第576話 素晴らしい仲間とそれぞれの想い

「それで? 九条はこれからどうするつもりなの?」


「当面は、ダンジョンでの生活になるだろうな……」


 不安そうなシャーリーに、肩をすくめる俺。

 王国が俺から手を引いてくれればありがたいのだが、その可能性は低い。

 今回の件に関して、他国の来賓たちはアルバートを批難し、アルバートは俺を批難するだろう。

 当然、俺に全責任を負わせる為、捜索するだろうことは必至。

 まずは王都をしらみつぶしに……。その後、可能性の高いダンジョンかコット村という選択肢になるはずだ。

 呼びつけた国賓の予定もあるだろうから、その間に国葬と戴冠式を終わらせたとしても、最低でも2週間程度は捜査の手が及ぶことはないだろうと踏んでいる。


「九条さんが村を出て行く必要などありません。今まで通り、村で過ごしてくださればよいのです。九条さんが村へ戻られる前、皆と話し合いました。我々は守られてばかりだ……。その恩を返す意味も込めて、今度は我々が九条さんを守ろうと……」


 村長の申し出は、ありがたい。人情とでも言おうか……。目頭が熱くなってしまいそうだが、流石にリスクが高すぎる。

 シルトフリューゲルとは違い、いきなり攻め入って来ることはないとは思うが、俺を匿っていると知られれば、反逆の意思アリと見なされてもおかしくはない。


「九条が何を言いたいのか、わかるよ? 私もさぁ、危ないから止めとけって言ったのよ。でもさぁ、皆謎にやる気なんだよねぇ。西門なんて大の大人が集団で鍬持って立ってんだから……」


 お手上げとばかりに脱力し、椅子の背もたれに全体重を預けるアーニャ。

 それに気分を害したのか、村長の眼は真剣そのものだ。


「我々にも意地があるのですよ。九条さんがいなければ、今頃村は存続すらしていなかった。この命は九条さんから貰ったものだ。今こそ団結せずして何時立ち上がるのです!? 我々が盾となり身を粉にして訴えれば、お上も考えを改めるかもしれません」


 可能性はなくもない。しかし、そんな無謀な確率の賭けに出るよりは、俺が村を出た方が遥かに安易かつ安全だ。

 慣れ親しんだ村に別れを告げるのは名残惜しいが、誰かを犠牲にしてまで居座ろうとするほど性根は腐っていないつもりである。


「そこで、私に提案があるの」


 俺が村長の申し出を断ろうとした、その時だ。アーニャが身を乗り出し、人差し指をピンと立てると、得意気に胸を張った。


「どうせ、九条も村長も意見を曲げずに話し合いは平行線を辿るでしょ? 九条は不本意だけど村の為に出て行きたい。村長はそれでも九条を引き留めたい。だったら、九条が村を守ってあげればいいじゃない」


「いや、簡単そうに言うがな……」


「なに? 別に難しい事でもないでしょ? 禁呪はもうバレちゃったんだから、隠す必要もないじゃない。ダンジョンで暇そうに突っ立ってるデュラハンを、村の入口に立たせておくだけでいいんだから簡単でしょうに」


 アーニャの言いたいことも理解出来る。

 更には従魔達に協力を仰げば、来村した者達から敵意のない者だけを選別することも可能ではあるが、衝突は避けられない。

 アーニャだって、それくらいわかっていそうなものだが……。


「別にあんただけじゃないわよ? 私もそうだし、シャーリーもそう。お父さんだって協力するって言ってるし、悪い話じゃないと思うけど?」


 その言葉にピンときた。

 アーニャが積極的に何かを提案する時は、注意が必要だ。これは経験則である。


「……お前……フードルと村で暮らしたいだけだろ……?」


「……いいじゃない! 九条だって最初は、人間と魔族が暮らすモデルケースになれば――って言ってたでしょうが!」


 真っ赤になってムキになる辺り図星なのだろうが、別にそれを否定している訳ではない。

 ただ、何か裏があるんだろうなと思っただけだ。

 とは言え、アーニャは村長の味方。俺の味方になってくれそうな者は……。


「ソフィアさんは、どう思います?」


「もちろん、ギルド職員一同は九条さんの味方です!」


 それを聞き、俺がホッとしたのも束の間、それはすぐに裏切られた。

 ソフィアが小脇に抱えていたカバンから、勢いよく取り出したのは三つ折りにされた紙の束。

 テーブルに広げられたそれは、ギルド職員たちの辞表。ソフィアに始まり、ニーナとシャロン。それにグレイスの分もある。


「これが冒険者ギルド、コット村支部の覚悟であり総意ですッ!」


 味方だというから、俺の考えを支持してくれるのかと思いきや、そういう意味ではない模様。

 いざとなれば退職も辞さないという事なのだろうが、正直言って重すぎる……。


「シャーリーは……」


「私はどっちでもいいかな。九条がダンジョンに住むようなら、ついて行くだけだし」


「いやいや、ついてきちゃ意味がないだろ。俺がダンジョンに籠るのは、皆に迷惑を掛けない為で……」


「私は冒険者よ? 危険なんて百も承知だし、自分の身くらい自分で守れる」


「そんなことはわかってる。だが、それは俺について来る理由にはなってないだろ……」


「理由ならあるわ。九条がミアちゃんや村を守りたいのと一緒で、私にも守りたいものがあるの」


「……何処に?」


「目の前に」


 そんな物、何処にあるのかと周囲を見渡すも、使われていなかった簡素な部屋だ。最低限の家具以外、めぼしい物は見当たらない。

 もしや揶揄われたのではないかとシャーリーに視線を移した、その時だった。

 改めて交錯した視線は、真剣ながらも僅かに不自然。逸らしたい視線を無理矢理繋ぎ止めているかのような感覚に、薄っすらではあるがその答えの可能性に気が付いたのである。

 そして始まる自問自答。これで間違っていたら、恥ずかしいなんてもんじゃない。


「……もしかして……俺の事を言ってる……のか?」


「そうよ? 悪い?」


「いや……悪くはないが……。それはどういう……」


 何故かすぐには返ってこない返答。なんとなく熱っぽいような気がするのは、周囲の目がシャーリーに集中しているからだろうか?

 時間にすると1分ほど。その視線に耐え兼ねたのか、シャーリーは顔を真っ赤にしながらも、ようやくその口を開いた。


「九条が……」


「俺が?」


「……す……」


「す?」


「…………すぅばらしい仲間だからよ! 仲間を守りたいと思うのは当然でしょ!?」


「あ……あぁ……。素晴らしいかは別としても、まぁ……そうだな……」


 高まった緊張感が一気に解れたような感覚と同時に、辺りからは示し合わせたような溜息の応酬。

 アーニャは、まるで落胆したかのように……。隣のミアからは、ホッと安堵したかのような溜息が俺の耳元をくすぐった。


「シャーリー。その気持ちはありがたいが、それこそ俺だって自分の身は自分で守れる。だから大丈夫だ」


「武器も魔法書も取り上げられちゃったのに?」


「ぐっ……」


 痛いところを突いてくる。致命的とまでは言わずとも、利便性と戦力は格段に落ちた。

 取り返す算段は付いているが、それも相手の出方次第であり、暫くは様子を見た方が賢明だ。

 恐らく、すぐに処分という事にはならないだろう。それは、俺に対する切り札にもなり、餌にもなる。

 逆にそれを手放せば、怒りを買うだろう事は必至。いくらアルバートとは言え、同じ過ちは犯さないはず……。


「そもそもの話、何か勘違いをしてないか? 俺は別に、村を捨てると言っている訳じゃない。騒動が収まれば、普通に村で生活するつもりなんだ。俺の帰る場所はここであって、今回はそれを失わない為の一時的な避難。村長だって村を戦場にはしたくないだろう?」


「それは、そうですが……」


「みんなの覚悟は、十分伝わった。その上で避けられないようなら、改めてその言葉に甘えさせてもらうよ」


「九条さん……」


 俺が笑顔で頷いて見せると、村長は言葉を失くし、ひとまずの理解は得られたかに思われた。


「それで、アーニャには村との連絡役を頼みたいんだ。フードルに会いに来るついででいいんだが……」


 暫くダンジョンに籠るとなると、それなりに準備は必要だ。食料品に衣料品は当然、村の状況も逐次把握はしておきたい。


「別にいいわよ? 往復1回で金貨100枚ね」


「カネとんのかよ!?」


「当たり前でしょ? 冒険者は免停中で収入なんてほとんどないの。それが嫌なら、シャーリーに頼みなさいよ。多分タダでやってくれるから」


「ちょ……そんな急に……」


 突然アーニャから話を振られ、慌てた様子のシャーリーではあるが、チラチラをこちらを気にしている感じ、まんざらでもなさそうだ。


「すまんシャーリー。流石にタダでとは言わんが、頼まれてくれないか?」


「えぇ!? あぁ、いや、別にタダでいいわよ……。な……仲間だからね……うん」


 照れくさそうにする本人よりも、何故か周囲の者達のほうが若干嬉しそうに感じるのは、気のせいだろうか?


「じゃぁ、行きましょ?」


「行くって何処へ?」


「まずは服屋かな? そんなダサイ服、どっから調達したのよ……」


 俺の知っているシャーリーに戻ったと言うべきか、軽いジャブをお見舞いされるも、俺はというと苦笑い。

 いつものローブは、処刑された身体の方が着ていたので、今の服装はモンドからの借り物だ。

 まさかのダメ出しにモンドには同情を禁じ得ないが、せめてもの情け。この事は黙っておこうと思う。

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