第144話 我が家
コクセイの一族と別れ、その余韻を引きずりつつも、ベルモントの酒屋で土産用の酒を選んでいた。
スタッグ産ではないのが玉に瑕だが、カイルは別にグルメというわけではない。恐らく飲めればなんでもいいのだ。
「ミア。どれならスタッグ産と言ってもバレなそうだ?」
「えぇ……。お酒なんか飲んだことないからわかんないよ……」
「だよなぁ……」
こちらの世界の酒の知識は皆無である。仕方ない。こうなったら適当に高そうな酒を購入しよう。
それなりの値段なら、たとえバレても文句は言うまい。
「オヤジ。これをくれ」
「ありがとうございます。いかほどご用意致しましょうか?」
「全部だ」
「……は?」
「この樽をまるごと頼む」
ここの酒屋は量り売り。大きな樽に入った酒が棚にズラリと並べられ、そこから蛇口のような物を捻り、自前の容器に好きなだけ入れるというシステムだ。
しかし、酒を入れる容器を持っていない。ならば樽ごと買えばいいだろうと考えたのだ。カネならある。
「お客さん、冗談はほどほどに……」
俺の恰好はどう見てもお金持ちにはみえない。酒を樽で買っていく大口の客なんて貴族か飲み屋くらいなものだろう。
店主から見れば冷やかしのようにも見えるはず。
ジロジロと値踏みすような視線を向ける酒屋の店主であったが、それは俺の胸の辺りでピタリと止まる。
恐らくは見たことがないだろう輝きのプレート。それは冒険者の最高峰たる証。
「――ッ!? もっ……申し訳ございません。すぐにご用意致します!」
店主が奥からゴロゴロと転がして来た樽は、恐らく新品未開封の物だ。
内容量は不明だが、正月にやる鏡開きで使う酒樽より大きく、ドラム缶より少し小さい位だから、おおよそ150リットルくらいだろう。
その酒樽を言い値で買い取ると、店主はそれを馬車に乗せるのを手伝ってくれた。 コクセイ達と別れ、丁度開いてしまっていた馬車にそれを乗せ、酒屋の店主に見送られつつコット村へと馬車を走らせたのだ。
「九条殿、我らもここらでお暇させていただく」
コット村へと近づくとワダツミが別れを告げ、白狐も重い腰を上げた。
「おや、なら私達もそろそろだな……」
2匹の魔獣が立ち上がると、別れの挨拶とばかりに俺とミアに頬ずりを求め寄り添う。
「ワダツミも白狐も、ありがとうな」
「いやなに。これくらいなんてことはない」
「元気でな」
ワダツミと白狐は会おうと思えば何時でも会える距離なのだが、コクセイとの別れが尾を引いてしまっているのか、車内は妙にしんみりとしていた。
2匹の獣は走り続ける馬車から飛び降りると、仲間を連れ森の奥へと帰って行く。
ミアはその後ずっとカガリを撫でていた。まるで別れの淋しさを紛らわせるかのように。
紅く染まっていた空が紫へ、そして次第に暗がりへと飲み込まれた空は、地平線の先に見える淡くぼやけた光をより際立たせていた。
松明の炎が燃え盛る村の入口。『プラチナプレート冒険者の住む村! コット村へようこそ!』の看板が見えて来ると、帰ってきたという実感が湧いて来る。
その看板の隣。村の西門から手を振っているのはカイルだ。俺達の帰りを誰よりも先に気付いたのだろう。
狩猟適性持ちのカイルがトラッキングスキルを用いれば、魔獣のカガリに逸早く反応を示すからだ。
「おかえり。九条、ミアちゃん」
「ああ、ただいま」
カイルは俺達が帰ってきたことを喜んでいると言うより、お土産の方が気になっているみたいだ。
俺達よりも後ろの馬車の方に目線が泳いでいた。
馬車の一団が村のギルドの前で停止すると、ギルドからはソフィアが迎えに出て来ていた。
「九条さん、ミア。おかえりなさい。大変だったそうですね」
「ただいま、支部長!」
「ただいま帰りました。報告はどうします?」
「荷下ろしの後で大丈夫ですよ。今日はもうギルドは閉めちゃいますので」
「すいません。ではそうします」
ソフィアは、ギルド本部からの連絡である程度の出来事は知っているようだ。
カイルが村の門を閉め、小走りで駆け寄って来ると、従魔用飼料の積み下ろしを手伝ってくれた。
「これはどこに運ぶ?」
「ひとまずギルド前に積んでおいてくれ」
「九条の旦那! コレは何処に?」
御者の男が指差したのは、金貨の入った複数の革袋だ。
「そうだ、ソフィアさん。ギルドってお金を預けておけるんですよね?」
「ええ、大丈夫ですよ。いかほどですか?」
「じゃぁ、金貨で3000枚ほどお願いします」
「「さ……3000!?」」
「あ、支部長。私は5000枚でお願いします」
「「ご……5000!?」」
金貨が1000枚あればそこそこ立派な家が建つ。この日より村1番の金持ちはミア、そして俺が2番目だ。2人が驚くのも無理もない。
結局、従魔用の飼料の置き場は自分の部屋にはなく、ソフィアには申し訳ないが、またしてもギルドの部屋を借り、其処へ一時的に保管しておくという形になった。
「九条、この樽は何処に持って行きゃいいんだ?」
「ああ、そうだ。それはカイル用の土産だ。是非受け取ってくれ」
「マジかよ! これ全部か!? さすが金貨を3000枚も持って帰ってくる男はやることがちげぇや!」
カイルは酒樽にキスすると、それをゴロゴロと転がしながら嬉しそうに食堂へと運んでいく。
「ん? 持ち帰らないのか?」
「何言ってんだよ。今から飲むに決まってんだろ? 九条達も晩飯はまだだろ? 荷下ろしが終わったら一緒に呑もうぜ」
「そうだな。そうするか」
ふと笑みがこぼれた。誰にも気を遣う必要のないこの雰囲気の方が、俺には合っているのだろう。
貴族位の話を蹴ったのは勿体なかったかな? とも思っていたが、そんな考えはすぐに消えた。
張り切るカイルと、荷下ろしを手伝ってくれた御者達へのせめてもの礼として晩飯を御馳走する。
カイルの土産に買った酒は高いだけあって美味かった。そしてカイルはそれをベルモントで買った物だとは気付かなかったのである。
「九条、あんまりデカイ声で騒ぐなよ?」
「なんでだ?」
「村の奴にバレたら全部なくなっちまうだろ!」
確かに大宴会になれば、この大きな樽も一晩でなくなってしまうだろう。
結局、土産の酒はその場にいた者達で分け合いながら、小さな宴会を楽しんだ。
飯が終わると、酒が入った所為かギルドへの報告も忘れ、俺とミア、そしてカガリは自分の部屋で泥のように眠ったのだ。
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