5 お金が必要になりました
「おお・・・人が・・・人がたくさん歩いてる・・・!」
久しぶりに見る人混みに、わたしは感極まって呟いた。
公爵領都『ロンファ』は東門から西門まで、つまり東西に目抜き通りが走っている。街の中央には噴水広場があり、直線の通りと広場から枝分かれして路地と市街が放射状に広がって、街の外周を外敵から街をまもるための市壁がぐるりと巡っている。政庁、交易市場、商業ギルド街、工業ギルド街、冒険者ギルド街、住宅街、学芸文化街。いくつかの特色ある区画を持つ公都は、旅の冒険者を始めすべての人に門戸を開く、がモットーらしい。門に説明用の銅板にそう書かれていた。
馬車を走らせるための軌条も走っている、広大な目抜き通り沿いには、いろとりどりの大店の商店がのきを連ね、大小とりどりの屋台も並んでいる。
日の高い今は街歩きを楽しむ人で賑わっていて、呼び込みや商談交渉の声が飛び交い、勧誘のビラががまかれ、にぎやかな鳴り物や異国の大道芸に群がる人だかり。そしてお腹を誘惑する刺激的な匂いが漂ってくる。お菓子の甘い匂いとか、お肉の焼ける匂いとか、煮込み料理の香辛料の匂いとか!
わたしはものめずらしさにきょろきょろ見回しながら、人混みを縫うようにして歩く。
・・・でも、それはそれとして、まずはわたしの目的を果たさなくては。
わたしは本来の目的に立ち返る。
ここにはステイタスカードづくりに来たのだ。えーっと、カード屋さんは、工業ギルド街か商業ギルド街かな? でもその区画はどこにあるんだろう?
きょろきょろしながら歩いていると、なんとなく人の視線を感じる。危険な感じはしないんだけど、わたし自身が注目を浴びているような感じで、すれ違う人が振り返っているのがわかる。うーん、なんだろう。目立っているかな。わたしは着ていたマントのフードを頭にかぶると、急ぎ足でちょこちょこと進む。
マントの下には、お屋敷の使用人のお仕着せ、つまりはメイド服を着ている。さすがにお屋敷で着ているドレスだと目立ちすぎると思ってこれを着てきたのだけれど・・・。さすがにブリムは外しているけれど、メイド服、これはこれで目立っている気がする。
ちなみに、先程出会って主従契約を結んだ、不思議な黒狼さんはどこに居るかというと。実はわたしの『影の中』に入っている。
影の中に入る前に、大狼さんに癒やしの魔法をかけてあげたら、なんだかすごい喜ばれた。どうもわたしとの戦いの前に、一戦やらかして怪我をしていたらしい。
大狼さんは、街の中では連れて歩けないし、お屋敷に戻ったら森の中に放し飼いにするしかないと思っていたけれど、こういう特技があるなら一緒に行動できるので、とても便利だ。ロンファに来るまえも大助かりしたし、大狼さんは、思わぬ拾い物らしい。
「そこのお嬢ちゃん! 喉が乾いたならレザンの果実水はどうだい! シロップ入りで甘いよぉ!」
屋台のおじさんから声をかけられる。ごめんおじさん。わたし、やらなきゃいけないことがあるの。
わたしは、呼び込みに心の中でクールに応じる。
「はっ!」
けれどしばらく後、わたしは道端のベンチに腰掛けて果実水を飲んでいた。あま〜い。おいしー。
いえ・・・これは・・・あれよ。
水分補給をしないと脱水症状になって倒れちゃうから。戦闘もしたあとだし、必要経費ってやつよ。そう。この果実水は必要なやつなの。
「いい加減にしろ! てめえの都合で振り回すな!」
「はひぃぃい?!」
背後から、突然の怒鳴り声。
驚いて、変な声がでた。ジュースを口に含んでいなくてよかった。もし含んでいたら、美少女公爵令嬢らしからぬ絵面になるところだった。
けれどわたしのリアクションとは関係なく、怒鳴り声の会話は続いていく。
「わ、わたしのことじゃなかった・・・良かった」
周囲をきょろきょろと見渡してみると、通りの隅で話し合いをしていた4人の男たちがいて、そのうちのふたりが何かを言い合いをしていた。格好からみて、4人はどうも冒険者らしい。
どうも、男のうちのひとりーーひょろりとした金髪の男性の発言が言い争いの原因のようだ。4人組の中では一番齢が若そうに見える。金髪の青年が長い手を広げて必死に身振り手振りで訴えているが、残りの3人はどうもその言い分が気に入らないらしい。あっ、金髪の人が突き飛ばされた。尻もちをついたその人を残して、残りの3人は行ってしまう。
わたしはあまり考えず、声をかけた。
「あの。大丈夫、ですか?」
がっくりと尻もちをついたまま青年が、わたしの声に顔をあげた。あげた顔は、苦り切っているが温和な印象だ。
その男の人は、わたしを見て目を丸くして、顔を赤くして鼻の下を擦ったあとに立ち上がり、ズボンの埃を払う。
「いやあ、ははは・・・これは、みっとも無いところを見られちゃったな」
「なにか言いあらそってたみたいですけど、お仲間ですか? なにか盗られたりしていませんか?」
改めて目が合うと、男の人は顔をほんのりと上気させた。
「物を盗られたりとか、喧嘩じゃないよ。僕は冒険者なんだけど、彼らは同じ
「え? わたしですか?」
「その・・・このあたりじゃ、あまり見ない種類の人に見えるから」
「そ、そうですか・・・? どこにでもいるメイドさんですよ?」
ほら、とメイド服をアピールしてみる。スカートを摘んでひらひらさせてみたりとか。ついでにご挨拶のポーズ。街に溶け込んでいたつもりだったので、まさか逆に質問されるとは思ってもみなかった。
「かわいい・・・。コホン、じゃ、じゃあそういうことにして・・・君はこの街になんのようなの? おつかい?」
何故か顔を赤らめて話す彼に、わたしはこてんと首を傾げる。
「ようじ・・・、そう、用事は、お使いです」思いついて、付け足す。「このあたりに、ステイタスカードをあつかっているおみせはありませんか? できれば冒険者ごようたしっぽい、ちょっとあやしげなくらいのところがいいんですけど」
「ちょっと怪しげな? え、えーと、じゃああそこでいいかな・・・」
なんでもやってるし、と呟きながら、金髪のお兄さんは道順を教えてくれる。ここからそう遠くなさそうだ。わたしはふんふんと頷いた。
「大丈夫かい? もし不安だったらついていこうか?」
「いいえ、たぶん平気です。ていねいに教えてもらって、ありがとうございました。お兄さんも、仲間のみなさんとわかりあえるといいですね」
金髪のお兄さんはきょとんとした表情のあと、笑みを浮かべた。優しげな表情だ。
「そうだね。もう一回、彼らと話してみることにするよ」
そして、お互いに手を振って別れた。
うん、いい人だったな。しかもステイタスカードのお店が簡単に見つかっちゃった。
順調、順調!
■□■
「ステイタスカードを作って欲しい、だと?」
教えてもらったお店は、裏路地に入ったところにあるお店だった。間口は狭いが、カウンターの奥は広いらしい。どうも工房があるみたいだ。金属を叩く音が聞こえてくる。
窓口になっているカウンターにも、いかにも「カナモノを扱う職人」みたいなムキムキのスキンヘッドの人が出てきて対応してくれている。
目が鋭くて怖いよう!
しかしこれは商取引だ。気圧されないように、思い切り踏ん張って用件を伝える。
「はい。このカードと見た目を同じにしてもらい、表示されるないようは、この紙のとおりでお願いします」
あらかじめ準備してきたものを、カウンターの上に滑らせるように置く。これで発行にどこかの許可が必要だとか言い出したらどうしよう。内心どきどきだけど、表情は平静、無表情を保つ。
「ほう・・・オリジンか。立派なもんだな。良いミスリルを使ってる。細工師も悪くない」
カウンターの奥に立つスキンヘッドの男は、お祖父様からもらったステイタスカードをしげしげと、それなりに長い時間を使って見た。一方で、わたしが書いたメモーーカードに彫りつけて欲しい内容は、一瞥だけして、興味を失ったみたいだった。
「素材は上質の
「ま、魔術文字?」
聞き慣れない単語に、わたしは聞き返す。
「
こういうのだ、とわたしが渡したオリジン・ステイタスカードに紫の文字がゆらりと立ち上がった。スキンヘッドさんのステイタスが表示されている。わたしはそれでいい、と頷いた。
「レベルは可変にしておくか? 19までなら、念じた数字が出るようにできる」
「おねがいするわ」
「よし商談成立だ。これは腕が鳴るな。2、3日で作ってやる。値段は、200万ジルだ」
「に、にひゃくまん・・・?」
さっき買った果実汁は120ジルだった。だいたい1ジル=1円だとしてもいいだろう。そうなると、日本円なら200万円? 車買えるよ?
ぜんぜん足りない。
お小遣いをかき集めて持ってきて、手元にあるのは5万ジルぐらいだったはずだ。
「それは、たかすぎ・・・」
「なんせ機密性が高いからな。それに、200万ぽっち、払えないわけないだろう? 公爵家ならな」
わたしが何か言う前に、スキンヘッドがべらべらと喋る。
「な、な・・・」
「そりゃ誰だってわかる。オリジンのステイタスカードには、崩してあるがロンファーレンスの家紋。彫る名前は、公爵のお嬢様。そして極めつけは、上品そうなメイドが上等の服着て、その服の襟には家紋をかたどった模様まである」
それで身分を隠しているつもりかねぇ、とスキンヘッドは口を曲げて笑う。
「ステイタスカードの偽造は違法ーーだ。だが、ガキのいたずらみたいなことまであれこれ言う気はねぇ。面白そうな仕事だしな。任せとけ。誰に聞いたか知らんが、腕は確かだぜ」
金はモノの引き渡しのときに持ってきな。
渋い声でそういうとスキンヘッドは二本指を振って、それきりカウンターの奥に引っ込んでいってしまった。
わたしは、しばらくその場で固まっていた。
■□■
どうしようーーー!!!
200万ジル用意だなんて!
しかも取られた! わたしのオリジンのステイタスカード取られた!
表向きは平静を装って一筋の通りを歩く。けれど、内心では髪を振り乱して悩んでいるわたし。どうしても足取りは重い。ああ、本当にどうしたら・・・。
「アニョの焼き串、南の香料をたっぷり使った、焼き串、おいしいよー!」
屋台の威勢のいいおじさんの声がする。
「あらおいしそう。ひとくし、いただける?」
「はいよー! こりゃー可愛いお嬢さんだ! 将来有望だな! おまけしちゃおう!」
・・・・・・。
「はっ!」
気づけば、綺麗に石で護岸された川岸のベンチに、わたしは座っていた。
しかもたっぷりと香辛料がまぶされた焼き串の皿を膝に載せている。おまけだと渡された5本の串。買った串よりおまけの串が多いとは。これだけおまけをもらえるなんて、わたしはかなりパンチの効いた美少女らしい。いやなによ、パンチの効いた美少女って。
「・・・とにかく食べよ」
ショックで思考が混乱している。お腹が落ち着けば、気持ちも落ち着くかも知れない。
刺激的な香料の香りが肉の旨味と合わさって鼻腔をくすぐる。大きく口を開けて、一口サイズの肉を抜き取って、奥歯で噛むとじゅわっと甘い脂が口の中に広がる。でも香料のおかげで、ぜんぜん脂のしつこさがない。飲み込んだ後味もすっきりとして、いくらでも食べられそうだ・・・。
でも、これからどうしよう。
ついにため息が出た。200万ジルか・・・。
「「 はぁ 」」
ん? ため息が隣のベンチの人とかぶったぞ?
そしてふと隣を見ると、そこにいるのは、さっき声をかけた金髪のお兄さんだった。目が合うと、ばつが悪そうに笑った。
「やあ。また会ったね」
「偶然ですね。あ、良かったら、焼き串いかがですか? まだあったかいです」
「あ。ありがとう・・・好きなの? 焼き串」
「きまえのいいおじさんに、食べきれないくらいたくさんもらいました。
でも、おいしいですよ、この焼き串」
じゃあ遠慮なく、とひょいと焼き串をつまむお兄さん。
それからふたり、あむあむと焼き串を食みながら、話をした。
お兄さんはもう一回、一党のメンバーと話をしたけれども、合意には至らなかったらしい。なんでも中級上位のダンジョン【狭間の神殿】に行き、そこで【青石の華】を取りたいのだが、一党の実力から言ってまだ早いという結論になったらしい。
「どうして、そんなに【青石の華】がほしいのですか?」
わたしが聞くと、金髪のお兄さんは気の弱そうな笑顔を浮かべてわけを話してくれた。
「僕には妹がいてね。その妹が病気をしたんだ。今はとある錬金術師のおかげで完治しているのだけれど、そのときの治療の条件が、【青石の華】でね。1年がかりで良いという話だった。その期限が、もうすぐなんだ」
「その期限を、のばしてもらうことはできないのですか?」
「実のところ、すでに期限を延ばしてもらっていてね。錬金術師にも都合があって、これ以上は待てない、これ以上待たせるようなら、妹を花街に売ってその代金を寄越せ、と言われている」
そうか、そういえばこの世界はダーク気味のファンタジー世界だった。そういうのもあるんだ。
「見通しも甘かったんだ。【狭間の神殿】を攻略する実力が、僕らの一党にすぐつくと思ってた・・・でもダメだった。迷宮の適正
はあ、とお兄さんはため息をつく。
「【狭間の神殿】は宝箱の再配置が終わったばかりで、今の時期なら財宝だってまだある。もし踏破できれば、治療費どころかお釣りが来るのに・・・」
その独り言に、わたしの心は確かに動いた。
「ねえお兄さん。その迷宮をこうりゃくできれば、200万ジルぐらいかせげる?」
「に、にひゃくまん? さすがに、それは・・・」言いかけて、ふと、真面目な顔になる。「いや、あの迷宮だったら、可能性はあるかも・・・」
「じゃあ、お兄さん、わたしといっしょに、その迷宮、こうりゃくしませんか?」
「君と? 冗談でもいけない。
迷宮というのは、とても危険なところなんだよ? 初級迷宮でも連れていけないよ」
幼子を諭すようにーー実際そのとおりなのだけれど、お兄さんは言う。いまの幼いわたしでは、冒険者ギルドに登録することも、ダンジョンで得た財宝を売りさばくこともできないだろう。
けれど、このお兄さんが代理人になってくれるなら、何もかもが解決するかも知れない。
わたしは、お兄さんを説得できる材料を探して、必死に頭を巡らせる。
そして思いついた。
「ねえ。これを見てください」
わたしはベンチを離れ、細く暗い路地に立つ。
きょろきょとあたりを見回して、人目が切れていることを確認して。
そして、彼を
ずずず、とわたしの影から、暗い路地へと引きずり出てくる巨体。
「わたし、
金髪のお兄さんは、唖然としてわたしを見ている。
正確には、わたしの後ろにそびえる、大きな黒狼の姿を。
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