第34話 それぞれの帰る場所

「九条さん。本当にありがとう……」


 涙ながらに俺の手を取ったのは村長だ。その後ろには、老人会の面々と村人達。

 これまでの経緯は、武器屋と防具屋の先代に聞いたらしい。


「いえ……。それよりも村の共同墓地を荒らしてしまった。申し訳ない。ボルグに掛かっていた賞金は村へと寄付しますので、それで修復していただけると……」


「気にするな九条さん。ワシらは自分達の手で村を守ったのじゃ、それで十分満足しとるよ」


「いいえ。ダメです。しっかり修復させてもらいます」


 頑なに譲らない俺に対し、目を丸くする老人会の皆様。

 別に墓標には特別な感情が籠っているからとか、そういった精神論が理由ではない。

 ぶっちゃけてしまえば、それは口止め料なのである。俺の死霊術のことを黙っていてもらいたいのだ。

 ソフィアから、死霊術には使用するだけで罰せられる禁呪に該当するものが数多く含まれていると聞いていた。

 俺の死霊術は、確実に抵触しているだろう。そもそもの話、墓荒らしは犯罪なのだ。


「ま……まぁ、九条さんがそこまで言うなら……」


 俺の必死の形相にただならぬ気配を感じたのか、不服そうにしながらもなんとか首を縦に振ってくれた。


「さてと、そろそろワシ等の命も残り少ない。孫の顔を見たら天国に戻ろうとするかの……」


 それには何も言えず、皆が顔をしかめていた。


「これこれ。そんな暗い顔をするでないよ。九条さんのおかげでまたこうして会えたのじゃ。こんなサプライズ滅多にないわい」


「お゙どぉぉざぁぁぁぁん゙!!」


 武器屋の親父が泣きながら自分の父親に抱き着いた。子供というには成長しきってはいるが、その様子はまさに親子である。


「やめんか。いい歳して皆の前でみっともない……。はぁ……。子供はいつまでたっても子供じゃのぉ」


「急な呼び出しにも拘らず、協力してくださってありがとうございました」


「村に危機が迫ったら、またワシ等を呼び出すとええ。九条さんにならいつでも協力するからの」


「はい。その時は是非」


 死者達の代表として交わした握手は、少々冷たかった。


 それから1時間後。俺とミアは老人達と一緒に共同墓地へと向かっていた。魂を天へと帰す為である。

 時間ギリギリまで生かすという選択肢もあったのだが、役目は終えたと全員が解放を望んだのだ。

 自分の足で墓地へと向かって歩いていく老人達の後ろには、1人、また1人と参列者が増えていく。その様子はさながらハーメルンの笛吹き男。

 墓地に着くと、家族との最後の別れを惜しみながらも、自ら棺桶へと入っていった。


「じゃぁ、やってくれ。九条さん」


「はい……」


 袈裟ではないので違和感は否めないが、仕方がない。バサリと手術着を翻し、ゴツゴツの地面に正座する。

 ゆっくりと目の前で手を合わせ、合掌。そのまま目を瞑り、深く頭を下げた。

 そして読経を始めると、場の空気が一変したのだ。

 その声は低く、怪しい呪文のようにも聞こえる。それは念仏と呼ばれるもの。葬送の儀式である。

 死霊術で強制的に天へと返す方法もあった。しかし、それでは味気ない。礼には礼を尽くすという意味でも、ちゃんと送り帰そうと思ったのだ。

 俺はそれが力のある言葉なのだと知っている。父の背を見て育ってきたのだ。幾度となく行われる葬儀で、天へと帰っていく魂を見ていたのだから。


 闇夜に浮かぶ共同墓地。線香と焼香の代わりは、燃え盛る篝火の灯りだけ。

 その景色に皆が一様に息を呑んだ。

 恐らくは誰も見たことがないであろうそれは、独特な雰囲気を漂よわせつつも安穏であり厳かであった。

 魂が解放されると、作られた肉体は塵と消え、残されたのは白骨化した身体と蒼白の輝きを見せる魂だけ。

 その者達の声は、すでに俺にしか聞こえない。

 辺りに漂う無数の魂が俺の周りに輪を作ると、ゆっくり天へと昇って逝く。

 儚くも神秘的なその様子は、まるで天燈節てんとうせつのようにも見えた。


「きれい……」


 ――村を救った英雄達の旅路が心休まるものでありますように……。


 皆が空を見上げ、それを願い続けたのである。

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