第128話 人の怨みを買うという事

 ロバートは不安げな表情で視線を泳がせていた。


「もう試験は始まっていますが、命令せずともよろしいのですか? 試験内容を聞き損じてしまったのなら、もう1度説明致しますが?」


「ん? ああ。大丈夫なはずなんだが……」


 獣達は理解しているはずだ。なのだが、隣同士お互い顔を見合わせ困惑しているといった雰囲気で、食べようとはしない。

 ミアも心配そうに俺の顔色を窺う。


「どうした? 食わないのか? 食っていいらしいぞ? 半分だけだが……」


「どうしても食べなければダメか?」


「ん? 何か問題でもあるのか? 匂いとか?」


 獣達が匂いに敏感なのは知っている。なので、そういう理屈ならば納得もいくと考えていたのだが、どうやらそうではない様子。

 白狐、ワダツミ、コクセイの3匹は顔を見合わせ頷くと、ワダツミが申し訳なさそうに口を開いた。


「九条殿が食えと言えば食うが……。仲間達はきっと食えない……。我らのように毒に耐性はないのだ」


「――ッ!?」


 一瞬で理解した。ふと横を見るとマルコの不敵な笑みは消え、どこか焦りを感じているようにも見えたのだ。

 それだけなら疑いだけで済んだ。だがマルコはこちらを一瞬見て、目を逸らしたのである。先程までは目が合っていようと構わず睨み続けていたクセに。

 証拠はないが、そんなことはどうでもよかった。間違ったら謝ればいい。

 マルコに駆け寄り胸ぐらを掴む。

 突然の事態に騒がしくなる訓練場。恐らくは俺が乱心したようにも見えたはずだ。


「お前! 餌の中に毒を入れたな!?」


「言いがかりだ! 僕は知らない! なんの根拠があって……」


「カガリ! どっちだ!」


「嘘です」


 そのままマルコを押し倒し、上から押さえつける。


「ぐわっ!」


 背中から勢い良く倒れたマルコ。

 俺を止めようと駆け寄るロバートの行く手を阻んだのはワダツミとコクセイ。


「ひぃ!」


 2匹の魔獣から威嚇され鋭く睨みつけられたロバートは、悲鳴を上げ後退る。


「ロバート! この試験には毒の耐性を調べる内容も含まれているのか!?」


 マルコからは目を離さず、声を荒げる。


「そ……そのような内容は、ふ……含まれておりません」


「毒なんか入ってない! 何かの間違いだ! 離せ!」


 バタバタと藻掻き脱出を試みるマルコだが、事務仕事しかしていないであろうヒョロガリに俺が力で負けるはずがない。


「じゃぁ、食ってみろ」


「じ……従魔用の飼料なぞ食えるわけないだろ!」


「食えるさ。毒は入ってないんだろ? お前が食って異常なければ詫びとして俺も食ってやるから安心しろ」


 カガリがゆっくりと近づき、俺の代わりにマルコを抑える。


「だずげで……づぶれる……」


 前足一本だ。それがマルコの胸をそっと押し付けているだけ。にも拘らずマルコの両手はそれを持ちあげられず、バタバタと藻掻く。

 俺は隣に置いてあった飼料袋に手を突っ込み鷲掴みにすると、ザラザラと零れ落ちるそれをマルコの口に捻じ込んだ。


「う゛ぇ! ぺっぺっ……」


 勿論それは吐き出される。だが、そんなことで諦めるわけがない。

 メイスの柄をマルコの口に無理矢理に突っ込む。それは口を閉じさせないようにする為のつっかえ棒。何本か歯が折れたようだが、気にするものか。

 そして情けなく開けっぱなしになっている口の隙間に飼料を捻じ込んでやった。親切に喉の奥まで。ツバメの親鳥がヒナに餌をあたえるようにだ。

 そしてマルコはそれを飲み込んだ。ゴクリという喉の音がやけに大きく聞こえ、口のメイスを引き抜いた。

 即効性の毒ならすぐに。遅効性の毒なら、効果が表れる前に自分の魔法で解毒するだろう。

 だが従魔登録を邪魔する目的であるのなら、即効性の物を入れるはずだ。


「カガリ。放してやれ」


 カガリが離れるとマルコはゆっくりと起き上がる。


「九条! 貴様……ウッ!……」


 マルコが何か言おうとしたが、言い切る前に口を押さえる。

 逆の手がプレートを掴むも、口を開けると出て来たのは声ではなく嘔吐物だ。

 耐えきれず四つん這いになるもそれは止まらず、ついには倒れ痙攣が始まった。

 場内は静まり返っていた。誰もが目の前で起きていることをただ見ていることしか出来ない程の衝撃。


「治してやれ」


 その言葉に我に返ったギルド職員の女性がマルコに駆け寄り魔法をかける。


「【治療術(毒)キュアポイズン】!」


 白目を剥いて横たわるマルコを癒しの光が優しく包み、徐々に痙攣は治まっていく。

 毒は癒えたようだが、意識は戻っていなかった。


「ロバート、どういう事だ。説明しろ」


「いえ、私にも何がなんだか……」


 ロバートの答えにカガリは首を横に振った。それは嘘を付いていないということ。

 支部長ともあろうものが、それを容認するはずがない。

 しかし、目の前の出来事から従魔用飼料に異物が混入していたことは明白だ。

 ギルド職員が冒険者の従魔を殺めるなんてことがあっていいはずがない。

 確かにマルコはロイドの担当で、俺を嫌っているのだろう。正直に言って、俺が他人にどう思われようと心底どうでもいい。好きなだけ嫌ってくれて構わない。

 ガキの喧嘩を買うほど子供じゃないが、これは許される範囲を大きく逸脱している。


「おいおい、マジかよ……。毒入りだとよ……」


「え……私の従魔、ギルドの専用飼料与えてるんだけど……」


 周りの冒険者達からはギルドへの不信感が募る。

 ギルドでそんな噂が立とうものなら、本部からの責任追及は免れない。ロバートはマルコを叩き起こそうとするも、まるで起きる気配はなかった。


「申し訳ございません九条様! まさかマルコがこんな事をしでかすとは夢にも思わず……。普段はちゃんと仕事をする真面目な職員なんです!」


 それを黙って見降ろしている俺に気が付き、必至に言い訳を並べ立てるロバート。

 インタビューを受けた犯人の知人役でもやっているのかと思うほどそっくりな言い訳に、思わず苦笑する。

 マルコの業務態度なぞどうでもいいのだ。それはロバートがマルコの本心を見抜けなかっただけ。

 表面上しか見ておらず、マルコの裏の顔を知らなかっただけである。

 ロバートはいつまでも目を覚まさないマルコを諦め、俺の前で土下座しようと床に膝を突いた。その瞬間、訓練場の扉がバァンと勢いよく開かれる。


「九条が来てるって本当!?」


 そこにはネストが立っていたのだ。

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