第32話 蘇生の秘術

「てめぇ! どうやって出てきた!?」


「おにーちゃん!」


「九条さん!」


 ミアとソフィアは何が起きたのかを理解した。九条が姿を見せたことにより、死霊術が関係しているのだろうと頭の中で紐づけたのだ。

 この老人達は村で亡くなった者達を、九条がよみがえらせたもの。スケルトンやゴーストなどでは村人達がパニックになる恐れがあったからだ。

 もちろん九条が操作している訳ではない。よみがえらせた死体の中には本人の魂が込められている。

 九条は魂を呼び、村が襲われていることを知らせ、納得した者のみをよみがえらせたのである。

 それは蘇生とは別であり、あくまで完璧な肉体をもったゾンビなのだ。故にその身体の維持には制限時間も存在する。九条の魔力でも精々5時間程度が限度だ。

 そして九条は、彼等にありったけの強化魔法をかけたのである。


「さて、降参するか?」


「もう勝った気でいるのか? 俺にはまだコイツ等が残ってる!」


 ボルグはまだまだ強気な様子。九条を強く睨みつけると、唸りを上げるウルフ達。


「俺とサシで勝負しろ!」


「やだよ。このまま全員でかかれば、こちらの勝ちは確定してるだろ?」


「ビビってんのか? 腰抜けめ」


「その提案を受けるメリットは、俺にはない」


「じゃぁ、俺に勝ったらアジトの財宝を全部くれてやる」


「……よし、乗った!」


「おにーちゃん!?」「九条さん!?」


 ミアとソフィアは、抗議の声を上げた。九条が、ボルグの挑発に乗ったと思ったのだ。

 盗賊の言うことなど、聞く必要はないと思うのは当然である。

 しかし、九条は別の事を考えていた。村のあちこちで上がる火の手は相当な被害。

 村の復興にはお金がかかる。その費用を盗賊達に負担させようと考えていたのである。

 九条は、盗賊達のアジトに保管してある財宝を目にしていた。いくらになるかは不明だが、損害賠償請求は被害者側の当然の権利。言質を取る為、ボルグだけを残したのだ。


「で? 勝負の方法は?」


「もちろん一騎打ちだ。己の力のみの勝負……。シンプルだろ?」


「わかった。じゃぁ、そう言うわけなんですいません。ご年配の方々はしばらく休んでいてください」


「やれやれ、律儀に言うことなぞ聞かずに、全員で囲んじまえばええのにのぉ」


「まあ、そう言うな武器屋の。これも若さゆえよ」


 老人達は武器を置き、腰を下ろすと井戸端会議。それを見たボルグは余裕の表情を見せた。


「開始の合図はそっちに譲ってやるよ」


 不敵な笑みを浮かべるボルグであったが、その考えは手に取るように読めていた。

 九条の恰好は、薄青のローブに腰のメイス。それと手元の魔法書だ。そこから連想される適性は、神聖術である。

 ボルグは老人達を死者だとは気付いていない。ならばその強靭な肉体は神聖術で強化していると見るのが妥当。

 それは、九条が最後まで姿を現さなかった裏付けにもなっていた。強化魔法をかけた者が倒されてしまえば、その効果が切れてしまうからだ。

 神聖術のセオリーは、まず強化魔法をかけるところから始まる。逆を言えば、それさえ防いでしまえば相手はただの人間だ。ボルグにだって勝機はある。


(恐らく、開始前にウルフ達をけしかけて来る。真面目に一騎打ちをする気なんて微塵も感じない……。だって、めちゃめちゃ顔に出てるもん……)


「ソフィアさん。開始の合図をしてくれますか?」


 急に名指しされたソフィアは、驚きのあまり身体が跳ねあがった。


「わ……私ですか!?」


 慌てふためく様子のソフィアであったが、深呼吸して落ち着きを取り戻す。


「わかりました」


「おにーちゃん……」


 皆が心配そうに事の行方を見守る中、老人達だけが早く終わらないかなぁと上の空で、心ここにあらずな様子。

 それは薄情なのではない。結果を知っているからだ。


「では、いきます」


 ボルグは斧を構え、九条は開いた魔法書を下に構える。


「5秒前! 4、3……」


「ヒャッハー! 行けぇウルフ共!!」


 開始の合図より前に襲い掛かるウルフ達。それは毛の色も相まって、小さな津波のようである。

 だが、九条にはわかっていたことだ。落ち着いて距離を取り、魔法書から角のついた頭蓋骨を取り出すと、向かってきたウルフ達に投げつける。

 それはあっさりと躱され、無残にも地面へと転がった。すると、ウルフ達は何故かその足を止めたのだ。

 その視線の先にあるのは、地面に横たわる頭蓋骨。どこか懐かしさを覚える匂いに、本来の目的を思い出したのである。


「何してる! 行け! 殺せ!!」


 そんなボルグの声も虚しく、ウルフ達は動かない。その頭蓋骨を見てしまった時点で、もう何者にも縛られることは無いのだから。


「【死者蘇生アニメイトデッド】」


 真紅の光が魔法書を包み、角のついた頭蓋骨の周りに大きな魔法陣が出現すると、それは生前の姿を取り戻していく。

 骨格が作られ肉が付き体毛が生えそろうと、銀の瞳が命を宿す。

 そこに具現化したのは、ウルフ達が探していたであろう長老と呼ばれる者である。

 青白い毛並みに聳え立つ1本の角。銀の瞳から発せられる眼光は鋭く光り、その体格は象と同等か、それ以上。

 長老とは思えぬほどの躍動感に満ち溢れ、それはウルフ族の王と呼ぶに相応しい。

 ダンジョン内で見かけた人魂は、ボルグの卑劣な罠により閉じ込められ、その生涯を終えてしまったウルフの王たる魂であったのだ。

 ボルグを倒すために協力を求めた九条に対し、怒りと憎悪に染まった魂は、その恨みを晴らす為、2つ返事で協力を約束したのである。


「……よもや全盛期の姿でよみがえることが出来ようとは……。九条殿……感謝する」


「「長老!」」


 その雄々しき姿を見てウルフ達はその場にひれ伏し、長老と呼ばれた狼は、ボルグを頑として睨みつける。


「さて、ボルグと言ったか……。貴様よくも我を騙し、幽閉したな。覚悟は出来ているのであろう?」


 ボルグは狼狽し、何かを言おうとしていたが、恐怖からか声は出ていなかった。

 膝はガクガクと震え、立っているのがやっとといった状態。凄まじい威圧感は、正面に立たずとも萎縮してしまうほどの迫力だ。


「そういえば貴様は一騎打ちが望みだったな。我が九条殿の代わりに相手をしてやろう。かかってくるがいい」


 ボルグは震えた手で斧を構えるも、腰が引けてしまっていた。

 ウルフの長老が何を言っているのかは、わからない。だが、ここで死ぬのだろうということだけは、誰の目から見ても明らかであった。


「あ……あぁ……ぁ……」


「なんだ? 来ぬのか? ……では、こちらから行くぞッ!!」


 恐怖と絶望に染まるボルグの表情。カガリのふさふさの尻尾がミアの顔を覆うと、ボルグの断末魔が村中に響き渡った。

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