第492話 キャロの選択

 それからどれほどの時が経っただろうか……。地下故に時間の感覚は乏しいが、恐らくは就寝に近い時間帯だ。

 ふと空を見上げると、巨大な縦穴から降りて来たのはお使いを頼んでいたファフナー。


「どうだった?」


「白い鎧を着た残党は全て蹴散らしてやった。マスター殿の連れだろう熊とエルフ種の女も、大事はなさそうだったぞ?」


「そうか。助かるよ」


 そこへトコトコと駆け寄って来たのは、怖いもの知らずのミア。その顔は不自然なほどに笑顔である。


「おかえりなさい! ファフナーさん」


「あ……ああ……」


 子供の順応性といったら恐ろしいもので、ファフナーに危険がないとわかるや否や、ベタ慣れ状態。

 巷では、希少種であり決して人とは相容れないとされるドラゴン種にお触りし放題だ。テンションが上がらないわけがない。

 この場にシャロンが居ようものなら、大歓喜は間違いなしだっただろう。

 最初は遠慮気味であったキャロも、ミアのはしゃぎっぷりを見てしまえば、感化されるのも時間の問題。既にそれほど怖がってはいない様子だ。


「あまり我の周りで動き回るな。踏みつぶしても知らんぞ……」


 困った様子のファフナーも、子供2人に成すがまま。それも、恐らくは巫女と共に暮らして来たおかげなのだろう。

 別種族の子供に理解のあるドラゴンというのも、なかなかに微笑ましい光景である。


「ファフナーさんにお願いがあるんだけど……」


「申してみよ」


「これを炙ってください!」


 ニコニコ笑顔でミアが指差したそれは、主のいない石棺。蓋は外れ、中にはたっぷりの水が張っている。

 先程ワダツミを呼びつけていたのはこの為かと、苦笑する。ミアが何をしたいのか、ピンときたのだ。

 ファフナーの口から吐き出された灼熱の炎が石棺を炙ると、大量の湯気が辺りに立ち込め、あっという間に即席のお風呂が完成した。

 この状況でその発想。逞しいというか何と言うか……。正直俺なんかよりミアの方が、よっぽど肝が据わっている。

 得意気に袖を捲り、片腕を突っ込んだミアは一人満足そうに頷くと、一気に服を脱ぎ捨て人目を憚ることなく石棺へとダイブする。


「キャロちゃんもおいでよ!」


 薄暗いダンジョンの奥深くで湯船に浸かる人間と獣人の子供。それを呆れ顔で見つめる伝説級のドラゴンと2匹の魔獣。

 その絵面の情報量の多さときたら、何処からツッコんでいいのか迷ってしまうほどである。

 風呂から上がれば、ファフナーの翼で扇いでもらい身体を乾かそうとするものの、予想外の強風に地面をゴロゴロと転がる2人。

 そして立ち上がれないほどの大爆笑。コントでも見ているかのような気分にさせられる。

 その光景は、世の中で起きているであろう異種族同士の対立が嘘であるかのよう。

 これが世界の縮図であったのなら、どれほど平和な世の中になるのかと思い耽るも、それが机上の空論であることは理解していた。


「はい。おにーちゃん」


 ミアをファフナーに取られ、不貞腐れてしまったカガリを撫でながらも、駆け寄って来たミアに手渡されたのは1本の櫛。それは従魔用ではなく人間用。

 ミアは当たり前のように俺の膝に腰を下ろし。俺はその艶やかな御髪に優しく櫛を通していく。

 俺達にとっては当たり前の日常だ。


「ありがとー、おにーちゃん」


 その場でクルクルと周り、サラサラになった髪を自慢げに披露するミア。

 それを物欲しそうに見ていたキャロが何を考えているのかは、想像に難くない。


「キャロもおいで。そのままにしておくと明日起きた時、酷いことになるぞ?」


 嬉しさが溢れるような表情と共にピンと立ったウサギ耳。ミアと同じように、それでいて少々遠慮がちに俺の膝に座る。

 ミアよりも少しだけ軽い体重。髪質が透き通るほど細いのは、獣人故だろうか……。ついミアとの違いに目が行ってしまう。


「キャロは、これからどうしたい?」


「どうって?」


「生贄になる必要はなくなっただろう? キャロは自由になったんだ。これからは好きに生きていい。元の生活……メリルのところに戻るのも選択肢の1つだが、俺がキャロを引き取ることも考えている。勿論キャロさえよければだが……」


 気の迷いなどではない。進むべき道はキャロが自分自身で決める事だと、メリルも了承した上での提案である。

 子供を引き取ることがどれだけ大変な事かは、理解しているつもりだ。従魔が増えるのとは訳が違う。

 面倒くさいと突っぱねるのは簡単。しかし、黒き厄災復活の所為で生贄問題が表面化してしまったのは、俺の責任でもある。


「俺達はコット村という所に住んでいるんだ。メナブレアと比べると人口は少なく、超が付くほどのド田舎だが、皆あたたかくていい村だ。きっとキャロも受け入れてもらえる」


 メリルに迷惑を掛けたくないと考えているなら、キャロにとっては悪くない選択肢の1つだろう。だが、無理強いはしない。


「……」


 深く考え込むように視線を落とすキャロ。俺はその髪をとかしながらも、急かさぬようにジッと待つ。

 突如提示された人生においての分岐点。本来であれば、ゆっくりと考える時間を作ってやるべきなのだが、悠長に構えているほど時間は残されていない。

 俺達と共に来ると言うなら、それも1つの正解だ。キャロを匿った上で、八氏族評議会には生贄としての責務を果たしたと報告すればいいだけ。

 メナブレアには帰れなくなるが、メリルがキャロに会いに来ることは可能である。

 しかし、キャロがメリルを選びメナブレアに残ると言うならば、アフターフォローは考えなければならないだろう。

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