第491話 生贄と巫女

「そうだ。デメ……お前の事、なんて呼んだらいい? ディメンションウィングって正直少し呼び辛いんだが?」


 昔からの知り合いであればデメちゃんと呼ぶのもやぶさかではないが、正直ちゃん付けするほど可愛いという感じではないし、面と向かうと恐れ多くておいそれと口には出来ない迫力がある。


「名称に愛着なぞないが、強いて言うならファフナーと呼ぶがよかろう。そもそもディメンションウィングも黒き厄災同様、通称のようなものだ。我と魔王とが契約を交わし、発現した能力からその名で呼ばれるようになったまで」


「能力?」


「うむ。次元を歪め、空間を転移する力だ。既に魔王との契約は破棄され、その力も失われたがな」


 ファフナーが台座に移動し翼を畳むと、キツネのように丸くなる。

 その振動でガラガラと音を立てて崩れた幾つかの財宝が床を転がり、そのうちの1つが俺の足先を優しく小突いた。


「随分と羽振りがよさそうだな」


 拾い上げたそれは、金で出来た杯。その大きさはちょっとした優勝トロフィーを思い起こさせるが、実用性はなさそうだ。


「欲しいならくれてやるぞ? 好きなだけ持っていくがいい。我には無用の長物だ」


「必要ないのに集めているのか?」


「違う。貢物として獣人どもが勝手に置いていくのだ。2000年以上も前の話だがな」


 神として崇められていた過去を鑑みれば、納得である。

 その殆どが貴金属。よくもまぁこれだけ貢いだものだと感心してしまうが、宗教上のお布施であると考えればそれも必然か……。

 生贄になりたくない一心で貢いでいたのであれば、それはそれで滑稽である。


「ねぇ、おにーちゃん。結局生贄はどうなるの……?」


 俺のローブをクイクイと引っ張り、首を傾げるミア。


「あぁ、そうだった」


 忘れていた訳ではないが、それが本命。ファフナーから直接話を聞き、今後の身の振り方を考えようと思っていたのだ。


「ファフナー、生贄について何か思い当たる節はないか? 108番はそんなものを求めたことはないと言っているんだが、獣人達との意見が食い違っていてな……」


「管理者殿の言う通り、我は生贄なぞ求めたことはない。何かの間違いではないか? 仮に生贄を喰らったとして、我の腹が膨れるとでも?」


 言われてみれば確かにそうだ。その巨体が満足するまで食べるとするなら、大量の贄が必要だろう。

 特別魔力を秘めている訳でもない一般人を1人食ったところで、文字通り腹の足しにもならないのは明らか。

 とは言え、ヴィーガンというわけでもなさそうだが……。


「じゃぁ、この手の痣はなんだ? それと塔の壁画もだ」


 キャロの手を優しく掴みその甲を見やすいように掲げると、ファフナーはそれに目を光らせながらも口元を緩めた。


「あぁ、巫女の証か。まだその契約は生きているのだな」


「巫女の証?」


「そうだ。マスター殿は、我の産まれた経緯を存じているか?」


「壁画の話か? ファフニールが残した卵を、獣人が育てたって言う……」


「ならば話は早い。自分で言うのもなんだが、幼竜とは言え強大な力を獣人達に預けるのだ。その力が乱用されないとも限らない。それを危惧した魔王は、獣人達の中から1人の巫女を選定した。その巫女の言葉のみが我に届き、我の言葉を獣人達に届けるのもまた巫女の役目であったのだ。我にファフナーと名付けたのも初代の巫女であったのだぞ?」


「そういうことだったのか……」


 2000年も前の話。何処かで巫女が曲解され、生贄として話が伝わってしまったのだろう。

 見方の違いだ。魔王からすればただの巫女。現代的に言うと秘書のようなものなのだろうが、獣人達から見れば一生を添い遂げなければならない生贄とも捉えられる。

 壁画についても同様だ。描かれていた者が、生贄ではなく巫女であったのだとしたら辻褄は合う。


「なんとも懐かしい……。巫女は常に我の傍に控えていた。寿命と共に代替わりを果たすのだ。その選定基準が幸の薄い者達であったからか、断る者はいなかった。我と共に一生を縛られる事にはなるが、不自由はしなかったはずだ。壁画とやらも恐らくは巫女の仕業だろう。我が話してやれることと言えば、昔話くらいなもの。それを元に描いたのではないか? そこにいる娘のような幼子も、巫女として選定される対象であったからな」


 ファフナーの大きな瞳が隣のキャロを捉えると、まだ恐怖が抜けきっていないのか、キャロは俺の後ろにサッと隠れた。

 その仕草に笑いを堪えるよう目を細めるファフナーは、何処となく嬉しそうである。


「クックック……。巫女制度なぞ前時代の遺物に過ぎん。巫女の証なぞ気にせず、自由に生きるがよかろう。それこそ迷惑料になるなら、ココの財宝を好きなだけくれてやる。巫女の世話の為、たまに換金するくらいしか用途はなかったからな」


 在りし日を思い出し哀愁を覚えているような、それでいてキャロを別の誰かと重ねて見ているような……。ファフナーの瞳からはそんな優しさが溢れていた。

 それは、巫女制度が獣人達の抑制の為だけのものではなかったようにも見えるのだが、その真相は魔王のみぞ知るといったところだろう。


「……そうだ。財宝で思い出したぞ。……確かこの辺りに……」


 長い首を動かし、山積みになっていた財宝の一部を崩していくファフナー。


「おぉ、あったあった。これだけはマスター殿に渡しておかんとな」


 散らばる財宝の中から巨大な爪先でつまみ出されたそれは、目を凝らしてようやく見える人間サイズの小さな指輪。


「命じられた砦を守護した際に渡された物だ」


「ああ、そういやそんなんあったな……」


 俺もすっかり忘れていたが、それはニールセン公が持っていた第2王女派閥の証だ。

 少々控えめな第4王女の物とは違い、主張の激しい真紅のルビーは主に似て尊大である。


「いらないんだが、一応貰っておくか……」


 見ていると思い出したくもない顔が浮かんできてしまうので、早急に手放してしまいたいというのが正直なところだ。


「それで? 九条殿はこれからどうするのだ?」


 タイミングよく寄って来たワダツミの背に、キャロを乗せる。


「そうだな……。明日の朝まではここで待機ということにしよう。それまで、少し考えさせてくれ」


 すぐに戻っても、ケシュアやローゼスに怪しまれる可能性もある。かと言って待たせ過ぎると、報告を優先しメナブレアに帰ってしまいかねない。

 道中の安全を考慮するなら、少なくとも夜明けまでは駐屯地で待機しているはずである。


「マスター殿。奥の部屋に巫女が使っていた部屋がある。そこで一夜を明かすとよいだろう」


「ああ、ありがたく使わせてもらうよ」

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