第141話 投獄のモーガン
第2王女であるグリンダは耳を疑った。何故九条がカーゴ商会との断絶を望むのか。九条とは何の関係もないように思えたからだ。
だがそれはリリーの差し金なのだろうと推測した。九条はリリーの派閥に入っているのだから。
こんな無駄な式典に顔を出してやったのにも拘らず、その恩を忘れ姉に逆らうなど愚の骨頂だ。
グリンダが式典に顔を出したのは九条を手に入れる為。受勲が終われば、すぐに派閥の部下を向かわせて引き抜く手筈だった。
先程からリリーの姿が見えないのはグリンダにとって好都合であったが、こんな展開になろうとは誰が予想していただろうか。
「ううむ……。九条、それは出来ぬ。わからぬかもしれぬが、王宮では毎日何百という品を取引している。それを止めることは出来ぬのだ。それなりの理由が無ければ……」
グリンダはニヤリとほくそ笑む。
取引を止めることになれば、困るのはカーゴ商会ではなく王宮。出来るはずがない。
「恐れながら陛下、理由ならあります。カーゴ商会は自分の従魔達を殺そうと暗躍しておりました。そんな者達がいる国には安心して住むことなぞ出来ません。自分は国を捨てる覚悟で進言致しております」
会場内がどよめきに包まれる。プラチナプレート冒険者が国を捨てる。それがどれだけ重要なことか、わからぬ者はいない。
「
「お父様! それは妄言です! カーゴ商会がそのようなことをしたなどと世迷言を……。……そうですわ。ここにカーゴ商会の者がおります。直接聞いてみればよいのです。モーガン!」
グリンダに呼ばれ、その後ろからすごすごと姿を見せたモーガンの顔には生気が感じられなかった。自分の行いが九条に気付かれていたからだ。
計画は完璧で、マルコの口止めもした。たとえ失敗しても気づかれることはないはずだった。
視線を落とし、ぶるぶると力なく震えるモーガン。普段であればたとえ窮地であったとしても、巧みな話術で見事に弁明して見せることが出来た。
だが、今は国王の御前である。極度の緊張状態。それにカーゴ商会の命運が自分に懸かっていると思うと、足が竦んでしまっても不思議ではない。
その挙動不審な動きは、誰がどう見てもコイツやったな? とわかるほど。
「その方をカーゴ商会の代表として問おう。カーゴ商会が九条の従魔達を殺めようとしていたのは事実か?」
「陛下の御前よ。嘘偽りなく答えなさい」
モーガンにそれだけ信用を置いているのだ。グリンダの発言は、最早敵なのか味方なのかわからない。
「め……滅相もございましぇん。そ……そのような話、じ……じじじ事実無根でござ……ございましゅ……」
その応答は酷いとしか言いようがない。
たとえモーガンの目論見が九条にバレていたとしても、認めるわけにはいかなかった。認めてしまえばそれが商会に与えるダメージは計り知れない。
すると突然会場の扉が軋み、ゆっくりと開かれた。
全員の意識がそちらに向くと、そこに立っていたのは第4王女のリリーと2人の男。
その2人はリリーを先頭にレッドカーペットを進むと、九条達の後ろで足を止めた。
「リリー。その者達は?」
「お初お目にかかります陛下。わたくしはギルド支部長を務めておりますロバートと申します」
「同じく職員のマルコです」
ロバートとマルコは王の前で跪き、頭を下げるとリリーの説明を待った。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
突然の情けない悲鳴に注目が集まる。その出所はモーガンだ。
マルコが姿を現した。それは全てを見抜かれているのと同義である。
モーガンは瞬時に事の重大さを理解し、逃げ出したのだ。
皆唖然としていた。咄嗟のことで護衛の兵達も反応出来なかった。
国王に向かって来る者なら問答無用で捕らえるのだが、逃げて行く者へはどう対応していいのか判断に迷ったのだ。
モーガンはそのまま王の間を飛び出すと、廊下を曲がり姿を消した。
「追いなさい!」
リリーが声を上げ、皆がハッとなった。兵達がわちゃわちゃと慌てて動き出すと、それを止めたのは九条である。
「自分が行きましょう」
4匹の魔獣達が風のように駆け出すと、すぐにモーガンを咥えて戻ってきた。
咥えていたのはコクセイ。宙吊りのモーガンは観念したかのように大人しかった。
モーガンは国王の前で正座していた。誰がやれと言った訳ではない。自分から進んでしているのだ。
「申し訳ございませんでした! わたくしめが独断でやったことです。商会は関係ありません。なにとぞ、なにとぞぉぉぉ」
そんな謝罪が通用するほど甘くはない。モーガンは王に沙汰を言い渡されると、その罪により投獄となり連行された。
両脇を兵に抱えられ、連行されて行くモーガンの必死の謝罪も無駄に終わり、その声も聞こえなくなった頃、会場では微妙な空気が流れていた。
ロバートとマルコは、お互い顔を見合わせ困った様子。
それもそのはず。リリーが連れて来た2人はモーガンのしたことを証言しに来たのだが、モーガンはマルコの姿を見てあっさりと自白し、結局マルコは一言も口にしてはいないのだ。
リリーが連れて来たこの2人は一体何をしに来たんだろう……? と、誰もが不思議に思う中、その空気を元に戻したのはアドウェール王であった。
「すまなかった九条。カーゴ商会の悪事を見抜けなかったのは王である私にも責任がある」
「陛下、お止め下さい。陛下には何の落ち度もありません」
国王は頭を下げる必要などない。そんなことをすれば他の貴族達に示しがつかないからだ。
だが、アドウェールはそれを知っていて頭を下げた。プラチナプレート冒険者を手放すことになってしまえばその損害は計り知れない。しかし、それは上辺だけの問題。
そんなことよりもアドウェールは、九条がリリーの拠り所になればという淡い期待を抱いていたのだ。
「しかし、カーゴ商会との契約を打ち切るとなれば、我が王宮も立ち行かなくなる……」
それは公然たる事実だ。九条の願いを叶えるには、カーゴ商会と同量の取引を任せられる組織を探し出さねばならない。
「お父様。それなら心配いりません」
リリーが振り向くと、貴族たちの中から1人のスーツの男が前に出る。
「陛下。その取引、是非わたくし共にお任せください」
「そなたは?」
「お初お目にかかります。マイルズ商会会長のウォルコットと申します」
笑顔で頷いて見せるリリー。アドウェールにはそれだけで十分だった。
「……よかろう。カーゴ商会との契約を打ち切り、代わりをマイルズ商会に任せよう!」
「ありがたき幸せにございます」
ウォルコットは深々と頭を下げ、第4王女派閥の貴族達は歓声を上げる。
それを不躾な目で見ていたのは、第2王女のグリンダだ。
妹に裏切られ、煮えくり返りそうなはらわたを必死に抑えていた。
「フン。行きますわよ」
グリンダはそう声を掛けると王の御前にも拘らず、派閥の貴族達を引き連れ会場を出て行ってしまった。
誰もそれを止めようとはしない。アドウェールから見ればグリンダもリリーも可愛い我が子。しかし、傲慢に育ってしまったグリンダには手を焼いていた。
ふとアドウェールの表情が陰るのをリリーは見逃さなかった。その親心をリリーはちゃんとわかっているのである。
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