第16話 襲撃

 何かの気配で目が覚めた。ミアが起きないようゆっくりと体を起こす。


「グゥゥゥ……」


 昨日助けたキツネだ。警戒しているのだろう。体を低くして唸りながらも、俺を睨みつけている。

 ひとまず元気そうで何よりだが、どうするか……。ミアを起こすべきだろうか?

 日はまだ上っていないが、夜中というほど暗くもない。あまり時間をかけていると、村人達が起きてしまう。

 村が活動を始める前に逃がすのが最善であるが、この警戒ぶりだと抱き上げて村の外に連れて行くのは厳しそうだ。

 そういえば、あの時助けを求めたのはこのキツネなのだろうか?

 ならば、話が通じるのではと声を掛ける。


「俺の言葉がわかるか?」


「グルルル……」


 ダメだ。警戒していて話どころじゃない。通じているかすら疑わしい。仕方がないので、自分で出て行ってもらおう。

 ミアを起こさないようベッドから降り、テーブルの上に置いてあるリンゴを手に取ると、音をたてないよう静かに部屋の扉を開ける。


「村の外まで案内するからおいで」


 言葉が理解できているかは怪しいが、声色で敵意のないことをわかってもらえるかもしれないという希望的観測である。

 扉を開けたまま廊下に出て、丁度キツネから見えるだろう床にリンゴを置くと、それを遠くから観察する。

 助けてから今まで何も口にしていない。空腹のはずだ。

 しばらくすると部屋からひょっこりと顔を出し、床のリンゴを咥えた。

 指で床をトントンと叩くと、こちらに気付いた様子。そのまま階段を降りつつ振り返ると、一定の距離を保ちちゃんとついて来ていた。


「よし。いいぞ」


 そのまま何度も振り返り、1階の食堂まで降りたその時だ。


「よう、破壊神のおっさん。今日は早いな」


「レベッカ!?」


 予想外の出来事にキツネが逃げてしまってはいないかとヒヤヒヤしたが、何事もなく俺の後ろで待っていた。

 ここまで来てふりだしに戻るのは避けたい。

 立てた人差し指を口元へと運び、静かにするよう促すと、そのままゆっくり食堂を通り出口を目指す。

 なんだこのおっさん? という不思議な生物でも見るかのような表情を浮かべていたレベッカであったが、階段からキツネが顔を出したのを見て納得し、微笑ましい光景に無言で頷いていた。


「破壊神も朝から大変だねぇ……」


 食堂を出れば後は簡単だ。この時間に起きている人は極少数。外に人影は見えない。

 村の門を少しだけ開けると、キツネはその隙間に勢いよく走り込み、森へと目掛けて駆けだした。


「気を付けるんだぞ」


 小さく手を振り声を掛けると、キツネはリンゴをポトリと落とし振り返る。

 頭を下げたようにも見えるが、恐らくそれは気のせいだろう。

 再びリンゴを咥えると、森の奥へと消えていった。


 さて、帰ってもうひと眠りするか。ミア、起きたらなんて言うかなぁ……。泣かれたりしたらやだなぁ……。

 そんなことを考えながら部屋へと戻り、ミアを起こさないようゆっくりベッドに潜り込むも、2つの視線が絡み合う。


「どこいってたの? おにーちゃん」


「あー……昨日助けたキツネが目を覚ましてな。みんなが起きてしまうと外に出せなくなるだろうから、こっそり逃がしてきた。すまない……」


「そっか。元気になったんだね。よかった」


「……怒らないのか?」


「うん。お別れは出来なかったけど、しょうがないもん……」


「そうか……」


 俺はミアの頭を撫で、ベッドに潜ると2時間ほどの睡眠を取った。



「九条さん。今日は『街道の整備』をお願いします」


 というわけで、ミアと一緒に作業することになったのだが、やることは至って単純だ。

 セメントをブロックに塗り、それを地面に置いていくだけ。しかし、ミアにそれは少々厳しい重さである。

 仕方がないので俺がブロックを持ち上げ、ミアはそれにセメントを塗りたくり、俺が地面に置く。という流れ作業をしている。

 最初はミアも楽しそうに作業していたが、段々と飽きてきたのか、今は明らかにつまらなそうだ。


「おにーちゃん、これ楽しい?」


「全然楽しくない」


「私もぉ」


 適材適所である。

 弓が得意なカイルは主に狩りを。ブルータスは斧適性持ちなので、戦闘系の依頼や木材加工、伐採などを任されているらしい。

 それ以外の仕事が、俺に回ってきているのだ。


「ふぅ、そろそろお昼か。午前の仕事はこれくらいにするか……」


「はーい」


 作業を一時中断し、2人で荷車に腰掛けるとレベッカに作ってもらった昼食の入った包みを開ける。

 中から出て来たのは、所謂サンドイッチ。生ハムにレタス、トマトにチーズに酸味の効いたマヨネーズ。それらをパンで挟んだ物である。


「「いただきます」」


「おいしいね」


「あぁ、なかなかうまいな」


 空は青く、白い雲がゆっくりと流れる。

 仕事は正直面白くはないが、魔物退治よりは全然マシだ。

 ミアと2人、のんびりまったりと生活していければ、それで充分だと思っていた。

 だが、そんな平和な時間も突然の終わりを告げる。

 誰かに見られているような気配を感じ、食事の手を止めたのだ。


「おにーちゃん……」


「あぁ、何か来たな……」


 ハンマーだった金属の棒を手に取ると、周囲を警戒しつつもゆっくりと立ち上がる。

 暫くすると、森の中から顔を出したのはウルフの群れ。

 真っ先に逃げることを考えるも、すでに周りは囲まれていた。

 後方からも徐々に距離を詰められる。ざっと数えて8匹ほどだ。


「サンドイッチの匂いにつられたか?」


「そんなことないと思う……。明るい時間に森から出てくることなんてなかったもん……」


 だとすれば、助けたキツネの件で恨みを買ったか、ガブリエルの言っていた世界の意志というものか……。

 食べかけのサンドイッチを適当な方向へ投げ捨てるも、ウルフ達はそれに興味すら示さない。

 狙いは、俺達で間違いはなさそうだ。


「逃げられないならやるしかないな。……ミア、怖いか?」


「……大丈夫。私だってギルドで訓練したもん」


 どうすればミアを守りながら立ち回れるか……。

 そこで、1つの案が浮かんだ。ミアを攻撃できない場所に置けばいいのである。

 俺はおもむろにミアの足の間に頭を入れると、それを一気に持ち上げた。


「わぁ!」


 肩車である。いきなりの事に驚くミアであったが、意図していることは伝わったようだ。


「たかーい」


「これならミアの心配をせず戦える。ミア、落ちないようにしっかりつかまってるんだぞ?」


 これが世界の意志ならば、ミアが狙われる事はないはずだ。

 狙いが俺なら、これでも十分守り切れるだろうと踏んだ。


「【防御術プロテクション(物理)フロム フィジックス】」


「【範囲フィールド薄弱マイクロ鈍化術グラビティドロウ】」


 緑色の温かい光が俺の体を包み込み、さらには俺を中心に灰色のフィールドが出現する。


「これは?」


「近くの敵の行動速度を、少しだけ遅くする魔法だよ」


「なるほど、助かる」


 1度深呼吸して、腹をくくる。


「よし! どっからでもかかってこい!」


 俺の叫び声と同時に、2匹のウルフが飛び掛かる。

 本気で振り抜くと、その分隙が大きくなる。故に最初の1撃は牽制だ。

 次の攻撃に備えられるよう周囲にもしっかり気を配る。命が掛かっているのだ。否が応にも集中力は研ぎ澄まされていた。

 そのおかげか、はたまた魔法によるものなのか、近寄ってくるウルフ達の動きが極端に鈍ったように見えたのだ。

 大口を開け襲い来るウルフに咬まれないよう、いなす程度に棒で薙いだつもりであったが、それは予想を遥かに上回り、ウルフは森の中へと吹き飛んだ。

 それに驚きを隠せず目を丸くしていると、その隙を突かれ、もう1匹のウルフが俺の左足首に咬みついたのだ。

 激痛が走るだろうと身構えたが、何時まで経っても脳に痛みは伝わってこない。

 防御魔法のお陰だろう。どれくらいのダメージを防いでくれるのかは不明だが、それが消滅するまで無傷で戦えるというのはありがたい。


「何すんだよ……っと」


 金属の棒を左手に持ち替え足に咬みついているウルフに振り下ろすと、気持ちの悪い音と共に伝わってきたのは、骨の砕ける感触。


「【神聖矢ホーリーアロー】!」


 ただ肩車をされているだけのミアではない。

 頭上に浮かび上がったのは白く輝く2つの光球。

 ミアは何時の間にか手にしていた小さな枝のような杖を振りかざすと、それは後方から迫り来る獣を貫き、悲鳴にも似た鳴き声が辺りに響いた。


「やるじゃないか」


「フンス!」


 俺の上で得意気に胸を張るミア。

 いつもは愛らしい少女も、今は凛々しくもあり頼もしくもある。

 改めて魔法という未知の力に驚かされながらも、すでにウルフの半分は地に伏した。


 ――残りは4匹。


 思っていたほど苦戦することもなく、俺達はその苦難を僅かな力で乗り越えることが出来たのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る