第142話 ロリコン野郎
授与式が終わるとテーブルの上には次々と料理が運ばれてくる。
立食でのバイキング。それはもう見たことのないような晴れやかな料理ばかりだ。
先程までガチガチに固まっていたミアもご満悦の様子。口いっぱいに頬張るその姿はハムスターのようで微笑ましい。
「九条。すまなかった……」
ミアの隣で一緒になって食事を楽しんでいた俺の前で、マルコは頭を下げた。
「モーガンの悪事も暴けたことだし許してやりたいところではあるが、罰はちゃんと考えておいたぞ?」
緊張の面持ちで俺の言葉を待つマルコ。唾を飲み込み冷や汗が滲む。
「ミアに優しくしろ――とは言わない。せめて対等の立場を維持することくらいできるだろ? それをお前への罰としようじゃないか」
マルコは目を丸くした。
「そんなのでいいのか?」
「ああ。難しくはないだろ?」
ミアが食事の手を止めマルコに微笑みかけると、マルコは柔らかな表情を浮かべミアにもしっかりと謝罪し頭を下げた。
マルコがロバートと共に去って行くと、俺の周りに集まる貴族達。
ネストかバイスに助けを求めようにも、他の貴族の相手をしていて忙しそうだ。
ようやくミアと一緒に食事を楽しめるのかと思えばコレである。そもそも俺なんかと仲良くしたところでメリットなぞ何もない。だから話しかけて来るな!
そう思いながら愛想笑いを振りまいていると、1人の女性が会場へと現れた。
それが第2王女のグリンダであると知るや否や、場の空気が一変した。。
忘れ物でも探しているかの如くキョロキョロと視線を泳がせたグリンダは、俺と目が合うと胸を張りつつ近づいて来る。
それを見た貴族達は、ばつが悪そうに俺から離れていった。
俺にとってはある意味願ったり叶ったりだ。貴族達の相手をするより、グリンダを相手にしていた方が気を遣わずに済むのだから。
「九条。知っているでしょうけど私は第2王女のグリンダ。この私が直々に来てあげたわ。私の派閥に入りなさい」
「ふぁ? なんれれすか?」
テーブルに並べられている大皿の上からシュウマイのような物を口に運び、それを目一杯頬張った。
「リリーのところより待遇はいいはずよ。お金も女も用意してあげる」
それにピクリと反応してしまったのは悲しい男の
お金はどうでもいいが、女に興味がないわけじゃない。
だが、そんなことで首を縦に振るわけがないのだ。
「ふいまへん。お金はいらないれふ。ミアがいるんで女も間に合ってまふ」
俺がそう言うのにも訳がある。モーガンが連行された後、会場はうやむやになっていたミアに対する褒美の話になった。
国王がミアに望みを聞くと、ミアは俺と一緒にいられるのなら何もいらないと言ったのだ。
それには皆驚いた。それは子供らしくもあり、子供らしくない答えだったからだ。
年頃の娘だ。その場にいた貴族達は、艶やかな衣装や高価なアクセサリーの類など現実的な物を欲しがるのだろうと思っていたはず。
ギルド職員として働いているとは言えまだ子供。俺とミアが一緒に住んでいるという話は知っているのだ。
それは当然親子のような関係だと誰もが思っていた。親と子が一緒に住むのは至極当然。ならばそれ以外を望むのが普通。
しかし、ミアはその当然の権利を望んだのだ。
国王はそれを聞いて高らかに笑った。そしてミアに約束したのだ。
「そなたと九条を引き離すような事態になれば何時でも私にいいなさい」と。
ミアがそこまで言うのだ。俺がそれに応えずどうするというのか。
「あなた! 私が来てあげたのよ? これは名誉なことなの! わかってるの!?」
「頼んでないれふ」
「兎に角食べるのを止めなさい!」
「嫌れふ」
グリンダは怒り心頭といった様子で顔を真っ赤にしていた。この国にグリンダに逆らう愚か者はいないだろう。いるとすればそれは権力をしらない無知か、ただのバカだ。
俺は一介の冒険者であり、どんなに功績を上げようとも王族より偉くはなれない。
それでもグリンダの言う事を聞かなくとも許されるのは、俺が貴族でも一般人でもないからだ。
プラチナプレートの冒険者はギルドの最重要保護対象であり、不敬だからと簡単に罰することが出来ないのである。
グリンダの気持ちもわかる。非常識な俺なんかを派閥に入れたくはないだろう。しかし、権力誇示の為には必要な存在であり、第1王子のいない今がチャンスなのだ。
それを黙って見ているリリーではなかった。俺の隣にスッと並び、グリンダを強い視線で見上げる。
「お姉様、
「――ッ!?」
それは確実にグリンダの神経を逆なでした。だが、それはもっともな意見。
組織間の引き抜き行為は違法ではないが、あまりいい顔をされないのも事実だ。
それをグリンダはリリーの見ている前でやっているのだ。どれだけグリンダが焦っているのかは想像に難くない。
カーゴ商会からグリンダへの賄賂は途絶え、グリンダがアドウェールを説得したところで、正式な認可が下りた以上それが覆ることはない。
自慢の取り巻き貴族達はこの場には誰もおらず。圧倒的アウェー。
グリンダは歯を食いしばり、勝ち誇った表情を浮かべるリリーを見下ろしていた。
俺の隣ではミアが心配そうに顔を見上げていて、その反対側ではリリーが俺の手をわざとらしく握る。
酷く憤慨したグリンダは捨て台詞を吐くと、踵を返し去って行く。
「このロリコン野郎ッ!!」
それに伴い、氷のように冷たかった場の空気が解れたのはいいのだが、その去り際の一言が俺の心を深く抉ったのは言うまでもない。
ネストとバイスはゲラゲラと笑っていた。別に笑うなとは言わない。確かに面白かったのかもしれないが、王の御前だ。涙を流すほど笑うことはないじゃないか。泣きたいのはこっちである……。
その所為か、俺を見上げていたミアとリリーも委縮してしまっている。
恐らく、自分達が俺の傍にいたからだろうと自責の念に駆られているのだ。
「ごめんなさい、おにーちゃん」
「すいません……九条……」
「……いや……2人が悪いわけじゃ……」
ミアは俺の担当だ。近くにいて当然。リリーは俺を第2王女に盗られてはなるまいとプレッシャーをかけに来ただけ。
リリーが可愛いというのは認めよう。誰もが羨む権力と容姿。それに引かれる者も多いだろう。だが俺はそんな不純な理由で派閥に入ったわけじゃない。
王家や貴族にどれだけの派閥が存在しているのかは知らないが、その中でも1番知り合いが多く、ネストとバイスは信用に値する。そして、何よりリリーは俺とギルドが揉めていた時に助けてくれたのだ。
それだけの理由があるにも関わらず、第2王女は俺がロリコンだからリリーを選んだのだと勘違いしたのだろう。
少しでも調査すればわかるはずだが、それをしなかった。そこまでしなくとも引き抜ける自信があったのだ。
権力でもカネでも女でも動かない俺を動かすもの。それは性癖なのだと解釈されたのである。勘弁してくれ……。
恐ろしくて国王の顔を見ることが出来ない……。俺が不純な理由で派閥にとどまっていると思われていたら、殺されるのではなかろうか……。そう思うと食事も喉を通らない。
「おにーちゃん。顔色悪いけど大丈夫?」
「ああ……なんとか……」
それからというもの、俺に声を掛けようとする者はいなかった。哀愁漂う俺の背中が不憫に見えてしまったのだろう……。
パーティーが終わると俺達は使用人に連れられて、貴賓室へと招かれた。
「お疲れさまでした、九条」
そこに居たのはリリーとヒルバークだ。
リリーは俺の心情を察してか申し訳なさそうに縮こまっていた。直接ここへ来たのだろう。その恰好はドレスのまま。
「ええ、ホントに疲れました。暫く休暇を頂きたいくらいですよ」
俺がわざとらしく肩をすくめると、遠慮がちにクスクスと笑うリリー。
「王女様の方はどうでしたか? 第2王女を見返すことは出来ましたか?」
「ええ、これ以上ないくらいスカっとしました。……でもあまり気分の良いものではありませんね……」
両手を胸のあたりで握り締め、晴れやかな笑顔で答えるリリーだったが、その笑顔も最後にはなくなっていた。
それには俺も同意である。たとえリリーが国の実権を握っていたとしても、理不尽に人を傷つけるようなことはしないだろう。
リリーは優しき王女だ。常に周りのことを考え、手を差し伸べようとしてくれている。
ネストが重傷を負ったと聞いた時も、城を出てまで迎えに来たのだ。同じような状況に陥ったとしても、恐らくあの第2王女はそこまではしないだろう。
「九条のおかげで全て上手くいきました。ありがとうございます。これでお姉様も、少しは大人しくなってくだされば良いのですが……」
「どーでしょうねぇ。無理な気がしますけどねぇ」
後ろから聞こえたのはネストの声。バイスとウォルコットを連れ、いつの間にか扉の前に立っていた。
「まあ、後はやり返されないようちゃんと見張っておかないとな。ヒルバーク、頑張れよ?」
「もちろんです!」
バイスに発破をかけられたヒルバークは胸を張り、自信ありげに大きく頷いて見せる。
その後は今後の予定など話し合っていた。といっても俺とミア、それと従魔達は村へと帰るだけ。後のことは貴族組に一任した。
その日は王宮の貴賓室にて一夜を明かす。聞くとネストもバイスもここに泊まったことはないと言っていた。
さすが王宮の貴賓室だ。ネストの家よりも豪華なのはいいのだが、なんというか豪華すぎて気を使ってしまう。どこを見てもキラキラと輝いていて落ち着かない。
ミアは喜んでいたが、綺麗すぎて汚せないと思うと気が気ではない。やはり俺には庶民が似合っているのだ。
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