第424話 300年前のやり直し

 翌日。招待客達を見送るニールセン家一同。

 朝食後、屋敷には長い馬車の行列ができ、その終わりが見えてきた頃には既におやつの時間帯。

 それを窓からまったり眺める俺と、その後ろで優雅なティータイムを嗜んでいるのは、ミア、シャーリー、アーニャのコット村勢。


「私達が帰るのは最後? 随分ゆっくりしてるみたいだけど大丈夫なの? まだ荷物纏めてないわよ?」


 お茶菓子をつまみながらもテーブルに肘をつき、暇そうに口を開いたのはシャーリー。


「ああ。俺達の出発は明日に延期になった」


「ええ!? 聞いてないんだけど!?」


「言ってねぇもん」


 突然の知らせに驚きの声を上げるアーニャ。村での出来事は当然アーニャも知っている。

 魔族とは言え自分の父。恐らくは心配しているのだろう。早く帰りたいと言った雰囲気がその表情から見て取れた。


「フードルが心配なら先に帰るか? どうしてもと言うなら、ワダツミかコクセイに頼んでみるが……」


「いいわよ。気にはなるけど、無事なんでしょ?」


「一応な。色々と面倒なことになってるみたいだが……」


「面倒?」


「ああ。フードルは村人達にグレゴールと名乗ったらしい」


「はぁ? なんでよ」


「話せば長いんだが、俺のダンジョンには魔族がいるかもしれないと噂されていてな……。それがグレゴールと呼ばれているんだ。……まぁホントはそんな魔族はいないし、名乗ったのは俺だが……」


「つまり、お父さんがグレゴールを名乗ることによって元からそこに居たと見せかけた……ってこと?」


「話の経緯はわからんが、そう考えるのが自然ではある。村人達の警戒心を解く為に俺の知り合いを装えば騒がれないと思ったんだろう。ついでに村に攻め入って来た軍を退けられれば信用も得られて、一石二鳥と考えたのかもしれん」


「かもって……」


「108番からの報告しか聞いてないから具体的な事はわからん……。現状はフードルが村に攻め入って来た軍を退け、ダンジョンに戻って来た。その後、村人達も村へと戻った。俺が知っているのはここまでだ」


 ふと外に顔を向けると、招待客の見送りをしていたニールセン家一同の姿は既になく、それと同時に部屋の扉をノックしたのは、煌びやかなドレスを身に纏った第4王女とタキシード姿のヒルバーク。

 その様子は、まるで昨日の結婚式を彷彿とさせる装いである。


「九条。会場の準備が出来たとニールセン公より連絡があった。後は……って、まだ着替えてないのか。他の者は構わんが、九条がいないと始まらんだろう? とっとと着替えて会場へ向かえ」


「ようやくですか……。じゃぁそろそろ……」


 呆れ顔で肩を落としたヒルバークに、重い腰を上げる俺。

 そのやり取りを見て、シャーリーは不思議そうな顔を俺に向ける。


「会場? 何しに行くの?」


「結婚式だよ」


「は? それは昨日終わったでしょ、おじいちゃん」


「別にボケてねぇよ。サプライズだよサプライズ」


「えっ!?」


 シャーリーが視線を向けた先はミア。しかし、ミアは少々残念そうに首を横に振っただけ。

 そのままぐるりと一周した視線は、リリーの所で止まった。


「まさか王女様が!?」


「サプライズで挙式を上げる王族がいるわけないだろ。国を挙げて祝うべき案件だと思うが……」


「じゃぁ誰……。もしかして私!?」


「いやいや、なんで本人が知らないんだよ……。結婚なんて重大イベント、本人に内緒で進める奴はいないだろ。シャーリーはそんな奴が伴侶でもいいのか?」


「えっ!? それは……」


 その答えはいつまで経っても返ってこない。頬を染め、ジッと向けられた視線は何かを訴えかけているかのようでもあり、狼狽えているかのようでもある。

 そこで俺はハッとした。今回サプライズ企画の立案は俺である。言い返せば、シャーリーに自分はどうかと尋ねているようにも聞こえるのだ。

 さすがにそれは厚かましいにもほどがある。恐らくシャーリーは俺が傷つくことを恐れ、きっぱりと断る事が出来ないのだろう。

 なんだかんだ言って、優しいところもあるのだ。


「いや、勘違いしないでくれ。そもそも相手は別にいる」


 それを聞いた途端、目を大きく見開き身を乗り出すシャーリー。その表情は少し怖い。


「何処の誰!? もしかしてコイツなの!?」


 シャーリーが勢い良く指差したのは、隣でお茶を啜っていたアーニャだ。

 それに顔をしかめたアーニャは、その指先をうざったそうにぺしっと優しく叩いた。


「私も初耳だから違うんじゃない?」


「どうなの九条!?」


 何故シャーリーがそこまでご立腹なのか、まったくもって理解に苦しむ。

 そもそも俺がアーニャに結婚式のサプライズをしてどうするのか……。小さな村の中での話だ。アーニャに彼氏が出来たとあらば、噂はすぐに広まるはずだが、そんな浮いた話は聞いたことがない。


「ここにいる誰でもないんだが……。まぁすぐわかるさ。兎に角ドレスに着替えて会場で待っててくれ。盛大な祝福を頼むぞ?」


 俯き視線を落としながらも、力なく椅子へともたれ掛かるシャーリー。その表情はこの世の終わりとでも言いたげであるが、ミアだけがカガリに顔を埋め、必死に笑いを堪えていた。



 シャーリー達が着替えを終え会場に姿を現したのは、それから約1時間ほど経った後。

 リリー王女を先頭に続々と会場入りを果たすと、シャーリーは先に来ていた俺を見て目を丸くした。


「……なんで九条がここにいるの?」


「なんでって……。先に行くと言っておいただろ?」


 迷うことなく次々と着席する者達。リリー王女とヒルバーク。シャーリーにアーニャにネストとバイス。

 いつもの面々だけではない。ニールセン家にノースウェッジ家。それにレストール卿とグラーゼンもだ。

 グラーゼンだけが鎧を着込んでいるのは警備の為ではなく、タキシードを貸してしまったから。

 恐らくは100人近い人数を収容できるであろう式場に招待された者はたったのこれだけ。

 アレックスとレナの結婚式とは比べものにもならないほど小規模だが、誰もいない寂しい結婚式よりはマシだろう。

 俺の急な呼びかけにも拘らず、帰郷を遅らせ応じてくれた皆には感謝しかない。


「主役がこんな所で油売ってていいの?」


「は? 主役? 誰が?」


「へ? 九条の結婚式なんじゃないの?」


「そんなこと誰に聞いたんだ?」


「ヒルバークさんが言ってたじゃない。九条がいないと始まらないって……」


「あー……」


 それを聞いて、ようやく噛み合わなかった会話に合点がいった。どうやらシャーリーは、俺が誰かと結婚するのだと勘違いしているのだ。

 何も知らずにヒルバークの言うことを鵜呑みにしたのであればそれも仕方のない事だが、俺に相手がいないことくらい知っているだろうに、何故そんな器用な勘違いが出来るのか……。

 想像力が豊か……と言いたいところではあるが、そもそも教えなかった俺にも非がある。


「そういうことか……。確かに俺がいないと始まらないが、俺の仕事はもう終わった」


「仕事?」


「ああ。まぁ見てればわかるさ」


 そう言って視線を前へと向けると、法衣を纏った男が1人、会場に足を踏み入れ主祭壇へと向かっていく。


「あれって……」


 その男は俺の前に来ると無言のまま恭しく頭を下げ、俺はそれに片手を上げて応えた。

 既に言葉は交わしている。それだけで十分なのだ。


「バルザックさんって司祭だったの?」


「いや、今回限りの臨時だ」


 バルザックが主祭壇へと辿り着き、あまり似合っていない借り物の法衣を翻すと、楽団は会場に大きなファンファーレを響かせた。

 それと同時に正面の扉が開け放たれると、本日の主役の登場である。

 新郎であるゲオルグはグラーゼンから借りたタキシードに身を包み、緊張しているのか歩調はややぎこちなく、レギーナには少々小さいと言わざるを得ないレナのウェディングドレスは、今にも胸がこぼれそう。

 先程まで何の変哲もなかったレッドカーペットには綺麗な花弁が舞い落ち、いつの間に現れたのかバルザックの隣でドヤ顔を披露するザラ。

 もちろんヴェールガールとしてミアが。その後ろにはカガリと白狐が追従している。


「九条も中々粋な事するじゃない?」


 新郎新婦に盛大な拍手を送りながらもネストは俺を小声で揶揄し、俺は不愛想に答えを返す。


「特に欲しい物がなかっただけですよ……」


 ニールセン公からの報酬。その使い道を悩み抜いた挙句、最終的に俺が望んだ物。

 それはレギーナの想いであり、ゲオルグの後悔でもあった。

 生前には叶わなかった2人の夢を現実にする為に、もう1つの物語の結末として今からでもやり直せないかと思案したのだ。

 豪華な料理や華々しい披露宴は必要ない。会場やセットなどは全て使い回しで構わないからとニールセン公に頼んだところ、そんなことで良ければと、2つ返事で承諾してくれたのである。


「ほら! ゲオルグ! しゃんとして!」


「お……おう……」


 戸惑いながらも照れくさそうなゲオルグは、レギーナに主導権を握られている様子で、アレックスとは正反対。

 それでもお互いが腕を組み、仲睦まじくバージンロードを歩くさまは美女と野獣……。いや、レギーナが獣人だから美女の野獣か? ……野獣と美女の野獣?

 ……まぁそんなことはどうでもいいが、兎に角そのアンバランスな見た目からは想像もつかないほどに幸せそうであった。


 2人が主祭壇の前に立つと、ゲオルグはバルザックを一瞥し吹き出す。


「バルザック。お前の強面じゃぁ法衣は似合わねぇな」


 随分とわざとらしく聞こえるのは、恐らく照れ隠しの為だろう。


「ぬかせ。お前のタキシードも相当だぞ? レギーナにも同じ事が言えるのか?」


 反射的に目が合う2人。レギーナのすました表情は、ゲオルグからの返事待ちといったところか。

 数秒の間。ジッと見つめられたゲオルグは、ばつが悪そうに視線を逸らすと、顔を真っ赤にしながらも小鳥がさえずるかの如く小さな声を漏らした。


「わ……悪くない……。に……似合ってる……」


 その瞬間、レギーナの表情がパァっと明るくなると、ゲオルグに向かって飛びついたのだ。

 突然の事とは言え、筋骨隆々のゲオルグだ。半歩ほど後退りはしたものの、倒れるまでには至らない。


「おい! レギーナ! いきなり――ッ!?」


 ゲオルグの抗議はそれ以上聞けなかった。レギーナはゲオルグの首に両手を回すと、その口を物理的に封じたのである。


「はぁ……。指輪の交換が先なんだがなぁ……。折角九条が用意してくれたと言うのに……」


 それには司祭役のバルザックも苦笑い。式の流れをぶった切るレギーナの強引な誓いのキスに皆が目を丸くする中、レギーナとゲオルグは窒息するのではないかと思うほどに熱烈な口づけを交わしたのであった。

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