2 魔王の落とし子らしくてやばいです②
はーい、ごきげんよう。わたしはリュミフォンセ=ラ=ロンファーレンス。異世界転生の人生2周目のスーパー8歳児(予定)。
公爵令嬢として転生して、これは勝ったと思っていたら、ステイタスカードなるファンタジーな身分証明証的なものに、「転生者」と「魔王の落とし子」と表示させれてとても焦っているの。下手したら魔女裁判みたいになって火炙りになったりしたらどうしよう。
よくわかんないけど秘密にしておいたほうがいいと思った。うん、これは絶対に秘密だわ。お墓まで持っていったほうが良いやつだと思う。
それはそれとして、わたしはこの世界のことを知らなすぎる。ちょっとこの世界を調べるべきだ。キーワードは「ステイタスカード」「魔王」だ。
■□■
髪を梳いてもらう朝の時間は楽しい。肩まであるわたしの髪は、メイドさんがいつも丁寧に梳いてくれる。丁寧に動く櫛の歯が、髪をするすると撫でるような感触が好き。普段は髪を縛ったはせず、良く梳いてもらったあとに、カチューシャをぱちりとはめると、朝の支度は完成だ。
普通にやればそんなに時間のかからない髪のセットだけど、でもメイドさんいわくわたしの髪は気持ちが良いらしく、わたしも良く櫛で梳いてもらうのは気持ちいいので、毎朝念入りにやってもらっている。わたしは自分の鏡台の前にちょこんと座り、なされるがままだ。撫でられる猫ってこんな気分なのかも、なんてしょうもないことを思う。
「ねえ、メアリ。メアリは、『ステイタスカード』って、知ってる?」
「ステイタスカード、ですか? はい、もちろん存じておりますよ」
メイドのメアリさんは、すっ、すっと櫛を動かしながら、にこやかに応じてくれる。
「その、ステイタスカードって、どんなときに使うの? よく使う?」
「リュミィ様は、お小さいのに難しいことを聞かれるのですね」ふふっとメアリさんが笑う。「そうですねぇ・・・わかりやすい例だと、たとえば、大きな都市に入るときに、門番の人に見せたりしますね」
「みぶんしょうめいしょ、みたいな感じ?」
「身分証・・・そうです、リュミィ様は難しい言葉もよくご存知ですね。ほかには、お役所で手続きするときに見せたりとか、どこかで働くときに雇ってくれる人に見せたり、学校に入るときにも学校の人に見せたりもします。それから、商人さんだと取引相手同士で見せあったりするそうですね。リュミィ様も、お屋敷出入りの商人さんは見かけたことがあるのでは?」
ふんふんなるほど。現代日本だと、パスポートとか運転免許証みたいな感覚なのか。
「それだと、ふだんはあんまり使わない?」
「そうですね、ステイタスカードが実際に必要になるのは、大人になってからですね」
ほほぅ、なるほどなるほど。わたしは公爵令嬢だから、身分証を使う機会ってのはあんまりないかも。ステイタスカードを使わず、顔パスでいけるかも知れない。
「わかった。ありがとう。それで、はなしが変わるけど、メアリは魔王って知ってる?」
「今日のリュミィ様は質問攻めですね。もちろん、それも存じておりますよ。とても簡単に言うと、モンスターの親玉で、とっても悪い、怖いやつです」
魔王、やっぱりこの世界でも悪者かー!
わたしが固まったのを見て何かを察したのか、メアリさんがなだめるようにわたしの肩を抱く。
「大丈夫ですよ。魔王は8年前に倒されていて、新しい魔王はまだ生まれてきていないそうですから」
「えっ・・・魔王、いないの?」
「ええ、いまこの時代、魔王はもういません」メアリさんは、鏡台にあるカチューシャを取り、わたしの頭にはめてくれた。今日は赤だ。「だから安心ですよ。リュミィ様」
「魔王は居なくなっても、モンスターまだ残っています。ですからリュミィ様、くれぐれも一人で外を出歩いてはいけませんよ」
礼儀作法を教えてくれる先生、マギィ先生はぴしりと人差し指を立てる。礼儀作法に厳しい人なので、伸ばした人差し指もぴーんと真っ直ぐだ。思い切りがいい。
「結界が張ってあるため、このお屋敷や、お屋敷から2里のところにある公爵領都ロンファにはモンスターが入ってくることはありませんので安心です。ですが結界から外は、いまだ多くのモンスターがはびこっています。モンスターと深いつながりがあると言われるダンジョンもです」
わたしもぴしりと背筋を伸ばし、なるべく優雅に見えるような角度とタイミングで頷いてみせる。ゆうが、ゆうが。
「モンスターを駆逐し、世界を平和にするため、日夜騎士団や冒険者たちが荒野を渡り、ダンジョンに潜り、モンスターを討伐してくれているので、我々は平和に暮らせているわけです。リュミィ様にはお祖父様であられるロンファーレンス公爵も、公爵領騎士団の団長を兼任されているのですよ。これはとても名誉なことです」
えっそうなんだ。知らなかった。ん? 騎士団長であるお祖父様よりも、わたしのレベルのほうが高かったような・・・? お祖父様、お飾りで団長職についているのかな?
「ロンファーレンス公爵は公平な方で知られていますから、公爵みずからが騎士団を率いてダンジョンに潜ってモンスター討伐をされたこともあるのですよ」
わたしの心を読んだかのように、マギィ婆・・・もとい先生は補足してくれた。一瞬どきっとしたけど、このくらいなら話術の範囲だろう。先生だから、教えることのプロだし。
「それから、魔王は一度倒しても、また新たな魔王が生まれます」
「えっ、そうなんですか?」
驚きだ。魔王って、一度倒すと世界平和になるんじゃないの?
「そうです。周期はありますが、おおよそ5年くらいで新しい魔王が出てきますね。いまは幸いにもちょっと魔王不在の期間が長いですが。私は60年以上生きていますが、10体以上の魔王を知っています」
この世界の魔王は量産型なのかな・・・。
「ですが心配することはありません。なぜなら、闇あるところに光あり。魔王が生まれれば、この世界を救う『救世の勇者』もまた生まれるからです」
わたしは優雅に見えるように相槌をうち、
「今の魔王を倒した勇者は、どうしているのですか?」
「先代の勇者は、魔王と相討ちになり、残念がら落命したと伝わっています」
「そうですか・・・。では、先代の魔王に、子供はいたのでしょうか?」
「魔王に子ども?」
その質問は、マギィ先生にとって予想外のものだったようで、片眉が跳ね上がった。
「存じません。軍人の方や冒険者なら何か知っているかも知れませんが、リュミフォンセ様には関わりのないことでしょう」
さ、休憩は終わりです。授業に戻りましょう。
はい先生。と、わたしは背筋を伸ばした。
「魔王の子ども・・・ですか」
髭をしごきながら、公爵騎士団の副団長。お屋敷の前には、眼の前では、30人ほどの騎士たちが剣や魔法を使った模擬戦で訓練をしている。騎士団でも指折りの精鋭たちだという。訓練閲兵の付き添いをする公爵令嬢という、お祖父様の後ろできりりとした顔つきをするだけのお仕事である。
わたしは、模擬戦の観戦のために置かれた台の上におり、団長であるお祖父様が前の床几に腰を降ろしており、わたしと副団長が並んで座っているという格好である。
模擬戦は前庭を4つに区切って行われており、周囲を騎士たちが壁代わりに囲っているので、戦いの様子はわたしの場所からは、模擬戦がよく見えないのだ。たあーとかやーとか気合的な声はきこえろ。もっと背の高い椅子があればいいのに。
「魔王も何代も変わっていますからな。たしか、5代前と6代前の魔王が親子だったはずです」
「魔王も子どもを残すのですか?」
「魔王が、というよりもモンスターは子を為しますから、魔王に子どもがいても不思議ではありません。モンスターにも動物型・植物型・虫型・不定形型など種類があり、人間にそっくりな人型のモンスターもいます。人型を特に魔族と呼んだりもしますが」
「魔族と人間とで、子どもができることはあるのですか?」
そう質問したとき、眼の前の模擬戦のひとつに決着がついたらしい。わたしたちは皆の拍手に合わせて、ぱちぱちと手を打って敢闘をたたえた。
「残念ながら、そういうこともあります。それを目的に、人がさらわれることもあるのです」
「ふ・・・ふーん。そうなの」
怖いことを聞いた。ファンタジーな世界でも、ここはハイファンタジー寄りの世界っぽい。
「それで、不幸にもその・・・モンスターと人間との間に子どもが出来てしまった場合は、生まれた子どもはどうするの?」
「退治します。それが法ですので」
おおう即答!
「れ、例外はあったりしないの?」
「ありませんな」
また即答! じゃあわたし、『魔王の落とし子』だってバレたら、殺されちゃうんじゃない!
はい魔女の火炙りいっちょうあがり! ばばーん!
さーっ、と自分の血の気が引く音が聞こえた気がした。
生命の危機。そのときはわからなかったけれど、後から振り返ってみると、それが、わたしの感覚を鋭くしてくれたみたいだった。
斜め前方の模擬戦、ひとりの騎士が魔法を使おうとしている。遠くにいるはずのその姿が、ぐん、ぐん、と拡大して見える。
騎士の前には、赤色の紋が空中に浮かんでいる。その紋にちからが注がれ、魔法が発動しそうになっている。初めて魔法を見る。見るのだけれど、あの騎士は力みすぎだ。なぜかそれがわかる。このままでは魔法は成功しない。暴発するーー!
「あぶない!」
叫んだときには、もう、前に立つお祖父様が動いていた。
緑色の紋が浮かび上がり、なめらかに魔法が発動する。
「緑色魔法・・・
8つに割れて制御を失った炎の玉が、こちらにも飛んできたが、お祖父様の生み出した風っぽい翠色の盾が炎玉を見事に打ち消してくれた。そしてーー
「むん!」
いつの間にかお祖父様は槍を手にしており、槍を投擲して上空をさまよっていた炎玉にぶち当てて爆散させた。残りの玉は、周囲で不測の事態に備えていた騎士たちが処理。ただ一発は魔法を暴発させた本人に当たってしまったらしく、救護班が手当に動いていた。
「大丈夫じゃったか? リュミィ」
「はい、おじいさま」
きっと公爵令嬢たるもの、この程度でうろたえてはいけないのだろう。内心は叫びまわりたかったけど、なるべく平静に見えるよう受け答えする。
「ふむ・・・とはいえさすがに顔色が悪いな。閲兵同伴はもう良いじゃろう。さがって少し休みなさい」
格好よいところも充分見せられたしな、ふふん。というお祖父様のつぶやきは、聞き逃さなかったわたし。
模擬戦は続いたが、わたしは退席させてもらった。お付きのメイドさんたちに連れられて、その日の午後は自室で休むことになった。戦闘訓練もしたことのない子どもを、魔法も使う模擬戦の場につれていくのはやめていただきたいものだ。
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