6 初めてのダンジョンはやばいです①




「・・・こ・・・これが、ダンジョンの入り口なの・・・?」


そこは馬車停から2路地離れた住宅街。それらしき雰囲気を放つ廃墟と、不動産開発業者に建てられたのだろう、ぴかぴか集合住宅の、その隙間。路地とも言えない敷地の隙間に、金髪のお兄さんが先に入っていく。


いやちょっと、わたしの疑問に答えてほしいんだけど。


「街のどこにでも、ダンジョンへの入り口はある。ひっそりと、あるいは逆に誰も気づけないほど堂々と。『不思議は、日常と、いつも隣り合わせ』・・・僕の好きな物語に、出てくる言葉さ」


ずりずりと、体を横にして進んでいくお兄さんの後ろから、わたしはついていく。8歳児で体が小さいので窮屈ではないけれど、大人の男性にはかなり狭い場所なんじゃないだろうか。しかも暗くて不気味だし・・・。


「できれば、堂々としたほうの入り口から入りたいんだけど・・・?」


「堂々としたほうの入り口はね、お金を取られるんだ・・・こっちは、通りにくくてみんな使わないから無料だ」


わたしは空をあおぐ。一帯ひとおびの青空を、飛ぶ鳥が横切っていった。


世知辛いわー。



■□■




「僕はトマス=オム。中位1級の冒険者。職業はレンジャーで、得意なのは剣と小楯と弓。魔法は少々。罠解除が得意だ」


焼き串を食べ終わった金髪のお兄さんは、そう自己紹介してくれた。


冒険者には、初位、中位、上位、超位の段階があって、さらにそこから3級、2級、1級と分かれているらしい。中位1級だったら、もうすぐ上位に手が届くっていう冒険者なんだね。お兄さんは意外とすごかった。


「君は?」


当然の流れで聞かれる。そうだよね、自己紹介しないと。


「わたしはーー」


と、名乗ろうとして、本名なんてやばいよね? 当然だめだよね? うん、だめですよねどうもありがとうございました。危うくストレートに名乗りをあげるところだった。ああでも今この時に突然いい偽名なんて思いつかないよ、偽名ーー!


「ゆ、ユズリ。ユズリよ。職業は、見ての通りお使いとちゅうのメイドさんで・・・魔獣使いテイマーです」


「ユズリ。いい名前だね」にっこりと微笑むお兄さん。「ところで、ユズリは、あんな強そうなモンスターを、どこでどうやって手なづけテイムしたの? 影に潜れるモンスターなんて、相当・・・上位に見える・・・けど」


後半ちょっと声が小さくなったのは、黒狼がかるく喉を鳴らしたからだろう。黒狼のほうも何を考えているのかちょっとわからない。威嚇したかったのか、単に喉がごろごろしたのか。


とはいえ、黒狼と主従契約を結んだ経緯を正直に話してもいいだろうか? バインドで縛り付けて木の棒でぼっこぼこにして無理やり契約を結ばせたって・・・。身分を明かすわけじゃないからある程度はお話してもいいけど、正直に話しすぎてもあとが面倒になる気がする。


ここは、テイマー技能を持ってる不思議な美少女メイドさんってことで押し通らせてもらおう。


「このロウプさんに出会ったのはロンファ近くの森で、手なづけテイムの方法はひみつです」


ぴっと指を立てて宣言すると、お兄さんはそれ以上は追及して来なかった。良かったと内心胸をなでおろしていると、頭のなかに声が響いた。


(我が名はアーリヴァウティ=ラウフ。狼さんではない)


黒狼がわざわざ念みたいなものを飛ばして文句を言ってきた。こっちから文句が来るとは予想外だった。


(名前で呼べばいいの? ええと、あーりばてぃ・・・)


(アーリヴァウティ、だ。そして真名で呼ぶな)


(えっ。どうしろと?)


(真名から一部を取って、あとは好きに呼ぶのだ)


えー? それって、あだ名をつけろってこと? いま? うわ、つーんとすました顔してるけど、めちゃくちゃしっぽが振れてるし! ばふばふって地面を掃いてるし!


うーん、アーリヴァウティだから、頭をとってアーリとか、ちょっと変えてアルとか、そんな感じかな・・・。ちょっと安易かな・・・。って、真剣に悩んでいるのに、ばふばふ、ばふばふばふばふ、うるさい! その尻尾うるさい! 狼っていうより犬だわ、あんた! 決めた!


「それでね! この子はヴァウ・・・いいえ、バウっていうの!」


「へえ・・・可愛い名前だね」お兄さんは理解してくれた。


「でしょ?」


とわたしはお兄さんに言って、


でしょ? と体を反転させて巨きな黒狼の顎裏に触れ、目を覗き込む。


黒狼は最初はちょっと不満そうな顔をしたが、だんだんしっくりきたのか、最終的には、(ま、いっか)みたいな顔つきをした。なんか人間くさいわね、あんた。




■□■





ダンジョンの入り口に通じるという、街の細路地は永遠に続くかと思ったけれど、振り返ってみると、そんなに長い距離じゃなかった。ただ狭いし暗いし、なんか臭うし、へんな草は生えてるし、長居をしたくないのは確かだ。


でもクランクのある細路地を通り抜けた先に、小さなひらけた空間があり、その真ん中にささやかな祠があった。


「これだ」金髪のお兄さんは言った。「これは『隠れ抜け穴ヒドゥンパス』と言ってね。各地にあるダンジョンにつながる入り口なんだ。ひとつのダンジョンに、いくつかの『隠れ抜け穴ヒドゥンパス』がある。どの抜け穴(パス)がどの迷宮につながっているかは、冒険者たちで共有される秘密なんだよ」


「それで、これは【狭間の神殿】につながる抜け穴パスってこと?」


「もちろん、そのとおり。心の準備はいいかな?」


トマスのお兄さんは、にっこり笑うと、祠の小さな扉に手をかけた。薄鉄の扉は、観音開きの構造に見えるけれど、お兄さんの両方の掌の一回り大きいくらいの大きさだ。とてもここを通り抜けられるとは思えないけれど・・・ここは信じるしかないか。


わたしは、トマスお兄さんと目を合わせ、しっかりと頷いた。トマスお兄さんは頷き返し、小さな扉を開けた。扉の向こうには、青色の渦があった。その渦は回転しながら広がり、強く輝く。そしてその渦はわたしたちを巻き込むと、世界が回った。



ぐるぐると目がまわる。胃が浮き上がるような不快な浮遊感、それに耐えかねて、ついに地面に手をついた。目を閉じてじっと耐えると、コマの回転が徐々に収まっていくように、回転が乱れ、けれど小さくなっていく。回転がおさまり、世界に音が戻ったころに、わたしは目を開けて、顔上げた。


目の前には、年を経て威厳のある、巨石で作られた白亜の神殿があった。空は赤紫の雲に覆われており、ときおり青白いいかづちが渡っている。そして周囲には神殿の他に何もなく、見渡す限り石畳が広がっている。なるほど、【狭間の神殿】とはよく言ったものだ。一体なんの神様を祀っているのか。


そんなことを考えながら立ち上がると、手やメイド服についた埃を軽く払い、同行者を見た。ひょろりとした金髪のお兄さん、トマスはやはり平然としている・・・こういうワープ的な移動になれているからか。


「あまり驚かないね。ひょっとして慣れてる?」


えー・・・。いやいや、これでも結構感動しているんですけど。よし、きりっとコメントするか。


「おおきな神殿ですね。すごい」


感動を表したら、小学生並みの表現になった。もっと無いのか、わたし。


「はは・・・なかに面白いものがあるといいね」


苦笑しながら、トマスが歩きだしたので、わたしもついていく。神殿にすぐに行くのかと思いきや、入り口の階段のすぐ隣にあった水場に向かった。


「準備をするから、すこし時間をもらうよ。君もダンジョンに潜る準備があるなら、いまのうちに済ませておいてくれ」



彼は背中に背負っていたナップサックから水袋をいくつか取り出し、中を洗って水場の水をつめた。そして、水がいっぱいになった袋をナップサックに入れ直すと、今度は革の篭手、足甲、ポーチ付きのベルト、そして・・・軽鎧を取り出した。


「!?」


ナップサックは見た目、ほとんどぺしゃんこだ。にもかかわらず、明らかに普通のナップサックに入る体積以上のものが入っている。きっとあれは魔法の袋か何かなのだろう。


彼が鎧を手早く身につけている間、わたしは色々なものが出てきたナップサックをじっと見つめていた。


トマスはさらにナップサックに手を突っ込むと、そのなかから取り出したのは短剣だった。けれど・・・


「!!!」


短剣だと思ったものはまだ刃の先があり、スルスルと取り出していくと、剣はナップサックの3倍ほどの長さになった。


そしてトマスはその剣をするするとたぐるようにナップサックに押し込んでいくと、その剣がすべてナップサックに収まってしまった。手品だ!


「・・・!」


いやいや。わたしも楽しんでる場合じゃないし。あれは魔法の袋なんだから、あれくらい当然。さっきのも普通の剣を出し入れして見せただけだし。わたしは、気にしてませんよ? という表情を作って、だまされてなんていませんけど、何か? と無言のアピールをする。


トマスは笑いを噛み殺すようにして、それから剣と小楯を取り出し、さらにいくつかの薬品や食料の在庫をチェックして袋に詰め直した。そして、言ってくる。


「この『異次元袋』はね、とある人から譲り受けた貴重品なんだ。だから普通の『魔法袋』よりもかなり容量がある。君は、『魔法袋』は持ってる?」


わたしは首を振る。持っているどころか、そういう便利アイテムがあることを初めて知った。


「そう。まあ僕の食料や水なんかにはかなり余裕があるから・・・今日は行けるところまで行ってみようか」


口ぶりからは、ダンジョンを踏破するつもりが無いように思えて、わたしはちょっとむっとする。とはいえ、わたしはダンジョン攻略自体は初めてだ。少し遅れてついていって、神殿の階段を登り始めた。一段一段が低いので、わたしにも登りやすい。


そして階段を真ん中まで登ったところで、トマスが足を止めた。


「まいったな、今日は門番がいる、か」


「もんばん?」


「ああ、門の脇に2体、石像がいるだろう? 近づくと、あれが襲ってくる」


遠目に見えるのは、斧がついた槍を持った背の高い石像だ。


「わりと硬くて、僕の弓矢じゃ貫けないな。魔法師がいれば、先制攻撃するのが定石なんだけど」

「じゃあ、ためしてみようか? ・・・バウ。来て」


わたしは、バウを呼ぶと、黒い狼がわたしの影から抜け出してくる。狼といえど、この不思議生物は元世界の牛くらいの大きさがある。


(あるじ、お呼びか)


この黒狼、呼ぶたびに従者ノリが濃くなっている気がする。まあいいか。


「・・・あらためてみても、威圧感がすごいね。君の使うロウプは」


トマスが若干引き気味になっている。まあ、この黒狼は見た目が怖いから、気持ちはわかるね。でも慣れれば可愛いくなると思う。わたしも慣れている途中だけど。


「バウ、入り口のまえに立っている、あのもんばん2体を倒してほしいんだけど・・・まず、魔法で・・・」


(承知)


わたしの説明を最後まで聞くことなく、バウはひとっ飛びで残りの階段を飛び越えると、そのまま入り口に突っ込む。石像が薄く光り動き始めたのと、バウが黒い風のようになって肉薄するのはほぼ同時だった。あとはほんの一瞬。石像は砕け散って、次の瞬間、虹色の泡になって消えた。

まさに早業。あっという間だ。


「えーと、あれ、倒したの? 逃げたの?」


わたしが隣のトマスに聞くと、トマスはぽかんと口を開けていた。


「あ、ああ・・・モンスターは、倒すと虹色の泡になるから、ちゃんと倒せたんじゃないかな・・・」


「そっか。じゃあ、行こう」


「そうだね、うん・・・」


階段を登っていくと、バウが思いっきりしっぽを振りながら待っていた。わたしがよしよしと頭を撫でてやると、さらに激しくしっぽを振る。


いつの間にか神殿の門が開き、わたしたちを奥へといざなっている。入宮を前にして、わたしはトマスに聞いた。


「ダンジョンのこうりゃくには、どのくらいかかるものなの?」


「そうだな・・・早くて3日、長ければ数ヶ月、っていうところかな」


「よそうがい!」


「このダンジョンは短めで地下5層までだから、3〜5日くらいかな」


軽く言いながら、トマスは地面に落ちていた黄色の石を拾って、ナップサックの中に放り込んだ。


「それは?」


「これは、魂結晶こんけっしょうだよ。モンスターを倒すと手に入るんだ。エテルナが詰まった石で、魔法道具の素材なんかに使えて、そして売れる。・・・君は魔法袋を持っていないみたいだから、僕が持っておくよ。あとで売ったときに、分けあおう」


なるほど、門番を倒したときにドロップしたんだね。ちゃんと回収しておかないとね。


そうして、わたしたちは神殿の中に入った。


外から見た建物の大きさ通りに、中は広い。薄い緑色の石の神殿の内部は、石自体がぼんやりと光っていて明るい。1階部分は大きな回廊がいくつもあり、迷路というほどではないけれど、探索するにはずいぶんと骨が折れそうだった。


「さあ、行こうか」


ここからは、トマスが先導してくれた。


トマスは、かなりきちんとした冒険者だった。モンスターに囲まれないようにダンジョンを油断なく少しずつ進み、迷路はきちんとマッピングし、落とし穴や横矢の罠はきちんと見抜いて解除し、宝箱の解錠もしてくれた。道中のモンスターはバウがあっさりと片付けてくれる。わたし? わたしは・・・ほら、役割はテイマーだから・・・多少はね?




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