第579話 天上天下唯我独尊

 ある程度の準備を整えた俺は、カイエンを除いた全ての従魔達とミアを引き連れダンジョンへと避難した。

 それを暖かく迎え入れてくれた108番を始めとした先住民たちと共に、新生活が幕を開けたのである。

 とは言ったものの、住む場所が地上から地下に変わっただけで、大きな影響はない。

 強いて言うなら、太陽を拝めない所為で時間の感覚が曖昧になることくらいだろうか……。

 ダンジョンに籠り、外出すらままならない。当然暫くは暇な時間が続くと思っていたが、実際はそれほどでもないというのが、正直な感想だ。


「ねぇ。もう少し身体を動かすとかしたら?」


 従魔を枕に寝ていると、俺の顔の真上で仁王立ちするシャーリー。

 腰に手を当て呆れた様子を見せてはいるが、言われるだけの自覚はあった。

 飯を食ってミアや従魔達と戯れては寝るだけの生活。自堕落にも程がある。

 そんな俺を見かねたのか、最近はシャーリーに誘われ筋トレにジョギングと大忙しの毎日だ。

 ある意味、異世界生活始まって以来の充実した生活なのかもしれない。


 そんな生活を送っていると、予想通りと言うべきか村にも変化が訪れた。


「ただいま九条。シャロンから色々と聞いてきたわよ」


「おかえり……。つか、早いな……」


 ワダツミの背に乗るのも慣れたもの。先程出て行ったと思ったら、すぐさま戻って来たのはシャーリーだ。

 フードル目当てに頻繁に顔を出すアーニャは愚か、シャーリーなんていつの間にやら、ダンジョンにずっと入り浸っている。

 別に連絡役としての仕事は全うしてくれているので文句はないのだが、なんと言うか1日の大半をこちら側で過ごしているので、村から報告に来てくれる……というよりは、郵便受けに手紙が来てないか確認しに行ってくれているような感覚である。


「じゃぁ、飯にするか……」


 ダンジョンに急遽宛がわれた俺の部屋は、玉座の間のすぐ隣。そこに集まり、皆が揃って食事をするのが最近の日課。

 従魔とゴブリンは流石に多すぎて部屋に入りきらないので別ではあるが、貴重な情報交換の場だ。


「いやぁ、こうやってみんなで食卓を囲むのっていいですねぇ」


 しみじみと頷き、宙を漂う108番。

 お前は食えないだろ……と、ツッコミたいところではあるが、それが2000年前の情景を思い浮かべての発言なら、ノンデリだと罵られること請け合いだ。


「それで? 今日の報告は?」


 焼き魚の塩焼きを美味しそうに頬張るミアを横目に、報告会の開始。

 故に緊張感は皆無だが、強張るシャーリーの表情から何を言いたいのかは察する事が出来た。


「残念だけど今日は悪いニュースが多いわ。まず1つ目だけど、村に密偵がいるかもしれない。宿屋の主人からの密告で、恐らく2人。宿帳には冒険者名義で滞在しているみたいだけど、ギルドでは何の依頼も受けてないって」


「そうか。まぁ、想定の範囲内だな。連絡通路が見つかるようなら潰してしまおう。その上でカイエンには悪いが、107番の使用も視野に入れる。少々遠いが、流石にブルーグリズリーの巣窟に忍び込むバカはいないはずだ……」


 俺がダンジョンから出なければ、別の出入口があるのではないかと疑うのは自然な流れ。

 コット村と俺との関係を鑑みれば、その周囲にあるだろう可能性は大いに考えられる。


「後は村長からなんだけど、コット村がアンカース領から王家の直轄領になるって。関所としての防衛力強化を目的に騎士団が派遣されるって話だけど、本音は村の監視じゃないかな?」


「それは、受け入れるしかないな。断る方が、かえって不自然。大人しくしていれば、危害を加えたりはしないだろう」


「最後は……ちょっと衝撃的な内容かもしれないけど、九条が正式に魔王として認定されたって……」


「へぇ、俺が魔王にねぇ……。…………はぁ!? 魔王!?」


 盛大なノリツッコミみたいになってしまったが、こればっかりは仕方ない。本当に予想外だったのだ。


「まぁ、仕方ないんじゃない? 金の鬣の使役に加えて、脅すような発言もしたんでしょ? 王都も大騒ぎだったらしいし? 責任を擦り付けるのに丁度良かったんじゃない?」


「そうは言っても、俺とフードルを見比べてみろ。俺が魔族じゃない事くらい一目見ればわかるだろ?」


 アーニャの隣で一緒に食事を摂るフードル。

 その表情は柔らかく、何処にでもいそうなご年配だが、肌の色は浅黒くゴツい角まで生えている。


「別になんだってよかったんじゃない? 元プラチナプレート冒険者の討伐って言うよりも、魔王討伐って言った方がわかりやすく悪人っぽいし」


「そうか……。なんと言えばいいやら……。こんな奴が魔王だなんて、先代の魔王には申し訳ないな……」


「えぇ……。気にするトコそこぉ?」


 ミアからのツッコミを華麗にスルーしながらも、これで名実ともに追われる身というわけだ。

 ある程度は予想していたが、まさか魔王の汚名を着せられるとは思いもよらなかった。

 そもそも魔王の定義とはなんなのか? 魔族の王? 魔術の王? それとも悪魔の王だろうか?

 国民すらいない現状、それを王と呼ぶには疑問が残るが、どちらにせよそういうのは無差別大量殺人くらいやってからにしてほしいものである。


「九条の方はどうなの? 人形は順調?」


「ああ。その甲斐あってか、ダンジョンの正面玄関は集会所みたいになってるよ」


 人形とは、俺が王都へと行っている間、従魔達に与えていた九条君人形のこと。

 それを再利用し、ダンジョンの出入り口付近を従魔と共に徘徊させていたのだ。

 人形を目撃した者がそれを報告。俺がダンジョンに潜んでいることを周知し、わざと誘引する。

 コット村を巻き込まない為の一時的な措置。完璧は無理だが、一定の効果は見込めていた。


「大丈夫そ?」


 上目づかいで不安そうな視線を送るシャーリーに、一瞬ドキッとさせられるも、それはこちらのセリフである。

 正直言ってシャーリーの扱いに関しては、今でも悩んでいるのだ。

 俺のダンジョンに匿っていることがバレた時、世間はシャーリーを魔王の手先と見るだろう。そうなれば、社会復帰は絶望的と言っていい。

 かといって、目の届かないところに置いておくのも心配だ。

 懇意にしていたということもあり、俺の秘密を知る重要参考人として狙われかねない。

 勿論、シャーリーが弱いと言っている訳ではないが、俺とは立場が違うのだ。王族相手にケンカを売れば、後戻りはできなくなる。

 何故か魔王と呼ばれる事となってしまったが、業を背負うのは俺だけでいい。


「九条? 聞いてる?」


「あ……あぁ、もちろんだ。そのあたりは心配いらない。狭いダンジョンに人海戦術が向かないのは、冒険者なら誰でも知ってる常識だろ? ……となれば、俺が出て来るまで待つつもりか、実力者を選出して少数精鋭で挑むかだ。その上で聞いておきたいんだが、王都の冒険者でデュラハンを倒せそうなパーティ候補はいるか?」


「うーん。王都のギルドだったらアーニャの方が詳しいんじゃない? どう?」


「そんなの時と場合によるとしか言えないわよ。近場で可能性がありそうなのは、シルトフリューゲルのプラチナ神聖術師くらいだろうけど、九条だってただ見てるだけじゃないでしょ? 魔剣の存在にアンデッド用の強化魔法まで追加されたら、最早九条よりもそっちの方が魔王って感じがするけどね。特に見た目?」


 黙々と食事を口に運びながらも、流石はアーニャだ。言い得て妙である。

 魔王になったつもりはないが、相手が本気で挑んでくるなら、当然こちらも受けて立つ。

 状況は逃げ道など存在しない背水の陣。手を抜くつもりは毛頭ない。


 ――天上天下唯我独尊。この世界では、この世界での自分を貫く。


 過去の俺は、あの日を境に死んだのだ。

 守りたいものは何があろうと守り抜く。それが俺の信念であり、力を振るう理由である。

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