第568話 運命の日

 夕日が輝き、その光が大きなコロシアムを包み込む中、この辺りでは見慣れない鎧に身を包んだ屈強な兵士たちに囲まれた2人の女性が、豪華な椅子へと腰掛けた。

 その流れるような動きは気品に溢れ、優雅な仕草が2人の美しさをより一層引き立たせる。

 ピンと伸びたエルフ種特有の耳は、透き通りそうなほどの透明感。にも拘らず、内面から溢れる情熱と知性は近寄りがたい雰囲気をも漂わせていた。


「やれやれ。国葬だからと来てみれば、まさか九条の処刑が前座とは……」


 ここは、王都スタッグの城郭内にあるグリフィス円形闘技場。主に貴族同士の決闘や、兵の鍛錬などに使われるが、罪人を裁く場所としても利用されている。

 その一角。東西南北に分かれた4つの貴賓席の1つには、リブレス連合国より女王エルメロードとその護衛でプラチナプレート冒険者でもあるイーミアルが招待されていた。


「まぁ、見え見えの責任逃れでしょうね。アドウェール王を亡くした直後とあっては、他国との余計なトラブルは避けたい……と言ったところでしょう」


 コロシアムの中心には既に断頭台が置かれていて、今日の日の為に研ぎ澄まされたであろう刃が、生贄の到着を待ちわびているかのように怪しい輝きを放っている。


「陛下だったら、どうします? 私に禁呪使用の疑いが掛けられたとしたら……」


「うーん……そうねぇ……。折角取り返せた仮面の解析も進まないし、そんな無能なら飼っていても仕方ないかなぁ……」


「それは私の所為じゃないですよね!? 私は監督しているだけで、研究は国選の錬金術師たちの仕事。それなのにアイツら文句ばっかりで……。元はと言えば、陛下にも責任があるんですからね! ギルドは非協力的で、碌な錬金術師が国に入ってこないんですから……」


「冗談だ。そんなにムキなるなイーミアル。……しかし、あの仮面が自在に扱えるようになれば、向かう所敵なしなんだがなぁ……」


 背もたれに寄りかかり頬杖をつきながらも、チラリと視線を空へと向けたエルメロード。

 その先にあるのは、自分達が乗ってきた飛翔魔導船。それは、まだ完成には至っていなかった。

 スタッグ王立魔法学院との共同研究により、魔力を圧縮し液体化する技術は確立した。

 それは、希少となってしまったマナポーションの代替えにと研究されていた物の副産物。

 すぐに気化してしまい、マナポーションとしての実用化にはほど遠かったが、リブレス独自の研究により開発された疑似ダンジョンコアによって、魔力の貯蔵が可能となった。

 それを飛翔魔導船に搭載することにより、世界樹から離れての飛行も可能となったが、燃費は変わらず悪いまま。

 約1年、リブレスが心血を注ぎ魔力を疑似ダンジョンコアに蓄えても、スタッグとフェルヴェフルールの往復分で全てを使い切ってしまう計算だ。

 そこで、九条がフードルから取り返したネロの仮面から無限の魔力を取り出そうと試みてはいるのだが、その成果は芳しくないといった状況である。


「せめて、仮面の事を知る魔族を捕らえることが出来れば、少しは違ったんでしょうが……」


「お前の追っていたフードルは、九条に倒されてしまったからな。その九条なら降霊もあるいはと期待していたが、この始末……。中々思うようにはいかんなぁ……」


「ひとまず、飛翔魔導船の初号機をお披露目出来ただけでも成果はあったと考えましょう。我々がそこから降りた時のアルバート殿の顔ときたら……。実に滑稽でした」


「確かに傑作ではあったが、一応はスタッグの次期国王だ。笑ってやるな。……それよりも……実に豪華な顔ぶれじゃないか。シルトフリューゲルの皇帝がまだのようだが、この後の首脳会談が楽しみだ」


 エルメロードとイーミアルがいる場所はコロシアム南側。北側にはグランスロードの姫君である獣人のヴィオレとエドワードが着席し、東側にはドワーフの王が鎮座している。

 そのどちらもが眉間にシワを寄せる仏頂面だが、西側の席にはまだ誰も姿を見せていない。

 当然、そこにはアルバートが着席するものだと思われていたが、それだけではなかった。


「ほう。異端審問官か。その姿を直に見るのは初めてだな」


 アルバートとバイアスが姿を見せると、その後方からぬるりと現れたのは黒い法衣の女性。

 目元を隠すかのように深く被ったフード。腰から垂れ下がる幾つのも鎖は、拘束具でもあり武器でもある。

 とは言え、それは噂に過ぎず、実際に使われている所を見た者は少ない。



 アルバートだけが席に着くと、その両脇に並び立つバイアスと盲目。

 貴賓席だけあって見晴らしは良く、一般の客席には多くの貴族達が集まっていた。


「随分と大事にしましたねぇ。別に九条の処刑を見世物にしろとは言っていませんのに……」


 少々不満気な盲目に対し、ムッとした様子のバイアス。


「確かにそうですが、これは戒律違反には厳正な対処をするという我々スタッグ王国側の総意です。我々は一切関与していないという覚悟の表れであると、お考えいただきたい」


「なるほどぉ。ただの見せしめに大層な解釈をしているようですが、そうでもしないと私達が信用できないということですねぇ?」


「ハハハ、何を仰いますやら。むしろ教会が、我々の潔白を世間に広める手間を省いたのですよ」


「ふむ。流石はバイアス公爵様。隙がありませんねぇ……」


 表面上はどちらも笑顔。そんな2人が交わす高度なやり取りに、アルバートが入り込む余地はない。

 バイアスの計画は完璧。アルバートはただ見ているだけで良かったのだが、どこか物足りなさも感じていた。

 九条の処刑が決定し、胸のつかえが取れた。自分の起こした過ちが世に出ることが無くなったと安堵し、代わりに出てきたのが次期国王としての自覚である。


(折角国賓が集まっているのだ。ここで僕の威厳を示しておくのも悪くない……。何時までも、バイアス公を頼るわけにもいかないしな……)


 アルバートが思い描く強い王。それは何者にも厳格で、情などに流されない決断力に優れる者。


(お父様は優しすぎた。国民に施しているだけではダメだ。これからは民が王を支え、王が国を発展させてこそだろう。その為には、まず教会を牛耳らなければ……)


 その計画の第一弾。まずは教会から更なる信頼を得ようと、アルバートは秘密裏に動いていた。


(魔法書などくれてやればいい……。それで教会の目を欺けるなら、安いものだ……)

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