第35話 小さな名探偵

 英雄達の魂を見送った俺達は、ギルドの露天風呂で疲れを癒していた。

 俺は連日のダンジョン探索で。ミアとカガリは今日の戦闘で体中泥だらけだ。

 そのうえミアは泣きじゃくったもんだから、顔に乾いた涙の後がくっきりと浮き出ていた。


 温めの湯が心地良い。

 眠たそうにしていたミアも目が冴えてしまったようで、今やカガリと戯れながら湯船に浸かっている。

 明日は明日で忙しそうだ。ギルドは臨時休業と言っていたが、明るくなってからは村の被害などの確認作業に追われるだろう。


「そうだ、ミア。ちょっと聞きたいんだが……」


「何?」


「俺が閉じ込められた炭鉱あったろう? そこが昔ダンジョンと繋がったと言ってたじゃないか。そこは誰かが管理してるのか?」


「ううん。今は誰も管理してないと思うよ?」


「今は?」


「うん。えっとね、管理は調査が終わってからだから、まだ誰のものでもないの。もちろん魔物とかがいる場合もあるから、その場合は調査、討伐、管理って順番で処理していくんだよ? でもあそこは、長い間依頼を出してたけど誰も受けてくれなかったから、もう忘れちゃってるのかも」


 ホッとした。ひとまず泥棒にはならずに済んだようだ。


「じゃぁギルドで管理することになったとして、そこに入りたい用事が出来たらどうすればいいんだ?」


「自然発生のタイプなら申請すれば入れると思うけど、揺らぎの地下迷宮には多分入れないかな……」


「揺らぎの地下迷宮?」


「うん。魔物達が掘って作った洞窟なんかを自然発生タイプって呼んでて、揺らぎの地下迷宮は、大昔に魔王が作ったって言われてるダンジョンだよ」


「なんでそっちは入れないんだ?」


「入れないってわけじゃないけど、不安定で突然崩壊しちゃうことがあるからって聞いてる。魔法石が暗くなったら崩壊が近いサインらしいけど……」


「例外で入れることもあるってことか?」


「えーっとね……例えば、冒険者さんの訓練に使ったり。後は危険な研究や実験なんかをする時に貸し出したりで、一時的に許可が下りることはあるよ」


 自由に出入りできなくなるのは避けたい。

 となると、ギルドには黙っておくしかないか……。


「ダンジョンを個人で所有したりは出来ないのか?」


「そんなの聞いた事もないけど、出来るとしたら国王様か領主様……。でもコアとかがあると調べないといけないからギルドにも許可が必要かも……」


「コア?」


「揺らぎの地下迷宮には地下深くにコアって呼ばれてるダンジョンの核があるんだって。持ち出すと壊れちゃってダンジョンが崩壊しちゃうらしいよ。私は見たことないけど」


 コアとは恐らくダンジョンハートのことだろう。

 研究の為、管理下に置いて出入りを制限していると言うことのようだ。

 さて、どうしたものか……。ギルドにダンジョンの存在を知られるのは避けたい。

 炭鉱の調査、ダンジョンの調査の依頼をこちらで受けてしまって、虚偽の報告をすれば誤魔化せるだろうか?

 そもそもカッパープレートでダンジョン調査を受けれるのかも疑問だ。

 虚偽の報告がバレると、担当であるミアにも迷惑がかかるはず。

 どうにかギルドに管理されないようにする抜け道はないものか……。


「主……」


 ダンジョンの入口にアンデッドを配置して、冒険者を追い返すのもありか……。

 だが、一時的に追い返せたとしても、次にくる冒険者はもっと強い者達。

 それを繰り返せばいずれは……。


「主!」


「ああ、すまんカガリ。考え事をしていた」


「いえ、私は構わないのですが……。そろそろミアが茹で上がってしまいますよ?」


「――ッ!?」


 ミアは隣で茹ダコのように赤くなり、空を見上げグルグルと目を回していた。


「すまん! ミア!」


 ミアを抱え脱衣所へ急ぐと長椅子に寝かせ、大きなタオルでバサバサと風を送り続ける。

 その勢いたるや一流の熱波師も目を見張ること間違いなしであろう。


 ――――――――――


 気が付くとミアは部屋のベッドで横になっていた。窓から入ってくる風が涼しくて気持ちがいい。

 目の前には九条。ベッドの横ではカガリが体を丸めて寝ていた。

 カガリの下には九条が買ってきたバスタオルが引いてあるが、どう考えても小さすぎる……。


「今度、新しい寝床を作ってあげなきゃ……」


 日の登り具合だと、6時くらい。習慣からか、いつも起きる時間に起きてしまうミア。


「昨日は、おにーちゃんに聞きたいことがあったんだけどなぁ……」


 ぼそりと呟くそれに反応して、カガリの耳がピクリと動いた。

 ミアが聞きたかった事というのは、どうやってあそこを脱出したのかということ。

 あの量の土砂だ。1人では1日かかっても全て掘り進めるのは難しい。

 恐らくは死霊術を使ったのだろうということはミアにでもわかる。ダンジョンで何かあったに違いない。

 九条が捕まった時には持っていなかったメイスと、禍々しい魔法書を携えていた。

 だが、それ自体は悪い事ではない。管理前のダンジョンで見つけたものは、発見者に所有権が認められる。

 本当の問題はそちらではなく、九条の使う死霊術がミアの知っているものとは全くの別物だったということだ。

 死体を操ることを禁止していなかった数百年前には、ゾンビやスケルトンを作り出し、操ることの出来る者もいたとは聞くが、文献上での事でその真偽は不明。

 ミアがまだ王都のギルドに在籍していた頃、シルバープレートの死霊術師ネクロマンサーを見たことがあった。

 それは骨片を使ったダウジングや、降霊術で呼び出した霊の声を聞き吉凶を占うといった程度のもの。

 しかし、九条の使う死霊術は、どう考えてもそれを遥かに凌駕しているのだ。

 死体を操るくらいならまだいいが、自我までを持たせ、老人とは思えないほどの肉体強化は常軌を逸しているのである。

 神聖術を極めれば、死んだ人をも生き返らせることが出来るというのは、ミアでも知っている。

 しかし、それは体に致命傷がない状態で、かつ魂が体から出て行く前の話であり、既に死後数年経っているような骨だけの状態から蘇生させるなど、さすがのミアも聞いたことがなかった。


(私が思っている以上に、おにーちゃんは強かった。そしてそれはとてもカッコよくて、いっぱい好きになった! 天使様の言った通りだ!)


 ……だが、そんなミアにも1つだけ譲れないことがあった。

 これだけのことが出来るのに、九条がカッパープレートというのはあり得ない。

 どう考えても適性レベルは上位。経験上、最低でもシルバーかゴールドは硬いとミアは確信していた。

 村人は死霊術を見たことがないので、どれだけ凄いことなのか想像がつかない、というのはわからなくもないが、ソフィアは違うはずである。

 故に、それを目の当たりにしてもカッパープレートに何の疑問も抱かないのは、どう考えてもおかしいのだ。


(……支部長は何か知っていて、隠している? 支部長を問い詰めても、多分はぐらかされちゃうよね……。ここは上手く支部長の目を盗んで、おにーちゃんにはもう1度、適性鑑定を受けてもらおう!)


 そんな秘めたる願望を胸に、ミアは本日2度目の夢を見始めた。



「おはよーございます。ソフィアさん」


「あっ、おはようございます。九条さん。よく眠れましたか?」


「えぇ、おかげさまで昼までぐっすりでしたよ」


「そうですか、それはよかったです」


 笑顔で答えるソフィアであったが、どこか少し影があるようにも見える。


「で、今日は何をすればいいんでしょう?」


「えーっと……まずはお話が……ちょっとこちらに来てもらえますか? あっ、ミアはここで待っててね?」


 九条を裏口へと連れて行くソフィア。


(絶対に怪しい……。昨日の今日だ。何かあるに違いない……)


 ミアは2人の後を尾行し、裏口から出て行くのを確認すると、その様子をこっそりと窺っていた。

 九条の前に立つソフィアは、何やらモジモジと体をくねらせ、俯き加減に見えるその姿からは、恥ずかしがっているようにも見えた。


「えっとですね……。今日の午後。そろそろだと思うんですけど、救援を呼んでいた冒険者の方々が到着するんですけど……」


「はあ……」


「襲撃があって、でももう解決したじゃないですか。それでですね……遺体の引き渡しをする予定なんです。……本当は九条さんが退治したと言いたいんですけど、言えないといいますか、言い出しにくいといいますか……」


「あぁ、そういうことですか。別に村のみんなで追い払ったと言うことにしていいですよ。その方が処理も楽そうですし」


 ソフィアの表情が一瞬にして晴れると、九条の手を両手で握り、上下に激しく揺さぶる。


「で、ですよねー! ほんっっと助かります! じゃぁそういう方向で処理しておきますね。ありがとうございます!」


(やっぱり、怪しい……)


 最初はソフィアが九条に告白でもするのかと思っていたミア。

 九条は村を助けたヒーローである。惚れてしまうのも仕方のない事だろう。

 とは言え、ミアはそれを黙って見ているつもりはなかった。


(おにーちゃんは誰にも渡さない!)


 それくらいの気概を持ってはいたのだが、どうやらそうではなく、ギルドへの報告内容の相談であった。

 しかし、その内容もおかしな話。


(なんで正直に、おにーちゃんがやったって報告しないんだろ……)


 常識的に考えて、カッパープレートの冒険者ではボルグには勝てないだろう。ギルドから疑いの目を向けられたくないのだとしたら、辻褄は合う。

 だが、九条がそれを素直に受け入れているのも、ミアは腑に落ちなかった。

 賞金を村の復興に当てるのはいいとしても、功績まで棒に振るう必要はないはずだ。


 「むむむ。これはもう少し観察が必要ですな……」


 カガリを足場に小窓から顔を覗かせるコット村の小さな探偵は、思い悩みながらも、その状況を楽しんでいた。

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