第574話 魔王復活の兆し

 膝を折り、まるで土下座でもしているかのような格好で身体を震わせる盲目。

 その世界は白く覆われ、最早方向感覚すら皆無なのだが、九条がそれを知る由もない。

 九条はそれを一瞥し、呆れたように呟いた。


「……なんだ、まだ生きてたのか」


 それはただの独り言だ。盲目に呼び掛けた訳ではない為、その返事を待たずして九条はすぐに金の鬣を見上げた。


「俺の時は本気で殺しにかかってきたクセに、トラちゃんは随分と手加減したんだな……」


「我々をその名で呼ぶな。それは魔王様に許された者のみの特権……」


 獅子の口から発せられたドスの効いた低い声に、目を丸くした九条であったが、それを途中で遮ったのは狂った様な盲目の声。


「九条!? 私に何をしたぁぁぁぁッ!!」


 まさに興奮状態。髪を振り乱し血涙を流すその姿は、異様ではあるが恐怖はない。

 それ以上の恐怖を意のままに出来るのだから、九条にとっては多少の嫌悪感を覚える程度だ。


「うるさい。黙れ」


 そんな盲目を、容赦なく前足で払いのけた金の鬣。

 軽く叩いたように見えるそれも、体格差故にその威力は凄まじい。

 不意の一撃に成す術もなく、またしても壁面へと打ち付けられた盲目は、地に横たわり微動だにしなくなった。


「殺せとは言われていない。守れと言われただけだ」


 眼下の九条を睨みつける金の鬣。その眼光は鋭く、本当に九条が使役しているのかと疑うほどだが、当の九条は飄々としていた。


「ミアは?」


「無論、無事だ」


 金の鬣の竜の口がガバっと開くと、そこから勢いよく飛び出してきたミア。

 九条はそれを上手く抱き止め、勢いを殺す為クルリとその場で1回転。

 まるでダンスのターンを思わせるも、2人の恰好はみすぼらしく、お世辞にも華麗と呼べるものではない。


「大丈夫だったか?」


「うん。ちょっと臭かったけど平気!」


 素直な感想を漏らしたミアに苦笑しながらも、九条は竜の首を見上げた。


「よくやった……ファフ……トラ……。お前達の事、なんて呼べばいい?」


 すると、その言葉に全ての首が反応を示したのだ。


「ファフニールで構わない」「レグルスと呼べ」「ウロボロスだ」


「……バラバラじゃねーか。統一しろ。このままだと、金の鬣でキンちゃんだぞ?」


 それを聞いて顔を歪めた3つの首は、急遽あーだこーだと相談を始め、九条はその様子を見ながらも、なんとかやっていけそうだと安堵した。


 金の鬣は、魔王が作り出した合成魔獣。それは、ケシュアがグランスロードで語ってくれた三大厄災列強伝に登場する3匹の魔獣の王のこと。

 漆黒の竜王ファフニール、黄金の獅子王レグルス、そして蛇の王ウロボロスが世界を滅亡の寸前まで陥れたその罰として、魔王の手により各々の魂を1つの身体に封じられてしまったのだ。

 九条が金の鬣をよみがえらせる時、その頭蓋骨から記憶を読み取り、最も強靭な肉体を再生した。

 それは、まだ3つの魂が身体に馴染んでいない時期であり、故に3匹全ての自我が存在する結果となってしまったのだ。

 1つの身体に3つの魂が存在しているという状況。当然不安定であることは言うまでもないのだが、それが自壊せず保てているという事実に、九条は驚きを隠せなかった。


(恐らくは、複数の魂を入れることを前提に作られている肉体……。魔王とやらも大概だな……)


 見た目だけのツギハギではない。魂レベルで肉体を作り変えているのだから、それこそ神の所業と言えよう。

 とは言え、人語を解し意思疎通が可能となったのは、嬉しい誤算であった。


 ミアを抱きながらもテクテクと無造作に歩き出した九条は、コロシアムの中心でその足を止め、これでもかと声を張り上げる。


「諸君。ゲームをしようじゃないか。このまま全員殺したって構わないが、一方的な虐殺は味気ない。だから、お前達にチャンスをやろう。好きなだけ逃げてくれ。金の鬣の新たな名前が決まった時がタイムリミットだ。一番遅い奴から殺していく。……どうだ? 面白そうだろ?」


 コロシアムを囲む大勢の兵士達は、未だ逃げ出しもせずに突っ立っていた。

 九条は、そんな彼等の震えて動かない足にきっかけを与えたのである。


「じゃぁ、ミアの合図と同時にスタートだ」


「いきまーす。ヨーイ……どん!」


「「う……うわぁぁぁぁぁぁッ!」」


 若干の戸惑いを見せていた兵士達も、1人が踵を返すと、皆が一目散に逃げていく。

 ある意味、統率の取れたその動きは、訓練の成果が出ていると言っても過言ではない。


「おにーちゃん。トラちゃんの名前が決まったら、本当にみんな殺しちゃうの?」


「まさか。ただの人払いだよ。……それとも、ミアはそうした方が良かったか?」


「ううん。そんなことどうでもいいよ。早く帰ろう?」


「ああ。もちろんだ」


 現状、九条がここに留まる理由は何もない。

 当然、来賓は既に避難していて探しようがなく、アルバートにはお灸を据えておきたいところではあるが、魔法書がない以上出来る事は多くない。

 アドウェールの死因にしたってそうだ。九条は、その真相を知っている。

 本人を呼び出さなくとも、それを知る霊から聞けば済む話。しかし、それを今更告発したところで、信じる者はいないのだ。


「ファフニール、誰も近づけないよう辺りを火の海にしてくれ。恐らく周辺の住民は避難しているだろうが、出来るだけ人のいないところで頼む」


「おい! まだ名前は決まって……」


「わかってるよ。でも、火を吹くのはファフニールの首だろう?」


 これは九条なりの警告だ。口で言ってもわからなければ、力を見せつけるしかないのである。

 次はどうなるかを理解させるだけでいい。それでも尚向かって来るのなら、それは覚悟をしたうえでのことなのだろう。


「おにーちゃん。魔法書は?」


「それは後でも回収できる。ひとまずはここから離れよう。逃げ道は確保してあるから大丈夫だ」


 九条はその場を金の鬣に任せ、燃え盛る炎の中、礼拝堂へと姿を消した。

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