第143話 友との別れ
翌日。ネストの屋敷へ戻ると、俺達が村へと帰る為の準備が進められていた。
大型の幌付き馬車が6台。86匹の従魔達も一緒に乗るのだが、来た時とは違い2台増えていた。
その2台には金貨8000枚と従魔達の飼料30袋が積んである。
ギルドにそのことを伝えに行くと、迷惑を掛けた詫びだと従魔用の飼料を押し付けられたのだ。
恐らく1袋10キロ入り。それが30袋だ。重すぎる。
「これには毒は入ってませんから! 大丈夫ですから!」
「いや、そういうことじゃない! 重いっつってんだろ!」
ロバートに半ば強制的に持たされたそれが、場所を圧迫していたのだ。
「じゃぁ気を付けて帰ってね。また何かあれば呼ぶわ」
「いや、呼ばないでください」
「またまたぁ、九条ったらぁ」
「結構マジで言ってるんですけど……」
ネストとバイス、それと使用人達に礼を言って別れの挨拶をすると、馬車は一路コット村へと走り出す。
空は快晴。ガラガラと音を立てて進む馬車は、やはり貴族達の物と違って乗り心地はあまり良くない。しかし、それを補って余りあるほどのモフモフのクッション達。これは最早、動くベッドといっても過言ではあるまい。
さすがに金貨8000枚を運んでいると思うと気も引き締まるものだが、何かあっても俺より従魔達の方が先に気付くだろうし、馬車の幌にかけてあるのはプラチナプレート。滅多なことでは襲われないだろうが、それでも何度か襲われている手前、気が抜けないのも事実。
時々は御者台へと移動し様子を窺いながらも、現在はスタッグとベルモントの中間辺りを走っているといったところである。
そこでミアが何かに気が付いた。
「あっ! おにーちゃん。お酒買った?」
「ん? 買ってないけど、それがどうした?」
「カイルさんのお土産……」
「あっ!!」
俺が驚きの声を上げると、気になった御者が荷台に顔を覗かせる。
「お客さん、何かありましたか?」
「ああ、いや、なんでもないんだ。気にしないでくれ」
馬車の中には4匹の魔獣。中が荒らされないかと神経質になっているのか、御者はちょっとしたことでも振り返る。
魔獣の鋭い爪で馬車内を傷付けられたらと思うと、気が気ではないのだろう。
「どうするの? おにーちゃん」
「しょうがない。ベルモントに寄って適当に何か買おう。どうせ味なんかわからんだろ……。スタッグで買ったってことにしよう……」
「カイルさん可哀想……」
「まあ、何も買わないよりはいいだろ」
「じゃぁ、そこでコクセイともお別れだね……」
「……ああ、そうだな。ありがとうなコクセイ」
丁度寄りかかっていたコクセイの首筋に手を伸ばし、ゆっくりと撫でる。
進化したコクセイの首回りはライオンの鬣のように毛が長く、手のひらがすっぽりと埋まってしまうほどだ。
「何を言う九条殿。礼を言うのはこちらの方だ。人間共に追われることもなくなり、
名残惜しいが、別れの時は刻一刻と迫っていた。もう会えないということはないだろうが、やはり別れは淋しいもの。
それは仕方のないこと。元々、問題が解決すれば帰るという条件だった。獣達には縄張りもある。人とは住む世界が違うのだ。
ベルモントの街が近づくにつれ、その思いも強くなる。
「本当にこんなところで休憩するんですかい? もう少しでベルモントの街までいけると思いますが……」
「ああ、少し思うところがあってな。今日はここに泊ろう。野営の準備をしてくれ」
まだ夕陽は落ちていなかったが、その日は早めに足を止めた。急げばベルモントの街に着くことは可能だったにもかかわらずだ。
御者達は宿屋に泊りたかっただろう。申し訳ないことをしたと思ってはいるが、今日だけは俺の我が儘に付き合ってもらった。
少しでも長くコクセイと過ごしたかったからだ。
その日、俺とミアは馬車の中でコクセイを抱きながら眠りについた。
ベルモントから少し離れた森の中、俺とミアは寄って来るウルフ達を1匹ずつ順番に撫でていた。握手の代わりである。
笑顔を浮かべるミア。しかし、それは口元だけ。目には涙を溜め、それを流すまいと眉間にシワを寄せ必死に耐えていたのだ。
「九条殿には色々と世話になった、この恩は必ずどこかで返す」
「気にするな。元気でな」
「バイバイ、コクセイ」
そして訪れる別れの時。嬉しそうに森を駆けて行くのかと思いきや、コクセイ達の背中はどこか淋しそうでもあり、足取りも重そうに見えた。
「よし、俺達も行こう」
「……うん……」
歯切れの悪いミアの返事。森を後にし、馬車に乗り込もうとした刹那。遠くからウルフ達の遠吠えが聞こえ、振り向いた。それが彼等なりの別れの挨拶なのだろう。
――さらばだ、友よ。これは今生の別れではない。この別れがいつかの再会に繋がることを夢見て、今は前へと進むのだ……。
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