第129話 うやむや登録
従魔登録試験は中止。ギルドの応接室へと場所を変え、今後についての話し合いが始まった。
片方のソファには俺とミアとネストが座り、テーブルを挟んで反対側にはロバート。
80匹にも及ぶ獣達に睨まれているロバートは居心地が悪そうだ。
あの後、ネストは瞬時に状況を把握し人払いをした。倒れていたマルコは別の職員が本部の医務室へと運び、俺がネストに事の発端を話した。
「申し訳ございません。九条様。マルコが悪いのか、それとも飼料を扱う業者が悪いのかは今はまだ判別出来ませんが、ギルドにも責任の一端はございます。深くお詫び申し上げます……」
ロバートはその場で深く頭を下げる。
だが、マルコが悪いのは明白であった。カガリがマルコの嘘を見抜いたのだから、少なくとも毒が混入していることは知っていたのだ。
「ネストさんはどう思います?」
「まあ、十中八九マルコの所為でしょうね」
「いや、まだ決まった訳では……」
「ロバート。あなたが職員を庇いたい気持ちはわかるけど、もうそう言う次元の話じゃないわ。この際ハッキリと言って首を切った方が良い。九条の従魔試験を見ていた人達は絶対口外するわよ? ここであなたがハッキリしないと損害を出すのはギルドでしょ? わかってるの?」
「……まずは調査をさせていただいて、その結果で判断させてください……」
「ホント甘いわね……」
ロバートは頭を下げたまま小刻みに震えていた。
信じていた部下に裏切られたと思っているのか、それとも保身を考えているのか……。
「マルコの処分方法はギルドに任せます。ソフィアさんの時のように俺が罰を下していいなら言ってください。ウチのウルフ達が喜んで食うでしょうから」
それを聞いてロバートは慌てて顔を上げる。その顔は真っ青、目には涙を溜めていた。
「九条様。お怒りはごもっともですがそれだけは何卒……」
「冗談ですよ。本気にしないでください」
だが、ロバートの顔色が戻る事はない。
「で? 九条の従魔申請はどうするの? 試験してたんでしょ?」
「それは全て合格ということで大丈夫です」
「最後のテストが残っていましたけどいいんですか? カガリは俺の知らない内に登録されていたようだから、今回は真面目にと思ったんですが……」
俺がネストに視線を向けると、ネストはすぐに視線を逸らす。
カガリを王都に入れる為従魔登録したのだろうが、それは俺に無断でやったことだ。怒ってはいないが、せめて一言あっても良かったのではなかろうか。
「問題ありません。最後の試験は使役している従魔が、主人の危機に自発的に行動できるかが焦点の内容でした。私が九条様を止めようと試みた時、この2匹の従魔は私の前に立ち塞がったのです。それだけで十分でしょう」
ロバートの顔色は相変わらずだが、その場で立ち上がると申請書類とプレートを持ってくると言って一時的に退室した。
待っている間、ミアは隣のカガリを。ネストは幸せそうな表情でウルフ達を撫でていた。
俺はそれに何か違和感を感じたのだ……。ジッとネストを見つめ違和感の正体を探していたのだが、ネストはそれに気が付くと恥ずかしいのかほんのりと頬を赤らめる。
「どーしたの九条? 私の顔に何か付いてる?」
「いや……。何か違和感が……。あっ、髪切りました?」
「切ってないわよ……」
女性から感じる違和感と言えばそれくらいしか思いつかなかったが、違ったようだ。
ネストは貴族だというのに、今日は冒険者スタイル。テーブルに立て掛けてあるのはアストロラーベというネストの家に古くから伝わる杖。
どこからどう見ても魔女にしか見えない黒いローブに三角帽。ローブの黒が長い赤髪をより一層鮮やかに魅せている。
その髪がふわりと靡くと、ほのかに香る香水がその美貌を際立たせて――いなかった。
「わかった。香水をしてないんだ!」
ネストは香水の所為でカガリからは毛嫌いされていた。しかし、今はウルフ達を嬉しそうに撫でている。ウルフ達だってカガリに負けず劣らず鼻はいいはずだ。
「よくわかったわね。香水つけるの止めにしたの」
「どうして?」
「カガリに限った話じゃないけど、私ってあまり動物に好かれないのよね。それを考えていたんだけど、もしかしたらと思ってね。でも私の考えは当たってたみたい」
そう言いつつ、目の前にいるウルフを両手でわしゃわしゃと豪快に撫でまわすネスト。
折角のネストとの外交カードが1枚なくなってしまい、非常に残念である……。
「お待たせしました」
ロバートが戻って来る。左手には紙の束、右手にはアイアンプレート。恐らくどちらも85匹分あるのだろう。右手はその重さに耐えきれず、プルプルと震えていた。
「こちらの申請用紙には九条様のサインをお願いします。そのサインを確認しましたらプレートと交換となりますので……」
「え? もしかしてコレ全部に書かないとダメ?」
「もちろんです」
こんなに時間が掛かるとは思わず、先に飯を食っておけばよかったと後悔する。
だが、これが終われば晴れて獣達は自由の身だ。ラストスパートだと思い気を引き締めつつも、目の前に置かれた紙の束を半分に分け、それをネストに差し出した。
「折角だから手伝ってくれ」
「え? 嘘でしょ?」
俺とネストは申請用紙にサインを綴り、それを書き上げるごとにミアがロバートから手渡されたプレートを獣達の首に掛けるという流れ作業。
その作業は夕刻にまで及んだのだ……。
「「終わった……」」
「お疲れ様、おにーちゃん。ネストさんも」
最後にワダツミ、コクセイ、白狐の分のプレートを首に掛けると、ようやく従魔の登録作業を終えた。腱鞘炎になるかと思ったほどだ。
「はい、確認しました。これで85匹全ての登録作業は完了です」
ロバートはサインされている紙の束を持ち上げ、それをテーブルでトントンと揃えると最後に深く頭を下げた。
「九条様、本日は誠に申し訳ございませんでした。調査の結果が出次第、すぐに報告させていただきますので、今暫くお待ちいただけたら幸いでございます」
俺が頷くのを見て更に一礼すると、ロバートは哀愁漂う背中を向け去って行った。
「あー、腹減ったー」
「私もー」
俺とミアは2人でソファに倒れ込む。その様子を見てネストはクスクスと笑っていた。
「お昼ご飯まだだったの? もう晩御飯になっちゃうけど折角だしウチで食べて行く?」
「行くー!」
ミアはネストに世話になる気マンマンだが、そういうわけにもいかないだろう。
ネストは親切で言ってくれていると思うが、別に金がないわけではない。出来るだけ迷惑は掛けないようにしなければ。
「いや、遠慮しておきます」
「ええー、なんでぇー……」
ミアの気持ちもわかる。ネストんちの飯は死ぬほど美味かった。さすが貴族と言うだけはある。
俺達だけ飯を食って獣達を待たせておくのは可哀想だし、その分も用意してくれなんて図々しいことは言えない。
その辺の露店で旨そうなものを買い漁り、馬車の中で皆で食べればいいじゃないか。
ミアは俺をじっと見つめている。ねっとりとした粘りつくような視線。それに気付かないフリをして、丁重にお断りする。
「気持ちだけ受け取っておきます」
「そう? まあ、無理にとは言わないけど……」
「……」
俺の気を引こうと袖をグイグイと引っ張るミアだが、俺の決意は固い。
だが、それも時間の問題だ。このままではミアのおねだりに屈してしまう。ネストに何か別の話題を振り、気を逸らさなければ……。
「そ……そういえばネストさんはなんでギルドに? 何か依頼を探しに?」
その一言でネストは何かを思い出したのか、みるみるうちに顔が青ざめていく。
「やば! 忘れてた!!」
ネストは急にその場で立ち上がると、ゴッ!っと大きな音がして目の前のテーブルが大きくズレた。
「――ッ……」
テーブルに膝を強打し悶絶するネスト。
しかし、その痛みに耐えたネストは再び立ち上がると、俺の手を取り走り出した。
「九条! 一緒に来て!」
「え? ちょ……なんですか!?」
ネストに手を引かれギルドの外へ出ると、待機していた馬車へと乗り込む。
「この馬車九条のでしょ? ちょっと借りるわね」
ネストは御者から手綱を奪うと、ミアと従魔達が乗り込んだのを確認したうえで、馬車を急発進させたのである。
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