第423話 贈る言葉

「主。大丈夫ですか?」


 カガリの声で我に返ると、王女の祝辞を邪魔しないようニールセン公に小声で異議を唱える。


「勘弁してくださいよ! 出来るわけがないでしょう!? やるにしてももっと早めに……」


「本当はグリンダ様に王族の代表として、リリー様には友人代表として挨拶を頼んでいたのだが……」


 なるほど。第2王女が急遽欠席となった為、第4王女が代わりに王族を代表しているということか。そして友人枠が余ったと……。

 そりゃ今更挨拶しろとは言いにくいだろうし、そもそも断られるのがオチである。


「友人は流石に無理があるのでは? 歳の差もさることながら、身分も違いますし……。歳の近い貴族の方々であれば他の席にいるじゃないですか」


 それを聞いたニールセン公は、真剣な面持ちで俺を睨みつけた。


「九条。あのアレックスに友人がいると思うか?」


 折角気を使って言わないでおいたのに、それを実の父親が言うか……。

 だが間違ってはいないのも確かだ。魔法学院での横柄な態度。権力を笠に着ての傍若無人な振る舞いを鑑みれば、それも当然と言えば当然である。

 とは言え、貴族だからこそ友人を演じることくらい出来るだろう。公爵に名を売る絶好の機会だと思うのだが……。

 それを踏まえても断られているのなら、不憫としか言いようがない。


「いいじゃない九条。挨拶くらいやってあげなさいよ」


「そんなこと言うならネストさんがやればいいじゃないですか。立場上教師なら最適でしょう?」


「いやよ。原稿もないし出来るわけないでしょ?」


「そりゃ、俺も一緒なんですが……」


「九条ならソラでも大丈夫よ。魔法学院の生徒達相手に怪しい演説してたじゃない。ほら……ほうわ……だったっけ?」


「それは……」


 それは記憶している説法を語っただけであり、無から考えた話ではない。それに自分でもあそこまで生徒達が食いつくとは思っていなかった。


「頼む九条ッ! この通りだッ!」


 素直に頭を下げられると弱い……。息子の為にという気持ちはわからなくもないが、その頭の重さくらいは承知しているのだ。

 それに、ニールセン公の狙いがそれだけでないことも薄々は感付いていた。

 盛大に出る溜息。断り切れないと踏んだ俺は、恩を売ったと思えばいいかと思考を変えた。


「はぁ……。わかりました。ただし原稿も台本もないので、中身の拙さについては目を瞑って下さい」


「恩に着るッ!」


 人前に立ったところで、もはや緊張することはないのだが、台本なしのぶっつけ本番は正直言って悩ましい。

 貴族相手に何を語ればいいのか……。こっちの世界の結婚式なぞ経験したことがない。


「挨拶と言われてもなぁ……。何を話せば……」


「一般的にはアレックスとの出会いから生い立ちを語りつつ持ち上げとけば大丈夫よ。あとは定番だけど夫婦生活の心構えとか……」


「それを未婚の俺に聞きますか……」


 ネストの何気ない一言に精神的ダメージを受けながらも、それならなんとかなりそうだと安堵した。

 恐らくは元の世界で言うところのスピーチのようなもの。それならいくらかの知識はある。

 仏前結婚式でも、神前結婚式でも披露宴の内容はあまり変わらない。他人のスピーチは幾度となく聞いてきた。ただ1つ問題点をあげるとすれば、俺とアレックスとの付き合いがそれほど長くはない事だが……。


 そうこうしている内に第4王女の祝辞は盛大な拍手で幕を閉じ、王女が着席すると会場にはニールセン公の声が響いた。


「それでは、最後にアレックスの友人として、プラチナプレート冒険者でもある九条殿からも祝辞を頂戴する」


 一介の冒険者が貴族相手に何を言うのかは、気になるところだろう。盛大……と言う訳にはいかないものの、申し訳程度の拍手は無いより全然マシである。

 それと同時に立ち上がると王女のように前にはいかず、その場で頭を下げた。その方がアレックスとレナを直視出来るからだ。


「アレックス……君、レナさん、このたびはご結婚おめでとうございます。そして両家の御家族、御親戚の皆様にも、心よりお喜び申し上げます。只今、新郎の友人としてご紹介にあずかりました、九条と申します。はなはだ僭越では御座いますが、一言ご挨拶させていただくことになりました。お聞き苦しい点も御座いますが、是非大目に見ていただければ幸いです」


 そして再度大きく頭を下げる。先程よりは多い拍手。幸先は良さそうだ。


「友人……と申しましても、それほど長い付き合いではありません。私から見れば相手は大貴族の御子息、一介の冒険者がご友人などとは烏滸がましい話です。そもそもアレックス君との出会いは魔法学院でのこと。私は臨時で試験の引率を任されていただけに過ぎません。当時の彼はやんちゃで、正直プラチナの自分にでさえ手に負えないと思ったほどです。……しかし、それは上辺しか見ていない多くの者が犯していた過ち。彼は自分の夢を諦めぬ為、そう振舞っていただけに過ぎませんでした。魔法学院試験の日。私は彼と賭けをしました。結果、私が辛勝を収めましたが、彼は最後まで諦めなかった。敵うはずもない強大な敵を前に果敢に立ち向かい、身を挺して仲間を助けた。その勇気と優しさは、伴侶を支えるに十分な甲斐性を持ち合わせている。その度胸とこころざしがあれば、これからのニールセン家も益々繁栄していくことでしょう」


 大事な所は端折っているが、まぁ嘘は言っていない。


「では最後に、夫婦生活を円滑にする為の秘訣九箇条を教訓として2人に送ろうと思います。第一条は、相手を尊重すること。第二条は、相手を理解すること。第三条は、相手に感謝の気持ちを持つことで、第四条は相手を信じること。第五条、相手に配慮すること。第六条、伴侶は仏……神様からの贈り物であると思え。第七条、お互いの両親を大切にしろ。第八条、迷い悩んだ時はお互い力を合わせて乗り越えろ。……お前達ならそれが出来ると、俺は信じている。そして第九条……。――それは俺だ。2人の力でもどうにもならなかった時、挫けそうになった時は九条を……俺を頼れ。微々たるものだが、出来るだけ力を貸してやる。どんな苦境に立たされても、その腕の念珠がある限り俺がお前達の味方だ。何があろうと見捨てないとここに約束しよう」


 途中、興が乗り言葉遣いが荒くなってしまったが、そのお咎めはなさそうである。


「……以上を以て、私からの祝辞とさせていただきます」


 最後に深くお辞儀をすると、俺の周りから聞こえるだけだった小さな拍手は、次第に大きく辺りに鳴り響いた。

 それは第4王女には及ばずとも、十分な反響である。


「ぐ……ぐじょーざんッ……」


 目に涙を溜めているアレックスが遠くからでも良く見える。正直そこまで響くものがあったのかと、自分では半信半疑だった。

 精々上手い事言ったな――程度に思ってもらえればと目論んではいたのだが、嬉しい誤算である。

 もちろん手を貸すと言ったも嘘ではない。むしろこのような場で嘘なぞつけるものか。

 この世界で初めての結婚式への参列。当初乗り気ではなかった俺だが、当人達の幸せそうな顔を見れば心境も変化するというもの。

 手間がかかる子ほど可愛い――とは良く言ったものだと、俺は無意識に頬を緩めていた。


 こうして披露宴は華々しく幕を閉じ、紆余曲折はあったもののアレックスとレナは、無事新たな門出を迎えることが出来たのである。

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