8 初めてのダンジョンはやばいです③






【狭間の神殿】というダンジョンの、地下4階。


その階層にある部屋のひとつに、わたしたちは居た。


薄緑色の石でできたダンジョンは古代の存在が作ったというギミックにあふれている。一説にはダンジョンには生命が宿っており、侵入者が壊したダンジョンも時間を経れば自然と直るというが、そもそもダンジョン内の構造物やギミックには保護魔法が働いており、そう簡単に壊すことはできない。



だから、こうするのは不可抗力なんだと思うな。


(オイそっちへ行ったぞ! 押し込め!)


「こうなりゃヤケクソだぁ! うおりゃあああ!」


黒狼のバウの合図に合わせて、冒険者のトマスが、小盾を構え、モンスター『動く剣士の石像』を押し込む。ひょろりとした印象のあるトマスだけれど、上背があるので膂力はけっして弱くない。とはいえ、格上のモンスターを相手に押し合いをするのは相当神経を削るし疲れるはずだ。


けれどバウでは逆に力が強すぎるので、相手のモンスターをうまい具合に誘導できないのだ。体が小さく弱いわたしも当然できないし、これはトマスにしか頼めない役回りだ。


石像が色の濃くなっている床板を踏んだ。すると、床板が沈み、かちりという音がする。


「ユズリぃ! 頼む!」


石像の反撃を首の皮一枚でかわしながら、トマスが叫ぶ。


「ようし! おもりかくほ! 『黒色魔法 黒鎖』!」


拘束魔法は魔獣使いテイマーでも使える魔法! わたしが魔法を使うと、じゃきんという音とともに、魔法の黒鎖が現れ、石像をその場で床に押さえつけるように縛り付けた。


その間もダンジョンの仕掛けは動き続け、ごごご、という音とともに。


正面の壁、天井近くの壁画の月の蓋が覗かれ、円い窓が開く。


ぽっかり空いた暗い穴の奥から、ばさがさと羽音が聞こえるが、標的はなかなか出てこない。


「・・・あきらかに、でてくるのが遅くなってるね」


「これで6回目だからね。向こうも警戒しているのかも」


わたしの呟きに、トマスも頷く。そしてわたしがバウを見る。


(いや、あるじ。たしかに我ならあの穴を伝って、やつらの巣に行けるが・・・奴らの巣は奴らの糞だらけでな。巣に潜り込むと鼻が曲がってしまう・・・いや、お願いします、命令しないで・・・)


なにとぞご勘弁を、と頭を下げてくるバウは、このダンジョン攻略の功労者だし、無理強いはわたしも好きじゃない。じゃあ仕方ない・・・。


「煙をたいて、いぶしだそっか」


「君って、おとなしそうな見た目のわりに、なかなか悪辣だよね・・・」


ナイスアイデアだしたら、ディスられたの、なんで?




■□■




「君の目的は、200万ジルだったね?」


時間は遡り、地下4階に降りてくる階段近くにあった水場。少しだけの休憩のはずだったけれど、時刻がもう深夜だったので、結局わたしたちは仮眠休憩を取ることにした。トマスは毛布を敷いて、焚き火を挟んで反対側のわたしはバウの毛皮を布団代わりにして。なかなか快適な仮眠だった。そして寝起きのお茶を飲みながら、トマスが言ったのが、先程の言葉だ。


そう、わたしはステイタスカードを作るために街を訪れ、いろいろあってその代金に200万ギルが必要になったのだ。ダンジョンに一回潜ればそのくらい稼げるものだと思っていたのだと軽く考えていた。


けれど、トマスはそのくらいのお金は普通には稼げないのだという。けれどこのダンジョンには別のやり方があると彼は言う。


「このダンジョンにはいくつか罠がある。そしてこの地下4階には、モンスターが襲ってくるハズレ罠があるんだ」


地下へと続く階段の扉を開くには10個のスイッチのうち正しい3つを選ばなければいけないが、ハズレを選ぶと罠が発動するのだという。そのハズレ罠の中に、モンスターが襲ってくるものがある。そのこと自体は、別に珍しいものじゃないけれど・・・。


「ここのハズレ罠にはね、お宝モンスターが出るっていう情報がある。赤宝蝙蝠(ルビーバット)と、青玉蝙蝠(サファイアバット)だ。エンカウントもドロップもレアだけど、もしどちらか一方に出会えれば、相当な実入りになる」


ほお、とわたしはぽんとこぶしで手のひらを打った。




■□■




「・・・じゃあ、”いぶし”を始めるよ?」


トマスの確認に、わたしは力強く親指を立てて頷いた。


この部屋はいわゆるハズレ罠の部屋で、部屋の床の中央にある30センチ四方のスイッチを踏むと、正面壁の壁画の双月、その天井付近の月の部分の蓋が開き、その穴からコウモリタイプのモンスターが出てくるという仕組みだ。


スイッチの床から離れると、時間差で扉が閉まるので、そこでコウモリが止まる。罠なのでそれでいいのだけれど、今回は罠で出てくるコウモリモンスターを狩りたいので、それでは不都合なのだ。とはいえまずは正攻法で、スイッチを押してコウモリをおびき寄せ、倒す。これをすでに5回やって、今回が6回目だ。


これだけやっていると、コウモリのほうも学習するようで、なかなか巣穴から出てこない。


巣穴を開いておくには誰かがスイッチの上にずっと居ればいいのだけど、コウモリモンスターとの戦いの中でまったく移動しないというのは難しい。


ーーなので、スイッチを押し続けるおもりとして、その辺にいた『石像タイプのモンスター』をおびき寄せてスイッチの上に乗せ、拘束することにしたのだ。


これで開きっぱなしになるコウモリモンスターの出入り口に、煙でもなんでも放り込んでやれば、延々とコウモリモンスターが出てきて、お宝モンスターにもそのうち出会えるだろう。そういう目算だ。本当はバウが入れば早いのだけど、コウモリの巣は糞が溜まって臭いからいやだと激しく抵抗された。まったく、ワガママだなぁ。


そういうわけで次善の策、コウモリの巣に煙を入れていぶし出そう作戦。通称ダンジョンギーグ、とにかく準備が良い冒険者のトマスは、荷物に、狼煙に使う発煙矢を持っていた。今回はこれを罠の巣穴に数発打ち込むことにした。


トマスは小さな焚き火を起こし、それで発煙矢に火をつけると、しゅっと穴へと射込む。


トマスの職業ジョブはレンジャーなので、剣に盾に弓に簡単な魔法と、本当に重宝する。ちなみに料理の火はトマスの魔法で起こしているんだよ!


すごいですねって本人にそう言ったら、戦闘では突出したものが無くなるので器用貧乏になりやすいと謙遜していたけれど、ダンジョン攻略は戦闘力だけじゃどうにもならないのは、今回の攻略で良くわかった。本当の冒険者ってトマスみたいな人なんだよ。


しゅっしゅっと続けて発煙矢を射込む。なるべく奥の方へ届くように、微妙に角度を変えて射込んでいるのがわかる。


やがて穴から響いてくる羽音の数が増える。ギャイギャイと鳴き声も聞こえるようになってきた。怒っているようだ。


まあ、お家に発煙筒を投げ込まれたら、ふつう怒るよね。わかる。


「来るね」


つぶやいて、わたしは一歩下がる。手に持っているのは、ドロップした木の杖。無いよりはマシ、というほどの武器。


「いやホント、僕も協力しておいてなんだけど、可愛い顔なのに、本当に冷静で容赦ないよね、君」


穴から空間を塗りつぶすような羽音と鳴き声が近づいてくる。


「うわぁ、大蝙蝠たちが怒ってるよ。当然か・・・」


なにやら呟いているトマスにかかわっているヒマなんてない。わたしは開きっぱなしのコウモリの巣穴に集中する。




接敵は一瞬だった。というよりも、バウは出会い頭の一撃を好む。


わたしの背の高さほどある大蝙蝠の大群が、帯のように飛び出してくるのと同時に、待ち伏せしていた主戦力のバウが魔法を発動。


黒い渦巻きの刃が現れ回転する。凶悪なそれはコウモリモンスターたちを切り刻み、虹色の泡に変えていく。


だが魔法が終わるころには、コウモリ側も学習して、出口ですぐに散らばる作戦に出た。罠部屋は天井に高さがあり、飛び回るには充分なスペースがある。ちなみに、罠が作動している間は、部屋の入り口の扉がロック状態になって部屋から出ることはできない。


トマスは火矢を何発か射て、命中したが、撃ち落とせなかった。威力が足りないのだ。なので後ろを取られないよう壁際に寄り、準備しておいた剣と小楯を構えた。わたしも壁を背中にして魔法を準備し、どうしても、というときは、魔獣使いテイマーでも使えるという基本魔法を使って撃退する。


「赤色魔法・・・か、火球〜!」


火の球が飛び、鈎大蝙蝠に当たってぼむっと爆発した。当てられたコウモリは速度を落とし、退いていく。


各属性のちからを球状にまとめ、打ち出すスフィア系と呼ばれる魔法である。初めて使うが、使ってみたら簡単に使えたので、そのまま使っている。トマスに怪しまれない程度に力加減するのが難しい。普通ってなんだろうね?


なお、倒し漏らしてもなんの問題もない。主戦力のバウが、爪と牙と魔法を使って、縦横無尽という言葉そのままの勢いで、コウモリを倒しまくっているからだ。わたしが撃退したコウモリもバウの爪にひっかかり、一瞬で虹色の泡に変わった。


「でた! 青玉蝙蝠サファイアバットだ!」


トマスの視線の先を追うと、青い結晶を体にまとわりつかせたコウモリがいた。他のコウモリたちよりも、一回り大きい気がする。


(まかせろ!)


バウは空中で自身の軌道を変えて、青玉蝙蝠サファイアバットへと飛び込み、爪を一閃。翼を切り落とすと、落下するコウモリの背にのしかかり、爪を立てる。衝撃とともに床に押し付けると、青玉蝙蝠は虹色の泡に変わる。


「やった!」


(いや、もう一匹も出たぞ!)


黒い蝙蝠の大群に混じって、赤く光る輝き。こちらは赤宝蝙蝠ルビーバットだ。今度は逆に一回り以上小さいが、素早い。


(逃がすか・・・『赤色魔法 火旋雲爆』!)


金属が擦れ合うような高い音とともに空中の一点が強く白く輝き、次の瞬間には爆炎が広がる。突然巻き起こった広範囲の炎にコウモリたちは為す術もなく、次々に泡に変わって弾けていく。

赤宝蝙蝠ルビーバットも爆炎から逃げ切れず、その身を虹色の泡に変えた。


そこまでは良かったのだが、あまりに上手に気持ちよくモンスターを倒せたからか、バウはおおいに調子づいてしまった。調子に乗りやすいのは、犬の本能か、個体特性か。


(雑魚どもめ、これで終わりだ! 特技・・・『響返魔法連鎖』!)


「・・・あの子ったら!」


わたしはバウのエテルナの動きをして、舌打ちしそうになるのをかろうじてこらえた。


このエテルナの量と動き、わたしもトマスも巻き添えになる威力だ。


わたしはとっさにトマスのところへダッシュすると、そのまま思い切り膝裏にタックルして押し倒した。


「どわわわわっ?! ・・・・・・」


倒して体勢を低くさせ、伏せさせる。倒したときにトマスが顔面を強打したかも知れないが、謝っている余裕はない。とにかく、わたしも体勢を低くしながら、こっそり防護魔法を展開する。


「・・・黒色魔法 闇空薄膜」


防護魔法が展開してわたしたちを包み込むのと、バウの特技が発動するのはほぼ同時だった。どうも直前に使った魔法を『繰り返す』ものらしい。


蝙蝠たちを焼き尽くす爆発が、二度三度と罠部屋で炸裂する。わたしも魔法で作り出した防護膜の後ろというか真下で伏せていたけれど、耳を押さえていても鼓膜がどうにかなるかと思うほどの音だった。爆炎は防護膜で防げたけれど、焼けた石の熱が床越しに伝わってくるのには閉口した。いい感じにわたしの中まで火が通っちゃうよ! ローストビーフじゃないんだから!


音がやんだときには、全てが終わっていた。部屋いっぱいに飛び回っていたコウモリたちはすべて消え失せ、ついでに重石として使っていた石像モンスターも爆炎に消えていた。ごごごん、と音がして、罠の巣穴の扉が閉まる。




そして部屋のまんなか付近で、バウはちょこんとおすわりの姿勢でしっぽを振って待っている。やってやったぜ! 的な感じで。


わたしはゆっくりと立ち上がると、気を失っているらしく白目をむいて倒れたままのトマスを横目に歩き出した。


バウに近づきながら、手に持っていた木の杖に、わたしのエテルナを伝えていく。バウもわたしの不穏な空気を感じたのか、表情が怯えたものになり、しっぽの動きもゆっくりになっていった。


(あれ・・・あ・・・ある・・じ?)


わたしは本当に怒ると無言になるらしい。初めて知った。


調子に乗ったバウによって、わたしは炎で焼け死んで、巻き込んだトマスをも殺してしまうところだったのだ。


悪いことをしたときは、ただちに怒る。良いことをしたときは、間髪入れずに褒める。間を置かない。因果関係を正しく理解させるため、犬のしつけの鉄則だ。


とりま、わたしは、エテルナを籠めた木の杖で、黒狼を上段からぶっ叩いた。


ごごぉぉん! と重いものが地面に思い切りぶつかるような音が響き渡る。


バウは、地面にめり込み、きゅうんと鳴いた。







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