3 わたしの出生事情
公爵令嬢に転生して勝ち組だと思ったら、魔王の落とし子だった。
バレたらたぶん火炙り。
なんてことかしら。もうショックで、夜も眠れない。昨晩だって眠れなかった。
「ふぁぁぁぁ・・・」
「んんっ・・・リュミフォンセ様。はしたないですよ」
「あっ・・・ごめんなさい」
あくびが出た口を手で押さえる。わたしは向かいに座る先生に謝って、テキストに戻る。
教養を受け持つ家庭教師のグレイ先生は、ため息ひとつで授業に戻ってくれた。小さな黒板に白墨で書かれた文字を目で追いつつ、わたしは別のことを考える。
もし誰かにステイタスカードを見られれば、魔王の落とし子だとばれてしまう。
ばれたら騎士団に捕まって、わたしは処刑。処刑されたら、わたし死ぬ。処刑って殺すって意味だからね。我ながら完璧な論理展開だ。
わたしの死は避けられない? 気が遠くなる。
『いやータスケテー!』『ふぁっふぁっふぁっ、魔王の子どもなど死ぬが良い! それ火をつけろー!』『うわーん熱いよう熱いよう!』『ふぁーっふぁっーふぁっ!』
まさか転生の記憶が戻ってすぐに、自分の生命の心配をすることになるなんて。
公爵令嬢ウキウキハッピーライフは、どこに・・・いっ・・・た・・・の・・・?
「リュ・ミ・フォン・セ・様?」
「ふぁいっ、寝てまふぇん!」
公爵令嬢で魔王の落とし子でも、体はしょせん8歳児。寝不足には勝てなかった。
目覚ましに、と苦い薬湯を飲まされた。
体に良いですよ、とグレイ先生は言っていたが、きっと嘘だ。
「これ、薬湯っていってますけど、毒ですよねにがいですもんそうですもん」
「なるほど。お気に召したようでなによりです。お勉強が進まなかったら、毎回これを飲んでもらいましょうか」
眼鏡の角度を直しながらにっこりと先生が笑う。見た目は優しいのに。
「ーー話題を戻しましょう。それで、さきほどのリュミフォンセ様のご質問は、『人は死んだらどうなるのか』でしたね?」
「はい、先生」
わたしは頷く。
なぜこんなことを聞くかと言えば、転生がこの世界でどう扱われているのかを知りたかったからだ。でも転生者についてストレートに聞くのも変なので、まずは死生観から調べることにしたのだった。
そのあたり、教養を教えてくれる先生はちょうど良かった。
8歳児にはどう考えても難しすぎる説明だと思うけれど、子供向けの優しさをこの先生に期待するのは酷な気がする。
「ーー人は死ぬと、体から魂が抜け出て、魂は天へと登ります。天上には女神と精霊が住まう楽園パファディがあり、善き魂はそこで永遠を過ごします。穢れた魂は、泉下の死の国アンフェールで、その穢れが祓われるまで、長いときを過ごすことになります。冷たく暗い寂しい場所で・・・」
おどろおどろしい声音を作って、先生は視線をこちらへ向けた。わたしの反応が無いのがわかって、彼はコホンと咳払いをすると、説明のトーンを変えた。
「現象としての死の話をしましょう。研究では、死んだ人から、
さらに
さらに進めて、エテルナが生命そのものではないか、とも言われます。つまり、死とは、人の身体からエテルナが抜け出る現象・・・この答えも、リュミフォンセ様、貴女の知りたいことではありませんね?」
わたしは頷いて。
「・・・『生まれ変わり』」
単語を出して、先生の反応を探る。
「・・・というものは、この世界にあるのでしょうか?」
「興味深いですね」
二、三歩さきへ飛んだ回答がきた。これだから、この先生との会話は大変だ。
「
消えたエテルナはどこに向かうのか? 実際には天上世界ではなく、この世界に拡散し、すでにあるエテルナと混ざっていくのです。
そうして誰かのエテルナを、また違う人間が取り込む・・・こう考えると、誰もが誰かのエテルナをほんの少しずつ取り込んでいる。このように考えれば、この世界のすべての人間は、ほんのちょっとずつ、誰かのーーあるいは何かの生まれ変わりだと言えるかも知れません」
そして、とグレイ先生は自分の仮説をとうとうと述べたけれど、早口でとても聞き取れないし、最後のほうは独り言すぎてわからない。魂の混合体という言葉が聞こえたけれど、どんな文脈なのかもわからない。
呟きが小さくなった隙をついて、わたしは尋ねる。
「生まれ変わりの、実例はあるんでしょうか?」
「ありません」先生即答。「証明は今後の研究を待たねばなりません」
おおう・・・この展開だと、異世界からの転生者もいなそう。少なくとも、この世界でポピュラーな存在じゃないことは間違いなさそう。もしわたしが異世界転生者だと知られても、悪目立ちはしても、良いことはなさそうだ。
魔王の落とし子、異世界転生者。やっぱりどっちもダメらしい。
悩みの無い幸せな公爵令嬢から、たった一晩で、火炙り隣り合わせの、秘密の多い女になってしまった。
秘密はいい女のアクセサリーだっていうけれど、わたしはどっちかっていうとナチュラルで勝負したい派なのに。
■□■
そういえば、わたしの出生のことを、言い忘れていた。
あんまり面白い話じゃないから、後回しにしてしまった。
この世界でのわたしの母親は、ロンファーレンス公爵家の令嬢、ルーナリィ=ラ=ロンファーレンス。よくは教えてもらえないのだけれど、とある事情で家出をし、それから数年間行方知れずになった。
そしてある大嵐の晩、ルーナリィは突然お屋敷に戻ってきた。雷が光り、大粒の雨が横殴りに降り、風に木が舞うようなひどい嵐だったという。ずぶ濡れでひどい有様のルーナリィの様子に戸惑うお祖父様に、彼女はひとりの赤ん坊を、実の娘だと言って差し出した。赤子の名前を告げ、自分では事情があってこの娘を育てることができないので育てて欲しいと言ったそうだ。
お祖父様が赤ん坊を受け取ると、ルーナリィは薄く笑い、そしてまたごうごうと鳴る大嵐にまぎれてどこかへ行ってしまった。そしてそれ以来、彼女は、もうお屋敷に戻って来てはいない。
お祖父様は、その赤ん坊ーー父親もわからぬ子ーーを、自分の養女として引き取り、育てた。その赤ん坊が、わたし、リュミフォンセ=ラ=ロンファーレンスだ。
母はルーナリィ=ラ=ロンファーレンス。父親は、誰にもわからない。
だから、わたしの父親が魔王であっても、おかしくはないということだ。
■□■
調べれば調べるほどーーというか聞いて回っただけだけど、わたしの状況が悪いものだと確認できただけだった。今日も授業を終えたら、一日が終わった、陽が暮れて、夜の帷が降りる。
夕食を終えてから湯浴みをして。
火照る体を冷ましたくて、わたしは夜風に当たりにバルコニーに出た。
濃紺の空に、銀色の砂がぶちまけられたように星が広がっている。この世界は星が本当に綺麗だ。おまけに月がふたつもある。追いかけ合うのに出会えない恋人になぞらえたお伽噺を持つふたつの月は、金色と銀色にそれぞれ輝いて夜空を照らしている。
すんと鼻を鳴らすと、湿っぽい新緑の匂いが鼻腔に届いた。手すりに持たれ、風を受け止めるように顔を前に出す。頬に沿ってひんやりとした夜風がわたしをすり抜けていく。
「リュミィ様。お風邪を召しますよ」
背後からメイドのメアリさんが現れて、ふかふかのタオルを持ってきてくれた。そしてわたしの濡れ髪を優しく絞るように拭いてくれる。
「こんやは夜風にあたりたいきぶんなの」
「・・・少しだけですからね。戻ったら、温かいジャンソ湯を飲みましょうね」
わたしは小さく頷いた。優しさが傷ついた心に良く沁みる。
メアリさんは優しい。実のお姉さんがいたら、こんな感じなんだろうと思う。だから、心の中の呼び方は、いつもメアリ『さん』だ。表面上はわたしがご主人さまということになるから、呼び捨てにさせてもらっているけれど。
髪を拭かれながら、わたしは星空をぼんやりと眺める。
そうしてしばらくして、ふと、思いついて言った。
「メアリも、ステイタスカードを持っているの?」
「はい。持っておりますよ」
そうなんだ。
「・・・見せてもらってもいい?」
「構いませんよ」
メアリは服のポケットから、細鎖のついたカードを取り出し、わたしに渡してくれた。
あれ・・・これ、わたしのとぜんぜん違う・・・。
鉄でできてて、文字は刻印されてる・・・?
メアリ=テューダ
レベル:5
ステイタス:『下級貴族』
ジョブ: 行儀見習
「これは、私が13歳のときに作ったステイタスカードです」
メアリさんが話をしてくれる。優しい瞳だ。そしてわたしは、渡されたステイタスカードをまじまじと見ている。
「ステイタスカードはその人のエテルナを通して、その人のことがわかる道具ですけど、
普通の人は、13歳になったら神殿にいき、神殿のオリジン・ステイタスカードを使い、そこで出た結果を、プレートに刻印したり、木の板に書き付けて、それをステイタスカードにします。私も、神殿で作りましたからーーほら、ここに神殿の印章が」
カードの隅に、確かに印章の跡が刻まれている。
「ステイタスカードは、神殿の他に、組合ギルドや市役所や、あとはステイタスカードのお店でも発行できます」
「え・・・それって、わりとどこでもステイタスカードを発行できちゃうってこと?」
わたしの疑問を、メアリさんは頷くことであっさりと肯定してくれた。
「そうですね。だからこうして、発行した場所の印章を刻むんです。あまり信用の無いところの印章だと、そのステイタスカードが使えないこともありますから、みんな自然に自分の生まれた土地の神殿で発行します。そこなら、みな顔見知りですからね。保証してくれる人が多いんですよ」
わたしはもう一度、手の中にあるメアリさんのステイタスカードをじっくりと眺める。傾けると、そのカードは月の光を鈍く弾いた。そしてメアリさんにカードを返す。
メアリさんはそれを両手で受け取ると、メイド服のスカートのポケットに大事そうにしまいこんだ。
「大きくなれば、誰もがエテルナを使えるようになって、ステイタスカードを作ることができます。
ですからね、リュミィ様。いまステイタスカードが使えなくても、あせることなんて、何もないんですよ」
優しく諭してくれるメアリさん。わたしは、なんとなくあったかな気持ちになって、ジャンソ湯を飲んだあと、促されてベッドに潜り込んだ。
薄闇の部屋のベッドなか、ごそごそとステイタスカードを取り出して眺める。
メアリさんはどうやらわたしがステイタスカードをいじって悩んでいるのを見て、わたしが
・・・まあ、普通に考えたらそう見えるのかな。メアリさんは優しくて素敵な女性だなあ。
けれどわたしはメアリさんとの会話から、もっと違うことを思いついていた。
(ステイタスカードは、作れる)
わたしが貰ったカードはオリジンと呼ばれるもので、エテルナを注ぐと文字が勝手に浮かび上がるのだけれど、文字をカード屋さんの職人さんに指定すれば、当然指定した通りのステイタスカードになるわけで・・・。
(つまり自分で思い通りの表示にできる!)
実際のものとは違うステイタスカードを作るのは、もちろん悪いことだろう。
けれどこのままでは、わたしは火炙りになってしまう。自分でステイタスカートをDIYするのと火炙り、ふたつを天秤にかけて、うーんと悩む。正直なところ、どちらも選びたくない。選びたくないけど、どちらかと詰められれば・・・!
「誰かに迷惑をかけるわけじゃないし・・・許してもらえる、よね・・・?」
わたしは薄闇の虚空に手を伸ばし、握りこぶしを作る。
わたしは、わたしの生命と異世界ライフのために、ステイタスカードを自分で作っちゃうことを決意した。
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