第575話 持つべきものは地縛霊

「マスタぁぁぁぁん。おかえりなさぁぁい」


「なんだ急に……。気色悪いな……」


 俺が王都を脱出したのが3日前。コット村への近道でもあるダンジョンに顔を出したら、108番からの熱烈なお出迎えだ。

 恐らく、108番は俺に抱き着きたいのだろうが、その全てが空振りである。


「トラちゃんの波動をヒシヒシと感じましたよぉ? ついに、人間たちを見限ったんですね?」


「……表現が大袈裟なんだよ……。少しそりが合わなかっただけだ……」


「少しねぇ……」


 ニヤニヤと俺の顔色を窺う108番。

 多少の疲れもあってか、色々と考えることが多くて相手をするのも億劫だ。


「まぁ、これからはいくらでも話せる。愚痴はその時に聞いてやるから、少し静かにしてくれ……」


 姿を眩ませる予定は変わらないが、ひっそりと……という訳にはいかなくなった。

 ミアを守る為だ。後悔はしていないが、計画は全て水の泡。その脱力感と言ったらない……。

 どちらにせよ、村に迷惑は掛けられないので出て行くつもりであったし、暫くはダンジョンで余生を過ごす事になるだろう。


「おお、九条。アーニャから聞いたぞ? 随分と派手にやったそうじゃないか」


 ダンジョンと村への分岐点。そこで待っていたのは、魔族のフードル。

 若干声が弾んでいるようにも聞こえるのだが、ひとまずそこには目を瞑ろう。


「まぁな……。お前だってアーニャが酷い目に合うとわかれば、同じことをするだろう?」


「カッカッカッ。違いない」


 やはりどこか嬉しそうなフードルだが、仲間意識とでも言おうか……。正直あまり悪い気はしない。

 それよりも、ミアの手紙がちゃんと届いているようで一安心といったところだ。


「ハァ……。今から先が思いやられる……」


「まぁ、そう落ち込むな。ダンジョンに住むのなら、相部屋でも構わんぞ? ワシが丹精を込めて慰めてやろうではないか」


 何故か得意気なフードルに、顔を歪めてしまったのは言うまでもない。

 ダンジョンを家として見立てるなら、部屋など腐るほどあるようなものなのに、誰が好き好んで魔族の爺さんと同棲などせねばならぬのか……。


「気持ちだけ受け取っておくよ……」


「そうか。まぁ、あまり引き留めるのも悪いからな。早く村に顔を出してやれ。アーニャもそうじゃが、皆九条の帰りを待っておる」


 フードルには一旦別れを告げ、村へ向かうと連絡通路で待っていたのは従魔達。


「主……」


 カガリに白狐にワダツミにコクセイ。いつものように突撃してくるのかと思いきや、その顔は何処か沈痛な面持ち。


「みんな、ただいま」


 精一杯の笑顔を作っては見たが、勘の鋭い彼等の事だ。全て見透かされているのだろう。

 ミアと2人。皆を均等に撫で上げると、それ以上の言葉を発せぬまま、村へと向かって歩き出す。


「九条ッ!」


 連絡通路の出口にいたのは、シャーリー。その顔は従魔達に負けず劣らずの悲壮感。

 階段の途中にも拘らず、無謀にも飛び込んでくるその姿は、最早どちらが従魔なのかわかったもんじゃない。


「大丈夫だった? 生きてる? アンデッドになってたら生きてるとは言わないわよ!? 私の名前は覚えてるわよね? この指、何本に見える?」


 痛みを覚えるほど抱き着かれ、こちらとしてはバランスを取るのに必死な中、怒涛の質問攻めである。

 俺を見上げるシャーリーの瞳が潤んでいるのは、それだけ心配をかけた所為だろう。

 申し訳ないと思うと同時に、ミアの認めた手紙の内容に一抹の不安が過る。


「なぁミア。1つ聞くが、手紙にはなんと?」


「え? おにーちゃんと私が処刑されちゃうけど、おにーちゃんがなんとかしてくれるから大丈夫だって……」


「そ……そうか……」


 随分とザックリしているが、周囲にバレないようコッソリと認めた手紙だ。更にはピーちゃんが運べるサイズの制限付きともなれば、仕方ない。

 俺がなんとかする……なんて曖昧な書き方の所為で、どう対処したのかは各々が勝手に妄想して補ったのだろう。

 フードルとアーニャは力業でなんとかしたと考え、シャーリーは俺がバルザックの二の舞いを踏んだのではないかと考えた訳だ。


「大丈夫だ、シャーリー。アンデッドにもなってないし、ちゃんと生きてる。ほら、どうだ? 俺の手は暖かいだろ?」


 シャーリーの顔を両手で挟み、ほっぺをむにむにと弄繰り回す。

 すぐにその手を払いのけ怒り出すのかと思いきや、何時まで経ってもやられ放題で、らしくない。


「結構本気で心配したんだからぁぁ……」


「……なんか……すまん……」


 重苦しい雰囲気を何とかしようと思ったのだが、どうやら俺の方が空気を読めていなかったらしい……。

 俺が手を離すと、シャーリーはこぼれそうな涙を拭い、笑顔を見せた。


「でも、無事ならよかった……。ってことは、処刑されずに逃げて来たってことでしょ?」


「いや、まぁなんと言うか、ひと悶着あってな……。詳しくは後で……」


「大丈夫。すぐにでも集合を掛けられるように、みんな待機してくれてるから」


 シャーリーの言う通り、魔法学院の宿舎にはアーニャを始め、村の主要人物がすぐに集合した。

 その中でも特に険しい表情を見せているのは、ギルド支部長のソフィアである。

 恐らくは、ギルドの上層部から何らかのアプローチがあったのだろう。

 ひとまず使われていない部屋に場所を移し、俺は王都であったことを全て話した。



「――っとまぁ、ざっとではありますが……」


 わかっていた事ではあるが、その雰囲気はお通夜状態。

 俺の処刑に加え、まさかミアにまで手を出すとは思わなかったのだろう。

 当然、俺もそう思って策を巡らせてはいたのだが、結局は切り札を使わざるを得ない状況に陥った。

 このまま、俺を怒らせるのはやめようと手を引いてくれればありがたいのだが、恐らくそうはならない。

 俺は、彼等の面子を潰したのだ。それも他国の主要人物が一堂に会する場で……。

 希望的観測に甘えず、常に最悪を考え行動した方がいいはずだ。

 その線引きの目安として、ギルドでの俺の扱いがどうなるのかは聞いておきたい。


「ソフィアさん。ギルドの見解を聞いてもよろしいですか?」


「……はい……。九条さんはプレートを剥奪の上、ギルドから永久追放という処分が下されました……。食い下がってはみたのですが……すいません。力及ばず……」


「いえいえ、ソフィアさんの所為じゃありませんから、気にしないでください。上層部の判断としては妥当でしょう」


 ある意味予想通り。責任を追及される前に、蜥蜴の尻尾は切っておこうと考えるのは自然な流れ。


「ミアの処遇は?」


「孤児登用枠職員から、一般職員へとの通達だけ……。九条さんの担当からは外れると思いますが、後継の指示や異動の辞令は出ていません」


 恐らくはミアを含めて、今後は一切関与しない……というのが、ギルドのスタンスなのだろう。

 ロバートかモンドが影で動いてくれたのかもしれないが、ひとまずギルドは放っておいてもよさそうだ。


「ってゆーか。よくそんな状況から逃げ出してこれたわね。国賓も集まってたんじゃ、警備も厳重だったんじゃないの?」


 本当に心配していたのかと思うほどに、いつも通りのアーニャ。

 まぁ、気を使わなくていい分、話しやすくはある。


「確かにそうなんだが、逃げ道は確保していたからな」


 ネスト曰く、平時であれば王都に待機している兵士や騎士を合わせておおよそ2000人ほど。

 緊急時ではないが、国葬の為にと警備を強化していたとして3000人前後といったところか……。

 その全てがいっぺんに襲い掛かって来る事はないだろうが、武器も魔法書も持ち合わせていない状況で、且つ金の鬣の力も借りないというのであれば、正面切っての逃走劇には自信がない。


「逃げ道ったって、広い王都を誰にも見つからずになんて……」


「それがあるんだよ。王族しか知らない緊急避難用の秘密の地下通路がな」


「地下通路!? リリー様から教えてもらってたってコト!?」


「いや、俺が聞いたのはゲンさんだ」


「ゲンさん!? って、誰!? 王族にそんな名前の人いたぁ!?」


 リアクションがデカすぎる。とは言え、アーニャの反応は見ているだけで癒される。

 もちろん愉快という意味でだが、その所為か辺りの陰湿な雰囲気が若干薄れたようにも感じた。


「ゲンさんは、スタッグ王宮の建築に携わった職人の1人。そう言えばわかるとは思うが、既に亡くなっている」


「あ……あぁ……。なるほどね……」


 知り合ったのは、かなり前。

 俺がノルディックを殺し王城の地下牢に収監されていた時、暇すぎて周囲の浮遊霊に話しかけたその人物こそが、ゲンさんだったのである。

 数百年ぶりに話せたとあって、その口は饒舌を通り越しマシンガン。

 その中に要人避難用地下路の情報も含まれていたのだが、それを聞いてしまってもいいものかと内心疑問に思ったことで、覚えていたのである。


「玉座の下と王室の暖炉の後ろ。礼拝堂と調理場の地下倉庫だったか。そこから王都の外に向かって通路が伸びてるんだ」


 あわよくば、アルバートが避難してはいないかとも思ったのだが、途中擦れ違うことはなかった。


「もしかしたら、俺がまだ王都の何処かに身を隠していると思ってるかもな」


 あの混乱の中、人の出入りを管理していたのかは不明だが、目撃情報がなければそう思われている可能性も十分考えられる。

 まさか王族用の逃走経路を使われるとは、夢にも思わないだろう。

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