遠かったキミ

 土曜日のとある駅の前でソワソワしている男子が一人いた。集合時間の9時より三十分も早く着いた時からずっと落ち着いていない。視線をあっちこっちにやったり服には襟がないのに襟を正したり。

 そして8時50分。一人の女子が駅から出てきた。彼女は辺りを見回した後、彼を見つけ小走りに近づく。それでも彼はまだ彼女が近づいていることに気がついていないようで上がる心拍数を抑えるために深呼吸を繰り返す。

「槻本くん、だよね」

「っっ!!」

 突然声をかけられた彼は身体を跳ねさせる。そして声をかけられた方を見る。

「うん、おはよう小林さん」

「おはよう槻本くん。あれ? 先輩だからおはようございます?」

「あはは、タメ口でいいよ小林さん」

「うん……」

 初めて、窓越しではなく直接会った彼と彼女は沈黙する。恥ずかしいようでモジモジしている。

((どうしよう、会ったはいいけど何を話せばいいんだろう))

 二人して同じことを考えていた。そして長い沈黙を破ったのは彼だった。

「えっと、とりあえずデート、しよっか」

 言っていて恥ずかしくなったのか語尾が萎む。しかし近くの彼女には聞こえていた。

「デート……うん」

 そうしてようやく二人は歩き出す。

 駅前のショッピングセンターに入り雑貨屋や服屋を見て回る。

「私、猫好きなんだ」

「僕も猫好きだよ」

 二人は雑貨屋で猫の雑貨を手に取る。好みが同じだったのが嬉しくて彼女は微笑む。

「この服、どうかな」

「とても似合ってるよ」

 二人は服屋で試着をして感想を言い合う。褒められて笑みが溢れる。

 お見えを見て回っているとあっという間にお昼の時間になる。二人は人の空いていたカフェに入る。

 何か食べるものを注文し、料理が来るのを待つ。

「……」

「……」

 また沈黙が流れる。

「あの――」

「お待たせいたしました。こちらランチセットAとランチセットBになります」

 彼がいざ話しかけようと思ったが店員が料理を運んできた。

「食べよっか」

「そうだね」

 二人は運ばれた料理が冷めないうちに食べ始める。

 二人はランチを食べ終わり満腹になる。飲み物を口にしてゆっくりする。

「あの、今日はありがとう」

 彼は意を決したように話し出す。

「とても楽しかった」

「私もとても楽しかった」

「その……」

「うん」

「僕、君のことが好きみたい」

「――っ、そう」

 突然の告白に彼女はビクッとする。心を落ち着かせるように飲み物を飲む。

「電車の窓越しに会った君はとても可愛くって、いつの間にか惚れていたんだ」

「……」

「……よければ僕と、付き合ってくれませんか」

 彼は顔を伏せて手を差し出す。彼女は迷わず返事をする。

「私も窓越しの君に惚れていたの。だから――」

 彼女は彼の手を両手でギュッと握り――

「――こちらこそよろしくお願いします」

 彼は顔を上げる。

「ありがとう、花音さん」

「よろしくね、悠斗くん」

 彼と彼女は、電車の窓越しの近くて遠い関係から、晴れてカップルとなった。


◇◇小話◇◇

 カップルとなった二人はカフェを出た。

「もう少し、見て回ろっか」

「うん、そうだね悠斗くん」

「ッッ!!」

 彼女はそっと彼の手を握って身体を寄せる。

(い、いい匂いっ)

 彼女から漂う女の子のいい匂いがする。しかも彼女の手は柔らかく、優しく彼の手を包み込む。彼は初めての異性の体にドキドキしている。

 彼女も彼の同性とは違う男らしい手にドキドキしていた。つい身体を寄せて手を握ってしまったが彼女は顔を真っ赤に染めるほど恥ずかしがっている。

 それから、二人は連絡先を交換して解散した。これでいつでも連絡を取ることができる。でも平日は、二人の窓越しの関係は続いたままだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

近くて遠いキミ 和泉秋水 @ShutaCarina

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説