公爵令嬢に転生して勝ち組だと思ったら、実は魔王の娘で平凡な人生すら危ういんです 〜まおむす〜

４ 黒い大狼

がたごと、がたごと。

揺れる荷車。荷物の隙間。わたしは幌の隙間から顔を覗かせて、流れる地面を見つめていた。

押し固められただけの土の地面。ときおり泥濘んだところに車輪が通ってそのまま固まった溝だったり、動物の落とし物があったりする。

四足の蹄を持った動物は、前世日本の牧場で見た馬にそっくりだったけれど、こちらの世界の馬は、足が太くて毛並みが少し長くて青色だ。『ケル』と呼ばれているので、この荷馬車はこちらの世界ではケル車と呼ばれているらしい。

まだケル車の速度が早すぎる。それに、あたりが開けていて、視界が良すぎる。まだ「そのとき」じゃない。待つことに決めた。

がたがた、がたごと。

ケル車の速度が落ちた。森を抜ける街道。道幅が狭くなって、さらに荷車が傾く。大きな曲がり角に差し掛かっている・・・ここだっ！

わたしはできるだけ静かにケル車の後ろから道へと飛び降りると、比較的柔らかい土の上で一度受け身ーー実際にはごろごろ転がっただけーーをとった。

そしてそのまま街道を離れて、森に隠れる。馭者ーーお屋敷出入りの業者の人に見つかっていないように、と祈りつつ、大きな木の陰に身を隠した。ケル車は飛び降りたわたしに気づかず、そのまま曲がり角に消えていく。がたごとがたごと・・・。ケル車の進む音が完全に遠ざかってから、わたしはふぅと大きく息を吐いた。そしてガッツポーズ。

ミッションコンプリート！

ふふふ・・・お屋敷脱出成功。このわたしにかかれば、ちょろいもんね・・・。

くくく、とわたしはマントフードの下で悪い顔で笑ったあと、さくさくと緑滴る下草を踏んで、公都ロンファに向けて歩き始めた。

■□■

火炙りの運命から逃げるため、ステイタスカードを偽造しようと決めたわたしだったけれど、そこには大きな障害があった。わたしは公爵家のお嬢様だったため、お店がある街ーー公都ロンファまで、自由に行かせてもらえないのだ。

だから、今日はお屋敷の出入り商人のケル車にこっそりと忍びこんで、お屋敷を出ることに成功したのだ。突然いなくなっても騒ぎになるべくならないように、置き手紙は置いてきた。一応ね。

公爵令嬢って何でもできるようで、意外に不自由なんだなあとそのときは得心したけれど、いつまでもこの環境に甘んじているわけにもいかない。ステイタスカードづくりのお店ぐらい、誰かに聞けば見つけられるはずだ。

欲しいものは自分で求め、自分で手にしなくては！　輝かしい人生！　ノー火炙りライフ！　頑張れ、わたし！

こうして、気合十分、意欲満タンのわたしは。

あっさりと道に迷ってしまった。

え、ここどこ？　お屋敷から2里ほど歩いたら、街につくんじゃないの？　歩くほどに森が開けるどころか、どんどん森が深くなっているんですけど！

やはりさっきの行き止まりは戻るべきだったのかしら・・・。なぜわたしはあえて前進を選んでしまったのだろう。少し前のあのときのわたしを思い切り叱ってやりたい。

前世で言ったら２里の距離は２キロほどだと思うので、最短で行けても子供の足ではつらい。それが道に迷ったなんていったら、どうなってしまうのだろう・・・。

「うう・・・先行きがさっそく険しい・・・」

半泣きになりながら、草をかき分けつつ進む。

お屋敷から公都までのあいだは、もともとモンスターが少ない地域で、定期的にモンスター・獣討伐が騎士団と依頼を受けた冒険者によって行われているので安心・安全。

よほど運が悪くないかぎり、無事に行き来できる。そういう場所だった。

でも道に迷うとは・・・想定外だ。

「あ、でも魔法の練習にはちょうど良いわ」

わたしはぽんと拳で掌をうつ。周りには誰もいないし道も見えない。ここで魔法を使っても、誰にも見られないだろう。

実は、魔法を使ってみたくてお屋敷で騎士の皆さんの訓練をじっと見て見取り稽古をしたり、魔法のコツを聞いたりしていたのだ。でもわたしはエテルナに目覚めていないことになっていたので、その場では練習できなかった。

けれど、ステイタスカードによれば位階（レベル）４７、職業（ジョブ）黒色魔法師のわたしだ。

きっといきなりいろいろできるに違いない。ふふふ、これぞ異世界転生の醍醐味だ。

まず、身体に流れる魂力（エテルナ）の流れを感じる。その流れを詠唱陣に流し込んでいく。詠唱陣は、魔法の設計図みたいなものだ。詠唱というけれど、呪文を唱えるわけじゃない。頭の中に浮かぶ、紋のかたちをした器に、魂力（エテルナ）を注いでいくイメージ・・・。

魂力（エテルナ）には色があり、それは属性を示す。わたしは全部覚えていないけれど、とりあえず赤は火で、緑は風。黒は闇で、黄が土だった。そんな感じだ。使いたい魔法に合わせて、注ぐエテルナの色を選ぶ。

家庭教師に教えてもらった断片的な知識。そして騎士団の訓練を見て感じたこと。そしてわたしの中にあるはずの能力。

それらを使って、魂力（エテルナ）を、詠唱紋を通して魔法に変えていく。

発動には呪文を唱える。それは魔法の名前でしかない。

森が急に静かになる。さっきまで聞こえていた小さな生き物が駆け回る音も、鳥も、いつの間にかいない。

どうしてだろうか。静寂が、森に落ちている。

けれどとにかく、この魔法を使ってしまおう。記念すべき、わたしの、初魔法だ。

「緑色魔法ーー碧風砲！」

緑色の詠唱紋が一回転し、魔法が発動する。

どうん！　という轟音を立てて、圧縮された風が弾け出て、森を貫いた。

豪風というには生ぬるい、空気の塊に樹々がなぎ倒される。

ばきばきめりめりと一帯の樹々を引っこ抜き押し倒しへし折り、そして魔法の効果が終わる・・・。

「はは・・・。やりすぎ・・・ちゃったかな？」

緑の森、その中に幅５メートル、奥行き３０メートルぐらいの範囲の見通しが、一気に良くなってしまった。

いくら安全な森だと言っても、これだけ派手にやったら、何かをおびき寄せてしまいそうだ。

■□■

「グルルルルル・・・」

ああ、予感通り。嫌な予感ほど当たるって、どういうことなのかしら。良い予感は当たらないっていうのに。この世界に神様が居るなら、ぜひそのあたりの不公平を是正していただきたい。

「ウガァァァァルルル！」

ひっ・・・。現実逃避の思考が、そ（・）れ（・）の雄叫びによって破られた。

こわい。

モンスターにしか見えないやつと遭遇してしまった。

そしてどう見ても怒ってる。さっきの魔法に巻き込んでしまったのかも知れない。

そのモンスターは、大きな狼のような形をしていた。子牛くらいの大きさがある。前世日本の牧場でみた子牛はのんびりと草を食んでいて和めたけれど、これは狼だ。大きな口には強そうな牙が、地面を四肢には鋭い爪がある。

なにより色が真っ黒、立派な毛皮だった。でも輪郭が少しぼやけて見えるのは何故だろう。

で、でも大丈夫。わたしは街を訪れると決めてから、騎士団の皆さんの訓練を見て、魔法だけじゃなく戦い方も自主学習したのだ。あと、騎士のみなさまにはモンスターと遭遇したときの心構えや対処法なんかも聞いてーー予習はばっちりだ。予習は。

やれる。やれるはず。なんたって最初から位階（レベル）４７なんだから。わたしは心のなかで自分自身に言い聞かせる。街の近くで出るモンスターなんて、ザコに違いない。そう決まってる。

それでもあの大狼、迫力がすごい。気を抜けば膝から下のちからが抜けていってしまいそうだ。何もかも投げ捨てて、座り込んでしまいたい衝動に必死に耐える。

黒い大狼との距離は、20メートルほど。魔法で先制攻撃ができる距離だ。

わたしは再び、魂力（エテルナ）を詠唱紋に籠める。今度もうまく行った。

「赤色魔法・・・赤弾！」

わたしの前に浮かんだ赤色の詠唱紋が一回転。魔法が発動する。イメージ通りだ。

紋の前に現れた炎弾が直線軌道で加速、飛翔し、黒い狼へと向かっていく。

けれど、黒い狼はさらりと炎弾をよけた。

あの巨体なのに速くて横に移動して、それが一瞬で、消えたーー？！

ザコモンスターじゃないのぉ？　見失った！　けれど、何かが高速でこっちに来る！

こういうときは、とにかく、防ぐ！

「みっ、緑魔法ーー翡翠盾！」

がつん、と音がする。

黒い狼の体当たりに、魔法の盾を割り込ませるのが間に合った。

消えたように見えるほどの加速だった。

このおおきな狼の巨体、アクセルを思い切り踏み込んだ軽自動車が突っ込んできたみたいで、恐ろしかった。前世で車に撥ねられたのを思い出してしまった。

衝撃は魔法の盾が吸収してくれたけど、余波が来る。わたしの肉体の踏ん張りがなさすぎて、ただの余波で、森の下草の間を何回も転がるはめになった。

ぐるぐる世界がまわる。

でも数秒後、いや数瞬あとには、きっと黒い大狼が追撃してくる。

どうすればいい？　考えると、世界がゆっくりと回っているのを感じる。ほんの一瞬の時間がすごくながく引き伸ばされた感じ。ああこれが走馬灯ってやつなんだわ。

この走馬灯の間に、騎士の皆さんに、モンスターと出会ってしまったときの対処法を聞いたときのことを思い出す。

訓練場でみんながわたしを囲んで、めいめいに好きなように語られたので混乱したけれど、参謀役っぽい人が、最後に上手にまとめてくれてた。たしか、こんなふうだ。

『速度重視のモンスターへの対応は、まず逃げては駄目だ。

だいたい相手のほうが素早い。逃げ切れない。

そして、とにかく打つ手を止めない。

手を止めたら、一方的にやられてしまうから』

黒い狼が前足の爪で襲ってくる。

わたしは今度は魔法の球形の魔法障壁（バリア）を周囲に展開したけど、障壁（バリア）ごと跳ね飛ばされた。

盾と違って、攻撃の衝撃も余波も障壁（バリア）が防いでくれるけれど、使った魔法の障壁（バリア）は空間に固定されず、動かせる仕様みたいだ。

わたしに合わせてバリアが付いて来てくれるのはありがたいけど、バリア越しに木や地面にぶつかって転がって、上下がぐるぐる回って気持ち悪い。

そしてその間も、走馬灯みたいなものは続いている。

記憶の中の参謀役っぽい人は、指を立てて言う。

『そして、隙をみてーー』

「黒黄縛縄」

わたしは魔法を発動させる。

『ーー拘束魔法で、相手の足を止める』

地面から蔦と黒色の鎖が飛び出す。それはちょうど、わたしと黒い狼を結ぶ直線軌道上の一点。とどめをさそうと動きが単調になったところを、足元から絡め取る。

わたしは、黒い大狼を、地面に縛りつけることに成功した。

「ーーーーーーー！」

動きを封じられて、もがく黒い大狼。こうして機動力を奪ってしまえば、もう恐るるにたりない・・・いや、やっぱり怖いから、もういち重、縛っておこうかな。

わたしは同じ魔法を使って、さらに黒い狼を地面に固定した。

牙で噛まれないよう口も縛り、危なくないように。よしよし、静かになった。

そしてーー。わたしはあたりを探し、木の棒を拾い上げた。本当はこのまま魔法で仕留めてしまえば終わるけど、知っている生き物のかたちをしているし、なんかいやだ。

日本でも魚の目が怖くてさばけなかったわたしは、生き物を殺すのがなんとなく怖い。

とはいえ、魔法の拘束を解除すると、後ろからガブッとやられてしまう。

考えたわたしは、この黒い狼を殴って『気絶』させて。そのあいだに逃げることにした。

けれど近づいてあらためて見るとやっぱり怖い・・・わたしをめっちゃ睨んでくるし、口が開かないから喉奥からの唸り声で威嚇してくる。

わたしはつばを飲み込み、木の棒を振りかぶり、狼の眉間に向かって振り下ろす！

「わっ・・・わるく思わないでねっ！」

ぽすっ。

ぽすっ。

ぽぽすっ。

全力で烈しく打ち据えたけど、黒い狼はいっこうに気を失う気配がない。狼の視線に哀れみが混じり始めたのは気の所為だろうか。

「ていやーっ！」

ぽすっ。

ぽぽすっ。

「はあ、はあ・・・。わたしは・・・あきらめない・・・こんな、とこで・・・っ。まだまだっ・・・」

（なあ・・・おまえ、何がしたいのだ？）

「！！！」

突然、頭の中で声が響いた。あたりをきょろきょろと見渡すけれど、何もいない。

（我だ、我。）

黒い狼と目があった。このモンスター、喋れるの？

（おまえも、魔王候補じゃないのか？）

「ま、まおうこうほ？」

（そんなエテルナも通っていないような枝が、我に通用するわけないだろう。素人のようでいて、魔法の威力はとんでもないし、なんなんだ、おまえ）

「そ、そうか、エテルナを通してやらないといけないんだ・・・こうかな・・・」

持っていた木の枝を黒い燐光が覆い尽くす。その淡い輝きは何重にも重なり、ばちばちと音を立て始めた。よし、このくらいでいいかな・・・。

（おい・・・。いきなりなんだ？！　ちょ、ちょっと待って！　待ってください！　そんな量のエテルナでぶん殴られたら！）

「これで気絶してください！　ちょいやーっ！」

「グッハッ！」

「気絶した？」

（い、いや・・・まだ・・・）

「それじゃ、もう一撃！」

（死ッ・・・やめてくれえっ！　・・・・こうさん！　もう降参します！　だからもう殴らないで！　お願い！）

「ええーっ・・・」

わたしは振りかぶった木の枝の振り下ろし先に困って、動きを止めた。モンスターとはいえ、さすがに降参と言っている相手を攻撃するのは気が引ける。でも・・・。

「そうやって命乞いをして、相手が気を抜いたところを狙って殺すっていう、タチの悪いモンスターがいるって聞いたし・・・」

そう。胸が痛むけど、生きるか死ぬかだ。ここは心を鬼にするしかない。だいたい、向こうが先にわたしを殺そうとしてきたのだ。

人には、差し迫ったときにやるべきことをやれる人間と、やれない人間がいる。わたしは、やれる側の人間でありたい。

っていうか殺すわけではなく、あくまで『気絶』させるのだから、許してもらえるはずだ。

エテルナをしっかりと木の棒に伝え直し、ふたたび振りかぶると、頭の中にすごい量の喚き声が伝わってきた。頭が割れるほどうるさくて、わたしは振りかぶった棒を下ろしてしまった。

（わ、わかった！　あんた・・・いや、貴女とは、契約書を交わそう！）

「けいやく・・・しょ？」

黒い大狼の言葉通り、黒い靄が現れ、そこから一枚の羊皮紙のようなものがひらりと落ちてくる。

古代文字で書かれていて、どんな内容かはわからないけれど、最後に署名するみたいな空欄があるけれど、白紙の部分が多い。変な感じだ。

「でも、こうげきしないっていう契約なんて、つごうがよすぎるきがして、しんじられないし・・・」

（・・・。・・・。では、これならどうだ・・・どうでしょう？）

言い直した大狼の言葉に合わせ、先に出た一枚が消え、また新たに羊皮紙が黒い靄の中から現れた。古代文字で読めないのは相変わらずだけど、さきほどよりも文字が多く、なんとなく契約書っぽい感じがする。

（これは・・・主従契約書だ。この契約を結べば、我は貴女に仕えることになり、攻撃できなくなる。精霊の間で長く使われている様式だ・・・こ、これで信じられるだろう。見逃してはくれまいか）

「うーん・・・」

古代文字なので、契約書の内容はわからない。わからないけれど、なんとなく、この黒い狼が嘘はついていない気がした。

（我が真名は、アーリヴァウティ＝ラウフ。身を捧げ、主の命に従うことを誓わん）

同時、契約書にエテルナの文字が走る。これがこのおっきな黒狼の名前なのだろう。

主従契約・・・とこの大狼は言った。とても面倒な気がする。

でも、とわたしは思う。気がついてしまったのだ。このおっきな黒狼は、きっとこのあたりの道を知っていそうだ。それに乗り物になってくれるなら、体力的な問題もなくなる。この契約を結んだら、わたしのたいがいの問題は解決できるのでは？

「ねえ。このあたりの地理はわかる？」

（我は西部を旅していたからな。たいがいはわかるだろう）

迷子問題は解決。

「あなたの背中にのせてもらえる？」

（そのくらいならお安い御用だ）

なるほど。わたしのテンションが静かにあがったのを感じた。

前世ではセントバーナードみたいな大きな犬の背中に、乗ってみたかった。

異世界だし、それが狼でもいい。物の怪姫に、わたしはなるわ。

「契約をむすぶには、どうすればいいの？」

（その契約書に、エテルナで貴女の名前を書き込めば契約は成る・・・ま、まだ不満が？）

でも賭けの部分はある。ちゃんと言うことを聞いてくれれば、このおっきな黒狼はすごく役に立ちそうだ。でももし騙されていたら・・・。

「もし騙していたら、この先、どんなことがあっても、あなたを仕留めてやるから」

（だ、大丈夫だ。我は闇の精霊の眷属。そのあたりのモンスターとは違う、約束はたがえない）

脅してやると、そんなことを言ってきた黒狼。

ふぅん、モンスターじゃないんだ？　それなら安心かも知れない。

気を取り直したわたし。エテルナをこめた指先で、宙に浮かぶ契約書にサインをすると、契約書が高く浮かび上がり、青い炎とともに消えた。

（契約は成った・・・さっそくだがあるじ、我をしばるこのいましめを解いてはくれまいか。実は、かなり苦しい。ほんとに。もうすぐくびられ死ぬんじゃないかってぐらい）

わたしは魔法の解除して、黒い狼の拘束をといた。おおきな黒狼は拘束が解かれると大きく息をし、あえぐように森の空気を吸い込んでは吐き出していた。

そして嬉しそうに立ち上がると、手足を伸ばす。

そのあいだ、しっぽがぶんぶん振れていた。狼だと思っていたけど、実は犬なのかな・・・。

とりあえず、わたしは、木の棒に伝えていたエテルナも解いた。

（さて、経緯はあるが、今日から貴女は我のあるじだ。なにかしてもらいたいことはあるか？）

きちんとおすわりの姿勢をとって、聞いてくるおおきな黒狼。

殺気をむんむん放っていたつい先刻とはえらい違う。

ずいぶんと切り替えの早い子みたいだ。それとも、こっちの世界では、これが普通なのかしら？

いまの今まで戦っていた相手に、いきなり頼み事を受けるのは抵抗がないのかな？　でもゲームセットの笛が鳴ったらノーサイド、ケンカが終われば親友同士っていうもんね。

大狼は大きいので、おすわりの姿勢でも、わたしは見上げるかたちになる。

「このあたりに、ロンファっていう街があるのは知ってる？　そこに行きたいんだけど・・・」

（そこに連れていけばいいのか？　承知した。我の背中に乗ってくれ。『潜影走』でそこまでいこう）

黒狼はきちんと伏せ姿勢で、わたしを背に乗せてくれようとした。

けれどそれでもわたしの手足が短くてうまく背中に乗れずにいると、さらに手足を伸ばして地面に張り付くように寝そべって、体勢を低くしてくれた。優しい。

（しっかりと掴まるのだ。すぐだから）

わたしがごわごわした狼の背中にしがみつくと、次の瞬間には、水の中に沈んだかのような感覚があった。

周りを見わたそうとしても真っ暗で何も見えない。そして大狼が移動しはじめた。

風も、流れる景色もないけれど、すごいスピードだ。

わたしは振り落とされないように、腹ばいになって必死に毛皮の背中にしがみついた。

けれど、そんな時間は長くは続かなかった。

（ついたぞ）

どぷりと粘体が下へ流れ、上昇する感覚。そして、視界に光が差し込む。

そこはまだ森の中だったけれど、樹林の向こう側に、黄色い城壁で囲まれた、見たことのある街が見えた。

遠目にもわかる。多くの人が出入りしている、賑やかな街。

あれは、公爵領都ロンファだ。