第577話 名ばかりの協議
九条処刑が不首尾に終わり、約2週間。予定より大幅に遅れての国葬に加え、アルバートの戴冠式もひとまずは無事に終了した。
その後、シルトフリューゲルの皇帝を含めた各国首脳が王宮の軍事戦略会議室へと集合し、平和への礎と題された会合が執り行われた。
「この度は、御即位おめでとうございます。国家の繁栄と平和を願うと同時に、今後も我が国と良き関係が築けますよう、心よりお祈り申し上げます」
「ありがとうエドワード。我々は兄弟なのだ。そう畏まらずとも良い。悪いようにはしないさ」
一同が席に着くと、真っ先に声を上げたのは、グランスロード代表のエドワード。
その声に感情は乗っておらず、誰が見ても社交辞令であることは明白。
実の兄弟であるにもかかわらず、よそよそしさ全開の対応は、むしろ機嫌が悪くも見えた。
似たような挨拶を交わしそれぞれが席に着くと、大きな咳払いの後に口を開いたのは、ドワーフの王ザルマン。
「挨拶はこれくらいにして……、早速ですがアルバート殿。騒動の顛末をお聞かせ願えますかな?」
ずんぐりむっくりな体型には少々似合わない裾の長いローブは、座っていても地面についてしまうほど。
派手さはないが力強さが窺えるそれは、小さな金属板がいくつも折り重なり、見た目よりも身体の保護を目的にデザインされている。
その重さはプレートの鎧に負けず劣らず、騎士というより小さな戦車。力の強いドワーフならではの衣装と言えよう。
「申し訳ないザルマン殿。この会合は平和への道筋を話し合う場として……」
「そんなことはどうでもいい! あれだけの惨状を招いておいて、まだ平和的解決法があるとでも思っているのか!? あの魔獣の正体を知らぬわけではあるまい!」
ザルマンからは笑顔が消え、鬼のような形相で長いひげを振り乱す。
予想外の出来事とは言え、国賓たちを危険に晒したのだ。
糾弾は当然。戴冠式が終わるまで待ってくれていただけでも寛大である。
「いえ、我々もあれは不測の事態。今は皆が無事であったことを喜びましょう」
「話にならぬ! バイアス殿を呼べッ!」
アルバートとは言え、こうなることはわかっていた。話し合いとは名ばかりで、責任追及の場になるだろうと。
ならば、取るべき道は1つしかない。不利な立場であることを理解した上で、自分たちも被害者であることを訴えるのだ。
金銭で解決できる問題なら良し。それ以外ならはぐらかす……。
それが、バイアスからアルバートに課せられたミッションであった。
「ザルマン殿はまだ被害がなかったのだから良いじゃありませんか。我が国の技術の粋を集めた飛翔魔導船は、どうしてくれるのです?」
「ですから、不測の……」
「不測の事態と言えば、なんでも許されるとお思いか? それとも、バイアス殿にそう言うよう躾られているのですかな?」
見下すような冷たい視線をアルバートへと向けるエルメロード。
その見た目は美しく、自分より若く見えるのも相まって、平静を保っていたアルバートにも苛立ちが募る。
(どいつもこいつもバイアスバイアスッ……。お前等は、僕の即位を祝っていればいいんだッ!)
それを表に出さず耐えられているのも、一応は王としての自覚があるからだ。
「そもそも我々は国葬に出席するため来訪したのです。予定のない処刑を見せられた挙句、魔王復活とは……」
「な……何を仰いますやら。まるで九条が魔王だとでも言いたげですが、それは単なる噂です。エルフの女王たるお方が、そんな噂に耳を傾けようとは……」
金の鬣が暴れたあの日。市街地に大きな被害は見られなかったものの、城壁内部は酷い有様だった。
コロシアムは崩壊。兵舎や食糧庫といった木造の建物は殆どが全焼し、王宮と礼拝堂も一部が焼けた。
美しいと評判だった庭園は見る影もなく、残っていたのは爛れたブロンズの彫像だけ。
人的被害はほぼなかったが、避難中の転倒などで負傷した者は多い。
金の鬣を目撃した者達からは魔王復活が囁かれ、それが民衆に広まるのは早かった。
「では、九条が魔王ではないという証明ができるのですか? 九条はゲームと称し、逃げ惑う兵たち見て笑っていたと言うではありませんか」
「それは……」
アルバートが口ごもるのも仕方ない。現時点でそれが可能なのは、ヴィルザール教の異端審問官である盲目のみであった。
盲目は、九条の魔法を間近で観察していた者であり、取り締まるべき対象である闇魔法に対する知識も豊富。
であれば、九条がどのようにして金の鬣を出現させたのか、知っていてもおかしくはない。
召喚し呼び出したのか……。死体を操っているのか……。ゴーレムのように無機物から作り出したものなのか……。
更には、それが魔法によるものなのか、魔王の力によるものなのかも一切不明。
九条が魔王の力を使えるだけの人間なのか、魔王の生まれ変わりなのか。それとも、魔王そのものであるのか……。
その可能性は数え上げればキリがなく、死霊術の何たるかを知らぬ者には、全てが憶測でしかない。
ならば、その盲目から聞き出せばよいだけなのだが、既に盲目はこの世を去った。
金の鬣がいずこかに消え、王宮が平静を取り戻すと、崩壊したコロシアムからは瀕死の盲目が発見された。
打撲に骨折はもちろん火傷も酷く重傷ではあったのだが、すぐに治療をすればまだ助かった命ではあったのだ。
しかし、そうはしなかった。
盲目はアルバートの秘密を知っているかもしれない人物。それを生かしておく理由もなく、今ならその死を九条の所為に出来るのだ。
アルバートは苦悩した。何故、自分が九条を庇わなければならないのかと。
(禁呪を使っていたのは九条なのに、なんで僕が責められなければならないんだッ!?)
九条を魔王として認定する。一緒に悪を滅ぼそう。……そう言うのは簡単だ。
だが、そうなってしまったきっかけを作ったのは、他でもないアルバート自身。
その責任がどれだけ重いかは、流石のアルバートでさえ理解していた。
「……では、こういうのはいかがだろうか?」
静まり返った会議室に響く男の声。皆の視線を一堂に集めたのは、シルトフリューゲルの皇帝アンドレアス。
静かな声とは裏腹に、その体格は座っている椅子が小さく見えるほどの男であり、背もたれに体重を預けている姿は、まさに統治者の風格。
窓から差し込む陽光が、アンドレアスの半身を照らし、余裕の表れだろう笑みが怪しくも見えてしまうほど。
「金の鬣を操る九条は、ひとまず魔王として認定する。どちらにせよ放っておくわけにはいかんだろう。指名手配ともなれば、目立った行動も避けるはずだ。その上で、魔王復活を誘引したであろうアルバート殿の行いを不問とする。仮に九条が魔王であるとしたら、各国ともに争っている場合ではあるまい?」
「アンドレアス殿!?」
アルバートには、まさに天からの蜘蛛の糸。
何か裏があるのではないかと勘繰るほどの発言だが、現状それを蹴る理由がアルバートには見つからない。
「アンドレアス殿、それは横暴が過ぎるのでは?」
今回、スタッグを除けば一番被害にあっているのはエルフの国リブレスだ。
飛翔魔導船は再起不能。公表はしていないが、乗船していたイーミアルもそれなりの外傷を負っている。
エルメロードの怒りも当然ではあるが、アンドレアスは小姑の愚痴でも聞いているかのような表情を見せていた。
「まぁ落ち着け。誰も無条件とは言っていない」
「……その、条件とは?」
「まずは、魔導船の修繕に掛かる費用をスタッグ王国で負担すること。そして、原因の元である九条を捕らえられれば……というのはどうだ? 自分で蒔いた種だ。他国に被害を出すことなく、内々に処理できれば全ては不問だ」
金銭で解決できるのであれば、当然アルバートは首を縦に振っただろう。
しかし、九条の対処がどれだけ難しい事かは、既に知ってしまっている。
「魔導船についてはそれで構いませんが、九条の対処には皆様方の力をお借りするやも……」
「ほう? 九条が魔王でないなら、王国の力だけでもどうにかなるのではないか?」
「――ッ!?」
九条魔王説を噂だと豪語したのは、アルバート自身。
各国の仲を取り持ち、アルバートに寄り添う素振りを見せたアンドレアスであったが、結局それはただの誘導に過ぎなかった。
どちらにせよ責任は取らされる。アルバートが助かる道は、九条を排除することのみ。
一難去ってまた一難。アルバートは気が狂いそうになりながらも、それに耐えた。
ただ、絶望の表情だけは隠しきれなかったのだ。
「一国の王が、そんな顔をするでない。まぁ、協力もやぶさかではないという国もあるかもしれん。そのあたりは個別に話し合えばよかろう。……それでは、私はこれにて失礼する。次に会う時は、良い報告を期待しているよ?」
それは、最早一国の王に対する言葉ではなかった。
落ち込むアルバートの肩を優しく叩いたアンドレアス。そのまま部屋を出て行くと、他の王達も続々と部屋を後にする。
最後に部屋を出たのはエドワード。藁にもすがる思いでその腕を掴んだアルバートであったが、それは無言で振り払われてしまったのだ……。
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