第569話 人生の終わり

「……本当に、九条とは面会せずとも良いのですか? 後から偽物であったと難癖をつけられても困るのですが……」


「大丈夫です。私にはこの眼がありますから。プラチナ……しかも、魔法系適性なら一目瞭然ですので」


 盲目にとって魔力は顔のようなもの。色、形、輝きの強さに総容量。それは泉のように湧き出し、漣のように揺れ動く。

 そこから読み取れる情報も十人十色。盲目は異端審問官として、善悪様々なものを見てきた実績がある。

 その眼に見抜けぬ物はない……と、言っても過言ではないのだが、そんな彼女に見抜けないものがあるとすれば、それは見た事のないものだけだ。


「噂をすれば……。時間ですな」


 東西に1つずつ設置されている舞台入場口。東側の鉄格子が甲高い音を立て開かれると、その暗がりから姿を見せたのは、質素な囚人服に身を包んだ九条であった。

 西日を見上げ、眩しそうに目を逸らすのは、日よけとして自分の手が使えないから。

 逃げ出さぬようにと手枷は当然、足枷には重りとして鉄球まで付けられている。

 顔色があまり良くないのは、数日とは言え罪人として地下牢へと幽閉されていた所為だろう。


「へぇ……あれが九条ですか……。うーん……禁呪を操るくらいですから、それ相応のものをお持ちかと思いましたが、驚くほどではありませんねぇ」


 眩しさに慣れた九条が辺りを見渡すと、何かに気付いて頭を下げる。

 その方向はリブレスの来賓席。その後すぐに北側へと視線を移し、申し訳なさそうにしながらも笑顔を見せた。

 それに対し、何かを言いかけたエドワードであったが、その袖を引いたのは隣のヴィオレ。

 唇を噛み締め、悔しそうにしながらも黙って腰を下ろした。


「ふーむ……。確かに死霊術の資質には優れているようですが、泡沫夢幻さんと比べたらそうでもないような……。それよりも、なんでしょう……あの形状……」


 よく見えるようにと、目を凝らすような仕草をする盲目。

 それは貴賓席から身を乗り出してしまうほどだが、近づけば見やすくなるというものではなく、気分的な問題だ。


「魔力の質は人間だけど……入れ物はどちらかというと……獣人に近い……? 竜種のようにも見えるけど……リザードマンではないし……。いや、やっぱり人間かな?」


 それは、盲目でも見たことがない不思議な魔力の形状だった。

 何かが混ざっているようにも見えるそれは、混血である獣人やハーフエルフに良く見られるものだが、その色はどちらとも違う別物だ。

 もっと強力な種族。例えるなら竜種に見られる色合いなのだが、内包する魔力は人間のもの。

 とは言え、何物にも例外は存在する。そもそもプラチナまで上り詰める者は少なく、更に言うなら九条はハイブリッド適性という希少種だ。

 その謎に満ちた魔力形状に、一旦は訝しんだ盲目だったが、そういうものなのだろうと深くは考えなかった。

 そんなことよりも、別の事に気を取られていたのだ。


(……なんで、あんなに落ち着いているんだろう……)


 盲目は職業柄、人の死を嫌というほど見てきた。その中には平静を装う者もいたが、心の底では誰もが死を恐れていたのだ。

 その魔力の淀みは、荒れ狂う波のように激しく乱れる。それが死に直面した者の反応なのだが、九条は違っていた。

 目の前には、断頭台。それが己の命を刈り取る物だとわかっているのに、内包された魔力は乱れることなく穏やかだった。


(死を受け入れているから? それとも、プラチナだから?)


 確かに異例ではあった。

 誰かに連行されるでもなく、泣き叫び許しを請う訳でもない。九条は自らの意思でそこへ立っていたのだ。


「頭のネジが外れているとはよく言うけど、まさか恐怖を感じないタイプ……?」


 九条が断頭台の前に立つと、その横にはレイヴン公が並び立ち、持っていた書面を広げその罪状を読み上げる。


「この者はヴィルザール教の戒律に反し、禁呪とされる術法を行使した。それは神への冒涜であり、教会の尊厳を傷つける行為は極めて深刻。よって、罪人はこれに対する責任を負うべきであり、その命を以て神への償いとする。この審判は、教会法に基づく崇高なものであり、社会の安全を確保するための適切な処置である」


 それを聞いている間、九条は反省しているかのように俯き、ジッとしてた。


「九条……すまない……。こんな事の為に連れてきた訳ではないのに……」


「仕方ありませんよ。悪いのは自分ですから……」


 小声で悔やむレイヴンに、バツが悪そうに微笑む九条。

 たった一言ではあったが、それは心の底からの謝罪であり、たった一言ではあったが、それはレイヴンの罪悪感を僅かに払拭した。

 降霊の為などではなく、処刑の為に呼び出された――。レイヴンが九条を騙したとも捉えられ、罵倒されてもおかしくない状況。

 死に逝く者に言葉は不要。しかし、そんなレイヴンでさえ自責の念に駆られ、己の信念を曲げてでも九条に頭を下げようと、執行人を名乗り出たのだ。


 九条は、自らの足で断頭台の置かれた舞台へ登って行くと、躊躇することなく跪き、これ見よがしに凹んでいる窪みにその首を乗せた。


「……何か、最後に言い残す事はあるか?」


「そうですね……。バイアス公には言ってあるのですが、ミアのことをよろしくお願いします」


「……しかと心得た……。安心して逝くがよい」


 最後の瞬間が近づくにつれ、九条の心は静寂と悟りに包まれていく。

 深く息を吸い込み目を閉じた九条は、走馬灯のようにこの世界でのことを思い返していた。

 今日、この日に1つの人生が終わりを告げ、新たな人生が始まる。ある意味、九条にとっては3度目の人生だ。

 今度はもう少し上手く立ち回れますようにと最後の祈りを捧げると、断頭台の刃が落ち、九条の意識は暗闇へと消え去った。

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