第578話 迷走

 スタッグ城謁見の間では、玉座に腰掛けながらもアルバートは深く頭を抱えていた。


「クソッ! バイアス! 僕はどうしたらいい!?」


 その荒れ具合といったら、周囲の衛兵がとばっちりを受けないかと尻込んでしてしまうほど。

 感情を抑えきれなくなると立ち上がり、壁を殴ったり玉座を蹴ったりと、その様子は癇癪を起こした大きな子供だ。

 それを見守る貴族達も、気が気ではない。


「それは……」


 言葉に詰まるバイアス。考え得る選択肢は2つだけなのだが、どちらも受け入れがたい現実だ。

 そんなバイアスを横目に口を開いたのは、もう1人の公爵レイヴンである。


「バイアス公がお答えできないようなので、私がお答えしましょう。争いを避けるのであれば、九条に許しを請うのです。武器と魔法書の返還は当然、必要であればこちらの首を差し出す覚悟で誠心誠意謝罪する。それでも許してもらえるかは九条次第といったところでしょうが、ある程度の溜飲は下げられるはず……。その後は、ヴィルザール教を交え真摯に向き合い妥協案を模索すればよいだけだ。簡単な話でしょう」


「何故、僕が謝らなければならない!? 九条は禁呪を使っていたんだ!」


「ですから、九条は自分の処刑を受け入れたではありませんか。結果、死んではいなかったのかもしれませんが、恐らくは表舞台から姿を消そうとした。それが、我々にもヴィルザール教にも配慮した選択だと今ならおわかりになるでしょう。我々はそれで満足しておくべきだったのです。それに水を差すような事をしたのは、誰ですか? ……何もしなければ、それで終わっていたものを……」


「レイヴン! 聞こえているぞ! 貴様、王たるこの僕を愚弄するのか!」


「……失礼しました。出過ぎた発言を、お許しください」


 聞こえない程度の小さな舌打ちの後、心にもない謝罪の言葉を口にしたレイヴン。

 アルバートに反省の意思が見られないのなら、九条との衝突は避けられない。

 その実力は、異端審問官が正面から戦うことを恐れ、策を弄するほどの者。更には、魔王の配下であった金の鬣を従えている。

 それも九条と共に姿を消した。アルバートは九条の力が尽きたからだと考えているが、レイヴンはそう思っていない。


(無差別ではなかった。金の鬣は、盲目と魔導船以外手を出していない。であれば、戦う為ではなく守る為に呼び出されたのだ……)


 金の鬣は、王国騎士団が討滅したと触れ回っている。

 それ自体悪い事ではない。民衆の不安を取り除くことも必要だ。


(これは警告……。現に、逃げ遅れた者から殺すと言っていた九条も、結局は追う事すらせず姿を消した……)


 しかし、言ったところでアルバートが意見を変えるはずがない。

 調査結果は当然アルバートも把握している。それでも尚その結論には至らず、周辺国家を敵に回さないよう立ち回ろうとしているのだから。


(アルバート様に、もう少し決断力があれば……)


 恐らくは、政の全てをバイアスに頼って来た所為だろう。

 信念を貫き通す覚悟があれば、たとえその判断が間違いであろうと臣下はついて来るものだ。それが国家であるのだとレイヴンは信じている。

 しかし、アルバートにはそれがない。人前では隠す感情も、身内には全てをさらけ出す。

 戸惑い、不安、動揺、苦悶という負の感情が皆に伝播するということは、自信のなさを露呈しているのと同じこと。

 偶に見せる威厳も、最早ただの虚勢にしか見えず、どうしても先代と比べてしまう。


「どちらにせよ、九条を見つけなければ始まらない。バイアス公、捜索の進捗はどうなっている!?」


「王都に痕跡は残されておらず、コット村に潜伏している密偵からも目撃情報は有りません。恐らくは、所有するダンジョンに籠っているかと思われます。その周辺での目撃情報ならば幾つか……」


「なら、すぐに連れて来い。騙してでもいい。魔法書の返還をするから出向けと伝えろ」


 アルバートは楽観的に考えてはいるが、玄関で扉をノックするのとは訳が違う。

 以前第2王女であるグリンダが、ノルディックの捜索を目的に調査隊を結成し、九条のダンジョンに派遣した事があったが、その悉くが帰らぬ人となった。

 ギルドの記録では九条所有のダンジョンだが、クリアリングはされていない。

 故に強力な魔物が蔓延っているものだとばかり考えられていたが、それも九条の力によるものだと考えれば、たとえ魔王と呼ばれようともおかしな話ではなかった。


「お言葉ですが陛下、それを伝える術がありません」


「……なら、九条から出て来てもらう他ないな。やり方はいくらでもある」


「と、言いますと?」


「居場所はわかっているんだ。出入口を見張ってれば、いずれ誰かしらは出てくるだろう? ダンジョンにどれだけの食料を備蓄しているかは不明だが、いずれは底を尽くはずだ」


 籠城する相手には有効な戦術。兵糧攻めは基本中の基本だ。

 アルバートとは言え、腐っても王族。戦場での兵法は心得ている。


「それと、コット村はアンカースより没収し今後しばらくは僕の直轄領とする。食料自給率の高いコット村からの物資輸送は、大いに考えられる」


「お待ちください陛下。理由もなしに領地の没収など……」


 それに待ったをかけたのは、ニールセン公爵。

 領地の没収は、処罰としてはかなり重い部類に属する。明確な理由がなければ、反発は必至だ。


「九条の力を知っていながら、報告をしなかった罰……。それでは不満か?」


「しかし、まだそうと決まった訳では……」


「はぁ……ニールセン公。何か勘違いをしているようだが、貴様がまだこの場にいられるのはレイヴンの進言があったからだ。貴様もアンカースやガルフォードと同罪。更迭されないだけありがたく思え」


「……寛大なお心に……感謝します……」


 素直に頭を下げたニールセン公爵ではあったが、その顔は床を睨みつけながらも酷く歪んでいた。

 第4王女派閥でも特に力の強い者達。リリーを含めたネストとバイスは、王宮の一室に幽閉されている。

 九条の禁呪使用を知りながら、黙認していた罰。正式な処分が決まるまでは、謹慎が言い渡されていた。

 そんな中、唯一ニールセンだけが許されているのは、派閥に属している期間がそう長くはなかった事と、シルトフリューゲルに対する抑止力として必要な人材だから。

 こんな時だからこそ、隙は見せられない。フェルス砦の防衛を疎かにするわけにはいかないというのが、理由であった。

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