフティゾーンになってしまったハズレ罠部屋でしばらく休憩したあと、わたしたちは最後の仕掛けを解除し、地下5層へ向かうことにした。


最後の階段は長かった。しかも螺旋や折返しじゃなく、まっすぐに降りているので、転んだらどこまでも落ちていきそうで怖かった。


「最後の地下5層は、広い空間になっていて、ボスとの戦闘だけだ。それに勝つと、奥の間に進むことができて、そこには”脱出の渦”がある」


バウの歩法は静かすぎて足音しないので、その背に乗っているトマスとわたしの声が階段通路に響く。


「この迷宮のボスは、どんな奴なの?」


「マーブルゴーレムさ」あっさりとトマスはダンジョンギーグの知識を披露してくれた。「神殿の創造主に多くのエテルナを与えられた、魔法タイプの守護ゴーレムでね。ゴーレムの耐久性と特殊高品質関節による滑らかな移動、それに雷を使う紫色魔法に長けている」


「どういうふうに戦うのがいいの?」


「うーん、きっと黒狼さんがあっという間に倒してくれそうな気がするから作戦は意味が無いかも知れないけど」


そんなふうに前置きして、トマスは話を続ける。


「セオリーは、盾役が2枚で動きを封じ込めて、ヒーラー1枚で回復しつつ、強力なアタッカーで削る。ゴーレムといっても素手による打撃の一撃はそれほど怖くなくて、それよりもトリッキーな動きで後衛を突然攻撃されるのが怖いらしい」


「じゃあ、わたしたちが攻撃されないように、気をつけないと」


「そうだね。可能であれば動きを阻害したいところだけど・・・魔法の範囲攻撃も持っているから、うかつに近づくのは危険だと思う」


階段の終わりに、モンスターが4体現れたけれど、バウが魔法で倒してくれた。扉の守護者だったみたいだけど、あっという間に倒してしまったのでよくわからない。


トマスが首をひねる。


「階段通路のボスの扉の前でモンスターが出現するのは珍しい。新しい情報だ。それとも何かの条件を満たした、新しいパターンなのかな?」


結局、考える材料もないわたしたちはあまり気にせず、先に進むことにした。


最後の扉を開き、ボスが待つ巨大な広間へと足を踏み入れる。さっそく、入って真正面、大きな人型の像が壁に埋め込まれるように立っているのが見えた。わたしたちからの距離は50メートルほど、背の高さは4メートルくらいだろうか。


「あれがこのダンジョンのボス・・・」


わたしは呟きながらバウから降りた。トマスも降り、そして手はず通り、バウが単騎で前進する。


「初手は距離の長い突撃チャージが多いらしいから気をつけて!」


トマスがバウに呼びかけると、バウは了解というように尻尾をひとつ振って、前に進み続ける。わたしとトマスは、バウの足手まといにならないようになるべく距離を取る。もし余裕があるようなら援護する。作戦はこんな感じだ。


だが、今回もバウの圧勝だろうとわたしはたかをくくっていた。ただ巻き添えに気をつけていればいいだろう。しかし、隣のトマスは不可思議そうに首を傾げる。


「あれ、おかしいな・・・」


「なにが?」


「マーブルゴーレムが待機状態でも焦げ茶色のエテルナをまとっている。まるで待ち伏せしているみたいだ。けれどそんな情報は聞いたことがないし・・・」


遠目に見えるマーブルゴーレムは、鎧兜をつけた兵士を巨大化した、大理石の像に見える。兜を目深にかぶったデザインのため、顔の造作や表情は見えない。


前進し続けるバウ。バウとマーブルゴーレムが20メートルほどになったとき、マーブルゴーレムが突如動いた。焦げ茶のエテルナが急速にマーブルゴーレムの右手に集まり、それが斧のついた、戦斧槍をかたちづくった。戦斧槍を振り上げると、ほぼノータイムで振り下ろす!


それは恐ろしい攻撃だった。斬撃によって床が扇状にひび割れ、そして地と雷の混ざったエテルナが余波として一筋、部屋の端から端まで走った。近距離の広範囲攻撃と、とんでもない遠距離攻撃を兼ねた一撃。


わたしはトマスに連れられ、雷と地烈の斬撃をかわせたので無事だった。バウはーー?


生きている。いや、珍しく魔法壁を貼ってガードしたらしい。直撃をかわしてなおあの対応なので、初撃の威力のほどが伺える。バウは空中を蹴ると、マーブルゴーレムへと突撃を仕掛ける。


この迷宮で多くのモンスターを屠ってきたバウの突撃。だが、それはマーブルゴーレムによって、攻撃の方向をずらされ、


「ご、ゴーレムがあんな高度な槍術を?」


トマスが驚愕したように独り言をもらす。だがバウは気落ちしている間は無いのだろう。着地ざまに横っ飛びでマーブルゴーレムの腹に、防がれつつも爪で一撃。マーブルゴーレムの戦斧槍による牽制をかわし、距離を取る。


「ごかく・・・?」


わたしは呟く。


トマスは、驚きに一歩あとずさった。


「あ、ありえない、ゴーレムがあんな槍の達人みたいな動きをするなんて・・・」


けれど彼我の力量がどうだろうと、バウに戦ってもらうほかない。


(黒色魔法 『鎌刃降落』)


バウの魔法。空中に巨大な鎌の刃が5本現れ、マーブルゴーレムへと降り注ぐ。マーブルゴーレムはそれを身軽な動きでかわし、あるいは持つ槍で弾いた。2刃が浅く当たったが、有効打とは言えない。


(赤色魔法 『火弾連弾』)


次は炎の礫が雨のように降り注ぐ。マーブルゴーレムは槍を回転させることで被害を減らし、魔法の終わりぎわにはバウへ槍を突きこんで見せた。そうやって防御をしているあいだに、再びエテルナを溜め込んでいるように見える。・・・バウ単独では勝てない気がする。


走り出そうとしたわたしの肩を、トマスが掴んだ。


「ユズリ! どうするつもりだい? 僕らが戦いに参加しても、危ないだけだ」


「マーブルゴーレムは技がすごいけど、たんじゅんな力比べならバウのほうがきっと強いわ。動きを少しでもじゃまできれば、バウは勝てるの」


マーブルゴーレムが最初に放った技を再び使われたら、バウは負けるかも知れない。けれどあれだけの技だ、再び使うためにかなりの時間が必要なはずだ。再充填のための時間を、槍術の技術で、マーブルゴーレムは稼ごうとしているのだ。


トマスに背を向けて、わたしが改めて走り出したとき、マーブルゴーレムの三連続の突きこみを嫌がって、バウはまた後ろに下がったところだった。槍の射程は長い。かいくぐらせてもらえなければ、魔法勝負になる。けれどマーブルゴーレムは魔法をもいなす槍術を持っていて・・・正面から独りで戦うには、分の悪い相手だ。


わたしの拘束魔法の射程はどのくらいだろう。今まで、相手と自分の距離が3メートル以内で使ってきたように思う。けれどあのマーブルゴーレムから5メートルの範囲に入るなんて、自殺行為だ。10メートル・・・それぐらいが限度だとしても、敵をどうにか誘導してやる必要があるだろう。


(あるじ、危険だ! 近づくな!)


わたしの接近に気付いたバウが念話を飛ばしてくる。マーブルゴーレムがわたしに気付いているかどうかわからないが、取るに足らない存在だと認識されているはずだ。


(その大きいのをかべぎわに誘導しなさい!)


こっそりと走り込みながら、わたしは一進一退の攻防をしているバウに言い返す。


(こいつはかなり手強いが、承知した)


バウはマーブルゴーレムの向かって左半身側に攻撃を集中させながら、敵を中心に円を描くように移動する。そして相手が壁を背にした。


(混色魔法・・・黒岩放礫!)


バウの周囲に黒色の魔法陣がいくつも現れ、そこから闇のエテルナをまとった重量のある岩が飛び出し降り注ぐ。マーブルゴーレムも自身の手に持つ戦斧槍にエテルナを注ぎ強化して、巨岩を次々に叩き落とす。だが重量のある岩だ。弾く度に、マーブルゴーレムも後ろに下がり、ついに壁際に寄った。


(よくできました!)


わたしは魔法の終わり際に、マーブルゴーレムに飛び込むように駆け寄った。そして10メートルーー戦斧槍が届いてもおかしくない距離だーーに入った。そして魔法を発動する。


「黒色魔法・・・黒鎖!」


ばちん、と音を立てて、壁から出現させた魔法の鎖が、マーブルゴーレムの右手首を固定することに成功した。だがこれではあの巨体を相手に心もとない。マーブルゴーレムが拘束されたことに動揺したように動きを止めた一瞬を使う。


「三重鎖!」


ばちばちん、と音がして、マーブルゴーレムの左手首を厳重に壁に拘束する。


『グォォォオオオ!』


そこでようやく、この魔法生物は焦りに似た感情を見せた。そして槍を左手から放し、柄の部分を右手で握ってたかだかと掲げた。まずい。アレを振り下ろされたら、おそらく攻撃はわたしに届くし、余波でもやられてしまうかも知れない。


そのとき、しゅっと煙の帯がマーブルゴーレムの顔にぶつかった。灰色、つぎは黄色。突然煙によって失っただろう視界に、マーブルゴーレムは動きを躊躇した。マーブルゴーレムの生態は知らないけれど、この個体は「視て」いるのだ。だから煙幕が効いた。


ナイス! 後ろで発煙矢を射ているであろう、トマスに心のなかで称賛を送る。


そして、この一瞬は、値千金の瞬間だ。わたしは勝利を確信する。


「黒鎖!」


たかだかと上げたままの右腕に、魔法拘束をかける。黒い鎖が、たかだかと槍をかかげるマーブルゴーレムの右腕も壁に縫い止めた。


マーブルゴーレムがこれらの拘束を振りほどくに必要な時間は、2秒? 3秒? どちらにしろ、充分な時間だ。


(黒色魔法・特技 ・・・『黒硬全鎧』『黒輝落星』!!)


わたしがマーブルゴーレムから離れるのと入れ替わりに、黒狼のバウが魔法を発動させる。詠唱紋が一周すると、バウ自身が黒いエテルナを纏った弾丸となり、閃くようにマーブルゴーレムに直撃した。


魔法生物ゴーレムは槍でいなすことも防ぐこともできず、轟音とともに極大の衝撃を受け止める。だが黒纏の弾丸はそれでは止まらず、さらに直進しようとする。


正面の弾丸と背面の壁に挟まれ、マーブルゴーレムは魔法生物だというのに苦悶の声をあげる。


「そのまま行けぇッ!!!!」


広間に響く、トマスの叫び。そしてついにその瞬間が訪れる。


ぴしっという空間を割るような音のあと、マーブルゴーレムを黒弾が貫通する。本体中央に巨大な穴が空き、さらに背後の壁までも巨大なひびわれを刻み込んだ。


バウが特技を解除して部屋の中央に降り立つと同時、マーブルゴーレムは、虹色の泡となり、消えた。




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