第31話 老人会
ギルドから出て来たのは大きな麻袋を背負ったミア。
「マジかよ……。お前があのデケェキツネを使役してんのか?」
「……」
「だが、帰ってこねぇ所を見ると、範囲外に逃がしたのか?」
「……」
ミアは答えない。憎しみを込めてボルグを睨みつけていた。
反抗的な目。ギルド職員とは言えまだ子供。それが、ボルグよりも質のいい魔物を使役しているのだ。
ボルグがミアに劣等感を覚えてしまうのも仕方ない。
「チッ。気が変わった。お前も担保にする。アジトに帰ったらあのキツネを呼べ。俺が貰ってやる」
「ちょっと待ってください! 話が違います!」
抗議の声を上げるソフィアだが、相手がそんなことを聞くはずがない。
「フン、知った事かよ。……よし、お前等ずらかるぞ! そこの女と子供を縛れ」
ボルグが背を向け、盗賊の1人がロープ片手に近づこうとしたその時だ。松明の光が届かぬ暗がりから、何者かが駆けて来る足音が聞こえた。
徐々に大きくなる不規則な足音は複数。それもかなりの数である。
状況から見て、ベルモントからの救援が到着したのだと考えるのが妥当。それに焦ったボルグは、暗がりを凝視する。
「村を守るのじゃぁ!」
「「おぉー!!」」
気の抜けるような声と共に闇の中から姿を現したのは、老人の集団だった。
武器を携えているところを見ると、捨て身の攻撃にも見えなくもないが、それは今にも他界しそうなご老体ばかり。
まずはベルモントからの救援でなかったことに安堵の表情を見せるボルグであったが、それはすぐさま怒りへと変化した。
「脅かしやがって! 野郎ども! ぶっ殺してやれ!!」
「おぉぉぉぉ!」
どこからともなく現れた老人達と盗賊達がぶつかり合う。
常識的に考えて80歳を超えるであろう、歩くことさえもおぼつかない老人達だ。盗賊達に敵うはずがないのは、誰の目から見ても明らか。
しかし、剣を交えた違和感に、盗賊達は動揺を隠せずにいた。
ちょっと押せばバランスを崩し倒れてしまいそうな華奢な手足は、見た目とは裏腹に剛腕剛脚。
まるで大地に根を張っているのではないかと思うほどビクともせず、鍔迫り合いも押し負ける。
「クソッ……! なんだこいつら……!?」
「ウルフ共は何してる!」
もちろんウルフ達も果敢に立ち向かっていた。
足や腕に必死に咬みついてはいるものの、老人達はそれを振り払おうともせず、引きずりながら戦っているのだ。
両者とも血だらけ。しかし、老人達についている血はその全てが返り血だ。
程度はどうあれ傷は増していくのだが、そこから血は1滴たりとも流れてはいない。
必死に抵抗する盗賊達は、それにすら気付けないほど余裕がなかった。数は互角だが、圧倒的に老人達の方が勢いがあったのだ。
「おい、傭兵のダンナ! 黙って見てねぇで手ぇ貸せ!」
深く被ったフード付きのローブから見えるのは口元だけ。
小さな舌打ち。そこから読み取れるのは迷いだ。
「味方も吹き飛ばしちまうことになるぞ!?」
「いいからやれ!」
負けてしまっては元も子もないと判断したボルグ。
「【
炎の塊は光跡を残しながらも老人達に向かって一直線に飛翔し、それは着弾と共に激しく破裂。爆炎が辺り一面を吹き飛ばす。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
上がる悲鳴に呻き声。にも拘らず、老人達だけが何事もなかったかのように起き上がる。
その様子はまるで不死身。爆発の影響で体中真っ黒だが、傷らしい傷は負っていない。
さすがのボルグもそれには畏怖を感じ、プライドを捨てギルドへ向かって駆けだした。
(人質を取ればッ……)
それを阻止したのはカガリだ。ミアとソフィアの間に割って入ると、ボルグを睨みつけ唸り声を上げる。
「カガリ!」
ミアは戻って来てくれたカガリを見て目頭が熱くなった。
そのカガリの後ろ脚には、拙いながらも包帯が巻かれていたのだ。
それは誰かがカガリを治療した痕跡であるが、赤く滲むそれが完治には至っていないことを物語っていた。
「バカめ! 今更戻って来て何になる!? 貴様は俺の支配下に入れ!」
ボルグはカガリへと手をかざした。それは
カガリの支配権を奪うことが出来れば、形勢逆転も夢じゃない。
ミアはギルド職員とは言え子供。ボルグには、その支配権を奪う自信があった。
「……何故……なんでだ! てめぇの方が俺より上だってのか!?」
カガリを服従させることが叶わず苛立ちを隠せないボルグは、ミアを睨みつけ怒鳴り声を上げる。
そもそも前提が間違っていた。ミアがカガリを従えているわけではないのだ。
例えミアが使役していたとしても、スキルレベルの差という話ではない。
”
”
そうこうしている内に、盗賊達の防衛網を2人の老人が突破した。
「お主のその剣、特注か?」
「コレか? これはワシが死んだときに、息子が打って棺桶に入れてくれたんだわ。ええじゃろ?」
「えぇのぉ。ウチの息子はそんな事してくれんかったわ……」
まるで戦闘中だとは思えない緊張感のなさである。
「ふむ……。見た所、盗賊の長はあのキツネが相手をするようじゃの……。じゃぁワシらはあのフードの男をやろうかのぉ」
「まさか死んでからコンビを組むことになるとは……。いやはや、わからんもんじゃのぉ武器屋の」
「ほっほっほ。まだまだ若いもんには負けんよ、防具屋の」
2人の老人はそう言うと、
明らかに老人とは思えない、強靭な足腰。その素早さ故に傭兵の男は防戦一方だ。
「あの剣……俺の打った……」
それに気付いたのは、ギルドの小窓から外の様子を窺っていた武器屋の親父。
老人の振るう一振りのショートソード。それは武器屋の親父が父親の葬儀で餞別にと棺桶に入れた物であった。
それを携え、目の前で死んだはずの父親が、意気揚々と戦っているのだ。
しかも、その隣にいるのは仲の悪かった防具屋の爺さんである。
その動きは素人のそれだが、2人は本当に仲が悪かったのかと思う程の連携を見せていた。
「クソッ……!【
傭兵の
「あっ! 逃げるとは卑怯じゃぞ! 降りてこんかい!」
それを見上げて騒ぎ立てる2人であったが、その声も虚しく傭兵の男は闇の中へと消えていく。
「【
突如、暗がりから聞こえた声と共に出現したのは無数の小さな魔法陣。そこから伸びた黒い鎖が、宙に浮かぶ傭兵の男を瞬時に拘束し引き寄せる。
「ぐっ!」
勢いよく落下した傭兵の男は、地面に叩きつけられるとそのまま意識を失った。
気が付くと盗賊達の殆どが倒れ、残るボルグだけが老人達に取り囲まれていたのだ。
「なんなんだ、お前ら!」
「防具屋の。ワシ等は一体なんなんだろうなぁ?」
「難しい質問じゃが……。強いて言うなら『地獄からの使者』と言ったところかのぉ武器屋の」
「死者だけにってか? ちげぇねぇ。かっかっか……」
嬉しそうに笑顔を見せる武器屋と防具屋の先代。
「それにしても、さすがじゃのぉ。空を飛んでも逃さぬとは」
「うむ。これなら村も任せられるというものじゃ。のぉ九条さん」
「いえいえ。買い被りすぎですよ」
武器屋の先代が顔を向けた暗がりからゆっくりと姿を現したのは、怪しい魔法書と金属製のくたびれたメイスを持った九条であった。
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