第15話 キツネ

「大丈夫か、ミア?」


「うん。でもキツネさんが……」


 ミアが抱き抱えているキツネは力なく首が垂れていた。

 所々血が付いてはいるが、傷は既に回復術ヒールで塞がっているように見える。

 しかし、一向に目を開ける気配はない。

 心臓は――動いている。意識がないと言えばいいのか……。


「すまないが俺にはわからない……。様子を見るしかないな……。ここに置いておいたらまたウルフ達に襲われるかもしれない。とりあえず連れて帰ろう」


「うん……」


 心配そうにキツネを抱き上げるミア。

 俺が飛んで行ったスリッパを取りに行くと、木の根元に転がるウルフの死体。


「あっ、おにーちゃん。ウルフ持って帰ると、ギルドで報酬が出るよ」


「そういえば、そんな依頼が出てたな」


 ウルフの心臓が止まっていることを確認すると、元ハンマーに括り付けて、肩に担ぐ。


「ミア、重くないか? 俺が運んでもかまわんが?」


「大丈夫……」


「そうか。なら一旦村に引き返そう」


 炭鉱を諦め村へと戻ると、その頃には日も傾き、松明の明かりがゆらゆらと村を照らしていた。


「おにーちゃんは、ギルドの裏口で待ってて」


 キツネはひとまず俺の部屋で保護し、その後ソフィアに報告する。

 俺がギルドに入らないのは、ウルフの査定をする為だ。

 ギルドカウンターに直接死体を持って行ったりはしない。

 しかも、ここのギルドは1階が食堂だから尚更だ。

 しばらくすると、ミアから報告を受けたソフィアが勝手口から顔を出した。


「もう、九条さん。あまりミアを甘やかさないでくださいね?」


 ソフィアは、怒っているというより呆れている様子。

 子供が相手だからか。それとも俺に遠慮しているのか……。

 理由は不明だが、強くは言えない。そんな感じが見て取れた。


「ははは……」


 笑って誤魔化す俺。

 それに明確な返事をしなかったのは、ミアを甘やかすからである!


「はぁ……。じゃぁ査定するので、ここへ置いてください」


 ソフィアは小さく溜息をつくと、鑑定用だろうテーブルの上にウルフの死体を置いて査定を始めた。

 口を開けてみたり、手足を持ち上げてみたり。

 慣れた手つきで査定を終える。


「質は申し分ないですね。牙の折れもありませんし、体に大きなキズもないので本体で金貨2枚、毛皮で金貨1枚の計3枚をお支払いします」


「ちなみに、それはどーするんです?」


「毛皮は依頼のあった防具屋にお渡しします。お肉は精肉店で干し肉に加工されると思います。あまりおいしくないですけど保存食としては優秀なので。牙は武器屋さんか雑貨屋さんが買い取るんじゃないかと。他に何かありますか?」


「そうだ。この村に厚手の布を売っている所ってありますか?」


「厚手の布……。雑貨屋さんならお取り扱いしていると思いますけど……」


「そうですか。ありがとうございます」


 俺はソフィアから報酬の金貨3枚を受け取ると、それを片手に雑貨屋へと急いだ。



「ただいまー」


 小さな声で、ゆっくり物音を立てぬよう部屋の扉を開ける。

 ミアは未だ目の覚めないキツネを膝の上に置き、椅子に座っていた。

 あまり元気のなさそうなところを見ると、進展はなさそうだ。


「おかえりなさい。おにーちゃん」


「どうだ?」


 それに無言で首を振るミア。


「そうか……」


 俺は買ってきた数枚のバスタオルを丸めて部屋の隅に置き、キツネ用の寝床を作る。

 簡易的だがないよりはマシだろう。一晩中抱いて寝るわけにもいくまい。

 ちなみにバスタオルは、一番大きなサイズの物を金貨1枚で4枚ほど購入できた。

 田舎だからかそういう物なのか、それなりに高価な物であるようだ。


「ミア。気持ちは分かるが、ずっとそうしてる訳にもいかないだろう。とりあえずその子はこっちで休ませておいて、飯でもどうだ?」


「いらない……」


 まぁ、そう言うだろうなぁとは思っていた。かといって、食べない訳にもいかないだろう。

 強引に連れて行けなくもないが、それも良くない気もする。


「そうか……。じゃぁ俺は行くからな?」


 ミアは黙って頷いた。


 食堂に降りると、レベッカが別の客に持ち帰り用で料理を包んでいるのを目にして、コレだと思った。


「すまんレベッカ。俺も自分の部屋で食べたいんだが、大丈夫か?」


「ん? テイクアウトじゃなくて? 定食でってことか?」


「ああ」


「まぁ食器さえ戻してくれれば……。1人分でいいのか?」


「いや、出来ればミアの分も……。どうにか2食分お願いできないだろうか? 俺の明日の朝飯分を前借りというか……」


「はぁ……。しょうがねぇなぁ。今日朝食とらなかっただろ? その分でチャラにしてやるよ」


「すまない。助かるよ」


「いいってことよ。私と破壊神の仲だろ?」


「破壊神はやめてくれ……」


 ケラケラと笑うレベッカだったが、しっかりと2食分の定食を作ってくれた。

 それより破壊神の噂は、どこまで拡がっているのだろうか……。


「ミア、すまない。両手が塞がっていて扉が開けられないんだ。開けてくれないか?」


 部屋の中でゴトゴトと音がすると、扉がゆっくりと開かれる。


「ありがとう、ミア」


 部屋に入ると、持ってきた定食をテーブルへと置いた。


「おにーちゃん。それは?」


「あぁレベッカに言って部屋で食べれるようにしてもらったんだ。これならミアも食べれるだろ?」


「ありがとう。おにーちゃん」


 ミアの表情が少しだけ綻び、部屋の小さなテーブルで夕飯を供にする。

 カチャカチャと不規則に響く食器の音。食事中も、ミアはキツネから目を離さなかった。


「キツネさん、大丈夫かな……」


「さぁな。コイツが目を覚ましたら、ミアはどーするんだ? 流石に野生で育った獣は飼えないと思うが……」


「大丈夫。ちゃんと知ってるよ。起きたら森に返してあげる」


「そうか。ミアは偉いな」


「……うん」

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