第33話 ソフィアの本音と村の救世主

「おにーちゃーん!!」


 涙目のミアが両腕を広げ駆け寄ると、俺はそれを抱き寄せた。


「間に合ってよかった……」


「――ッ……」


 緊張の糸が切れたのか号泣していたミアは、何を言っているのかわからない。

 ミアなりに頑張ったのだろう。わんわんと泣いているミアの頭を撫でてやりながら「よく頑張ったな」と声をかけ、その温もりを肌で感じていた。

 ミアだけではない。後ろ足を引きずりながらも、カガリはその後を追うよう俺に頬を摺り寄せる。

 その力強さたるや、バランスを崩してしまいそうなほどだ。


「カガリも無事で良かった……。ミアを守ってくれてありがとう」


「主も、よくぞご無事で……」


「ああ。カガリが俺に気付いて、武器屋裏の穴をぶち抜いてくれたおかげで間に合った。恩に着る」


 未だ泣き止まぬミアを抱き上げ、周囲の状況を確認する。

 村の東側にはまだ負傷者がいるのだろう。ソフィアは俺と目が合うと一礼して、他のギルド職員と一緒に東門へと向かっていった。


「ミア。まだ魔力は残ってるか? できればカガリを治してやってくれ」


「わがっだ……」


 嗚咽にも似た声をなんとか絞り出したミアは、名残惜しそうに俺から離れると、なんとも酷い顔を見せた。

 肩に付いた鼻水が糸を引き、涙と土埃に塗れた顔。それが可笑しくもあり、愛おしくも見えたのだ。

 それもまた無事であったからこそであり、俺は深く安堵したのである。

 ミアはそんな顔を袖でゴシゴシと拭うと、カガリの治療を始めた。


 目先の脅威は去ったのだと確信した村人達は喜び、歓声を上げた。

 そしてよみがえらせた老人達は家族との再会を喜び、熱い抱擁を交わし涙していたのだ。


「九条殿。この度は誠に申し訳ないことをした。息子達を許してやってほしい」


 巨大な狼が俺を見下ろし、首を垂れる。

 とてつもない威圧感で、本当に謝罪しているのかと疑いたくなるほどだが、そもそもウルフ達は悪くない。


「操られていたんだから仕方ないさ」


「罪滅ぼし……になるかわからぬが、何か我らで出来ることがあれば言ってくれ」


「そうだな……。じゃぁ森のキツネ達と仲良くしてくれないだろうか? それと、村にも手を出さないでくれるとありがたいんだが……」


「承知した。……聞け! 我が息子達よ。今、この時から森のキツネ族と村には、一切の手出しを禁ずる! よいな!?」


「「御意!」」


 これで本来の目的である、キツネ達とウルフ達のいざこざは解消するだろう。

 カガリはミアの治療を受けながらも俺と目が合うと、恭しく頭を下げた。白狐にも良い報告が出来るはずだ。


「九条殿、我の命は後どれくらいだ?」


「日の出くらいまでだ。恐らく5時間が限度だろう……。すまない……」


「いいや、十分だ。我が恨みを晴らし、こうして息子達ともまた会えたのだ。これ以上求めるのは贅沢というものだろう……」


 長老は元々老体だった。死期が近いことは覚悟していたのだろう。

 ボルグの罠にかかり、死に場所を自分で選べなかったのが心残りなのだと語ったのだ。


「そうだ。心残りと言えばもう1つ。この中から次の族長を決めなければいかんのだ。本来であれば、1番の強者が族長になるのだが、今の我に勝てる者などいまい……」


 全盛期であった頃の長老を前に、パタパタと喜びを見せていたウルフ達の尻尾の動きはピタリと止まり、不甲斐なさそうに頭を下げる。


「そこで九条殿。そなたが息子達の中から選んではくれぬか?」


「は? なんでそうなる?」


「今の我は、そなたに生かされていると言っても過言ではあるまい。そうなると決定権は我ではなく、そなたにある」


「そうは言っても俺はウルフ族ではないし、そんなの誰も納得しないだろ?」


「いいや、するさ。どんな形であれ、我は一度敗北しているのだ。我が選ぶことは出来ぬ……」


 敗北した者には発言権はない。それがウルフ族の掟なのだろう。

 不本意とはいえ俺も元の世界で1回死んでるから、ある意味敗北者なんですけど……。とは口が裂けても言えない。

 しかし、やらないといけないことはまだまだあるのだ。皆には悪いが、適当に決めてしまおう。


「はぁ。文句は言わないでくれよ?」


 綺麗に並ぶウルフ達。強者を選ぶと言われても、見た目での違いなんてわからない。

 これは時間がかかりそうだ……と思っていたが、それは思いのほかすんなりと決まった。


「よし、次の族長は君だ!」


 俺はそいつをビシッと指さすと、指名されたウルフに注目が集まる。

 そのウルフは片耳が少し欠けていた。


「ほう、訳を聞いても?」


「彼が危険を冒してまで俺を助けてくれたんだ。牢の鍵がなければ俺はここにはいなかった。彼には未来を見据える力がある。それは族長としても重要なことだと思うんだが……。どうだろうか?」


 最後の方はもっともらしい理由を付けてちょっと脚色したが、間違ってはいない。

 そんな俺をジッと見つめている長老。正直怖いのでやめていただきたい。


「もしかして、ダメか?」


「あぁ、すまん。案外しっかりとした理由があって、驚いてしまったわ」


 長老は軽く咳払いをすると、俺が指名したウルフを真っ直ぐ見据える。


「オホン。よかろう。その勇気を称え、次の族長はお前とするとしよう」


 耳の欠けたウルフは前に出ると、長老へと頭を下げた。


「承りました。誠心誠意努めて参ります」


 族長の拝命を宣言するとウルフ達はそれを受け入れ、遠吠えの大合唱が始まった。

 それにビビり散らす村人達ではあったが、長老の横顔はどこか嬉しそうにも見えたのだ。


「さて、これで心残りもない。我は死に場所でも探しに逝こう。やっと安らかに眠れそうだ」


「そうか。色々と助かったよ」


「いやなに。助かったのはこちらの方だ。……おっと、次の予定があるようだし、我々はそろそろお暇しようかの」


 長老の目線の先にいたのはソフィア。

 俺達の話が終わるのを待ってくれているのだろうが、少々浮足立っているようにも見える。


「では九条殿。息災でな」


 長老とウルフ達は小さく頭を下げると、闇の中へと消えて行った。

 そして入れ替わりに駆け寄ってきたのは、ソフィアである。


「九条さん。ちょっとお話が……」


 村の様子が一段落すると、ソフィアに呼び出された俺はギルドの裏口に立っていた。


「ごめんなさい!」


「……え? 何がです?」


「記憶……もどってしまいました……よね?」


「あ……あぁ……」


 そういえばそんな設定で通していた……。

 ソフィアは俺が死霊術を使ったのを見て、記憶が戻ったと思ったのだろう。

 しかし、それを肯定することは出来ない。過去を聞かれれば必ずと言っていいほどボロが出る。

 素直に閉じ込められたダンジョンで魔法書を拾って……と言おうかとも思ったのだが、この世界のダンジョンの立ち位置がわからない今「勝手に持ってきました」とも言えない。

 もし、ダンジョンがギルドの管理下に置かれていれば、それは窃盗と同じこと。

 それを防ぐ為に冒険者に担当を付けるようになったと聞いている。

 それらを踏まえて都合よく考えた結果、出た答えがコレだ。


「死霊術の記憶だけ思い出したんですよ。ハハハ……」


 ご都合主義にもほどがある。

 こんなの通じるわけないだろう……と思っていたのだが、そうでもなかった。


「あっ、そーなんですね! ならよかった……」


 不安に押しつぶされそうな表情のソフィアであったが、少しだけ笑顔が戻ったような気がした。


「いや、よかったって……」


 ソフィアやカイルから見ればよかったのだろう。俺の記憶が戻れば、村から出て行ってしまうかもしれないのだ。

 確かに俺の方も、記憶喪失の嘘がバレて色々聞かれるよりはマシではある。

 今はひとまずこれで良しとしようではないか。


 ――――――――――


 ソフィアは薄々だがわかっていた。

 咄嗟のことで隠してしまってはいるが、九条は冒険者の最高峰とも言えるプラチナプレートなのだ。

 本来渡すはずだったプレートを隠し、カイルの予備プレートと取り換えたのである。

 もちろん罪悪感はあった。だが、村の為を思うと見て見ぬふりは出来なかったのだ。

 プラチナプレートの冒険者は、本部のある王都での活動を余儀なくされる。そうなれば村のギルドが潰れてしまうのは、火を見るよりも明らか。

 今回の件ではっきりした。九条の記憶は戻っているのだろうと。だからこそ、謝るつもりで呼び出した。

 そして、ソフィアは九条からの罰を甘んじて受けようと決心していたのだ。

 だが、九条はそうはせず、記憶は戻っていないと言い張る。ソフィアにはその真意がわからなかった。


(記憶喪失の方が都合がいい? 村の為? それともミアの為……?)


 ソフィアはそこで考えるのをやめた。そんなことはどうでもよかったのだ。

 ただ1つ言えることは、九条が村の危機を救ってくれた救世主であるということ。

 その九条がそう言うのであればいらぬ詮索はやめて、九条の望み通りにしようと考えを改めたのである。

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