第14話 さんぽ

 ソフィアに壁の修理を終えたことを報告すると、緊急の案件もないので自由にしてていいと言われた。

 俺がどれだけ仕事を出来るか試す意味も込めて、今日はこれ以上の仕事は入れていないそうだ。

 なんというホワイト。といっても暇なので、後学の為にギルドで掲示板と睨めっこ。早く環境に慣れる為にも、経験を積むのは悪い事ではないはずだ。

 周囲には誰もおらず、カウンターではソフィアが忙しそうにデスクワークに勤しんでいる。

 掲示板から自分の出来そうな依頼を探すも、"村付き"の冒険者は明日になれば、また新しい仕事が割り振られる為、日を跨ぐ依頼は受けられない。


「半日で出来る仕事かぁ……」


『薬草の採取』……は、ダメ。知識も土地勘もない。

『回復薬の調合』もダメだ。要:錬金適性と書いてある。

『街道の整備』ってのは出来そうだが、半日で終わるような作業ではなさそうだ。

 こんなにも依頼は溢れているのに、自分にあったものとなると中々見つけるのは難しい。

『炭鉱の崩落調査』ってのは内容によってはいけるかもしれない。


 食い入るように掲示板を見ていると、ガチャリとギルド職員専用の扉が開き、ミアがすました顔で現れた。

 そして俺の隣まで来ると、無言で掲示板に何かの依頼書を張り付け、そのまま奥へと戻って行く。

 そしてカウンターに顔を出し、『こちらの窓口は締め切り中です』と書かれたプレートを下げると、チラチラとこちらを気にしだす。

 背の高さが足りず、下半分が掲示板からはみ出ている不格好な依頼書に目をやると、それは『着火剤の収集』という依頼であった。

 概要は、『松ぼっくりの採取。用途は暖炉の着火剤。担当も同伴』と書かれているだけだ。

 ちなみに報酬の欄は何も書かれておらず、他の依頼と比べるとバランスの悪い筆跡が目立つ。

 ミアの方を振り向くと、必死になって何度も頷いている。

 先程まで隣のカウンターにいたソフィアは、何処かに行っているようだ。

 恐らくミアは外に出たいのだろう。端的言えばサボりたいのだ。


「まぁ暇だし乗ってやるか」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべその依頼書を手に取ると、輝かしいばかりの笑顔を見せるミア。



 依頼が受理されると、俺とミアはこっそりギルドを後にした。

 途中レベッカが訝しむようにこちらを見ていたが、ミアが口元に人差し指を当て、「しぃー!」とジェスチャーすると、何かを察したレベッカは声も掛けずに見送ってくれた。

 何事もなく村の出口まで足を進めると、門の前でカイルを見かけた。

 腰には野ウサギが4羽。それと肩に担いでいるのは棒に括り付けたウルフである。


「よう、2人とも。どっかいくのか?」


「あぁ、松ぼっくりを採りにな」


「松ぼっくり? まだ冬の準備は早いと思うが……。森はデカイから迷子に……。いやミアちゃんがいるなら迷子はないか。兎に角気をつけてな」


 そして無事、ソフィアに見つかることなく村を脱出した俺とミアは、街道を西へと歩き出す。


「ミア。この道をまっすぐ行くと、何処に繋がるんだ?」


「ずーっと行った所にベルモントの街があるよ」


「街か。そこに本屋はあるか? コット村にあればいいんだが、ないよな?」


「本屋? 魔法書店ならベルモントか王都にあるけど……。新しく魔法を覚えたいの?」


「魔法書店? 魔法は魔法書店で覚える物なのか?」


「適性があって基礎的な魔法なら、魔法書で覚えることが出来るけど、結構高いよ?」


「そうなのか。でも今回はそうじゃないんだ。地図が見たいと思ってな。本屋なら売ってるかと思って」


「地図ならギルドで見れるよ? 持ち出しは出来ないけど」


「じゃぁ、今度時間が出来たら見せてもらおうかな」


「いいよ。見たい時はいつでも言ってね!」


 どうやら買わなくても済みそうである。

 冒険の旅に出ようなどとは思っていないが、周辺の地理だけでも把握しておきたかったのだ。


「ちなみに、基礎以外の魔法を覚えたい場合はどうすればいいんだ?」


「んー適性値次第だけど、誰かに教えてもらうか、自分で研究するか学校に行くか……。後は未発見の魔法書を見つけるか――かな?」


「学校?」


「うん。魔法の学校があるけど、すごいお金がかかるみたいだから、街でも貴族とかのお金持ちしか通えないよ?」


「お金があれば俺も通ったりできる?」


「15歳以下じゃないと入学出来ないから、おにーちゃんは無理だよ」


 学校なら、死霊術以外の魔法も覚えることが出来るのではないかとも思ったのだが、そう上手くはいかないらしい。

 しかし、折角異世界に来たのだから、魔法の1つや2つ使ってみたいと思うのは当然だろう。

 お金に余裕が出来たら、死霊術とやらの魔法書を買ってみよう。

 まぁ生活が安定するまでは、おあずけだな。


「そうだ。さっきギルドで『炭鉱の崩落調査』って依頼があったんだが、俺でも受けられそうか?」


「受けられると思う。……けど、魔物も住み着いてるかもしれないし、マッピングもしないといけないから、今からじゃちょっと間に合わないかも」


「マッピング?」


「んと、炭鉱の地図に書いてある道を全部歩いて、崩落の起こってるとこに印をつけていくの」


「なるほど。崩落は1カ所とは限らないのか……」


「炭鉱だったんだけど、途中でダンジョンと繋がっちゃってそれから長い間使ってなかったみたい。そこがまだ炭鉱として使えるかどうかの調査ってとこかな」


「場所はどの辺なんだ?」


「ここからだと2時間くらい……。いってみる?」


「危険か?」


「中に入らなければ大丈夫だと思う。おにーちゃんも一応武器は持ってるし」


 確かに持ってはいるが、これは武器と呼べるのだろうか?

 元はハンマーだったが、今はただの金属の棒だ。

 だが、重さをあまり感じないということは、まだ鈍器適性の範囲内なのだろう。


「えーっと、たしかこの辺なんだけど……。あ、あった! ここを登っていけば、炭鉱に着くよ」


 ミアが案内してくれたのは、炭鉱で使っていたであろうトロッコのレールだ。

 サビが酷く雑草がそのほとんどを覆っていて、どう見てもしばらく使っていない廃線だ。

 松ぼっくりを集めながら、そのまま廃線に沿って森の中へと入って行く。


(……誰か……たすけて……)


 風に乗り聞こえてきたのは、消え入りそうな小さな声。


「ミア。何か聞こえなかったか?」


「なんだろう、キツネさんかな?」


「キツネ? 動物の鳴き声とは違う気がするが……」


(こんなところで……。ダメだ……足が……)


 相手がどういう状況なのかはわからないが、それは確実に助けを求めていた。

 色々な可能性が頭を過る。悪漢や見たこともない魔物に襲われていたらどうするのか? 自分がそれに勝てるかもわからない。

 しかし、自然と体が動いたのだ。それは他者への慈悲の心。仏の教えである。

 実家が仏寺であった為、幼き頃から聞かされて育ったが故に身に付いている『自他平等』の精神。

 それは、助け合い共生していこうというものだ。

 こちらの世界に来てすぐに、自分もカイルに助けられた。故に、放ってはおけなかったのだ。

 もし敵わなくとも、気を逸らし逃げるだけの時間が稼ぐことが出来れば……。


「ミア、こっちだ!」


 声のした方へと走り、森の中へと入って行く。

 ほんの数十秒で少し開けた場所に出たが、目の前に現れたのは1匹のキツネと3匹のウルフ。

 確かこちらの方から声が聞こえた気がするのだが、目の前にいるのは獣だけ。

 助けを求める人を探さなければと辺りを見渡すも、その気配は感じない。

 獣達は急に出て来た俺とミアに驚いたようだが、どちらも逃げようとはしなかった。

 俺とミア、キツネ、ウルフで三竦みのような状態。

 誰も動こうとしない。――いや、動けないのだ。

 ウルフ達は俺達の動きを探っているようで、キツネはすでに満身創痍。

 酷い怪我で、震える身体は何時倒れてもおかしくはない。

 もしかして助けを呼んだのは、このキツネ……か?

 ここは異世界だ。常識に囚われず考えるなら、喋るキツネがいてもおかしくはない。


「あっ!」


 その時だ。力尽きたキツネはその場に倒れ、ミアがそれに駆け寄った。

 それと同時に走り出したのは1匹のウルフ。その瞳にはミアが映っていたのだ。

 獲物を横取りされると思ったのだろう。このままではミアにも危害が及んでしまうと、反射的にその間に割って入ろうとするも、人間の足が獣に敵うはずもない。

 それならばと、俺は足を勢いよく蹴り出し、履いていたスリッパをウルフめがけて飛ばしたのだ。

 ほんの少しでも気を引ければそれでいい。

 それは狙い通り鼻先をかすめ、驚いたウルフはその場に踏みとどまった。

 辺りに舞う、落ち葉と土煙。ウルフが迫ってくる俺に気づいた時には、もう遅い。

 再度駆けだそうとしていたウルフの脇腹を思いっきり蹴り飛ばすと、大きな木の幹に激突。

 俺は元ハンマーのただの棒を手に取り、ウルフ達の前に立ち塞がった。


「【回復術ヒール】」


 後方から漏れ出る癒しの光。

 ウルフから目を逸らすことは出来ないが、魔法での治癒を始めたのだろう。

 状況から見て、こちらの方が優位に立ったはずである。

 倒れたウルフから気を逸らすことなく距離を詰め、残りの2匹を威圧する。

 唸る獣に臆することなくもう一歩足を踏み出そうとしたその時、ウルフはキツネを諦め、森の奥へと消えていった。

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