朝のテーブルにないもの
偽装結婚の相手は、二十年ぶりに再会した高校の同級生。
彼女は僕が同性愛者であることを受け入れたうえで、「結婚したくないけど、親がうるさくてさ。友達夫婦になろうよ」と提案してきた。
同じ空間で暮らしながら、自由気ままに過ごす。互いに干渉しないし、詮索もしない。
けれど風邪を引けば看病するし、落ち込んだときは一緒に映画を見て笑う。
僕たちの間に恋愛感情はないが、笑顔と優しさと思いやりは十分にあった。
友達夫婦になって五年。朝食を作る彼女の背中に声をかける。
「離婚したい」
彼女の肩がビクっと震えた。
長すぎる沈黙の末、彼女は「ごめん」と何度も謝った。
シンクにピチャンと落ちた水滴の音がまるで、彼女の手の甲に落ちた涙の音のようだった。
彼女は年下の部下の家に行った。七ヶ月後には母親になるだろう。
✢✢✢
朝日がテーブルに当たる。僕は椅子に座り、苦すぎる珈琲を飲む。
仕事人間の彼女よりも、僕のほうが料理も掃除も得意だった。彼女がいなくても、不自由はない。
甘党の彼女に合わせて一緒に飲んだカフェオレ。僕はもうカフェオレを飲むことはないだろう。
彼女を女性として愛することはできなかった。
だがひとりの人として――愛していた。
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