第388話 本題
「じゃぁ本題だけど、アーニャ。私達が来た理由は九条から聞いてる?」
「なんとなくは……」
「そう。なら話は早いわね。私達はあなたを第4王女の派閥に誘いに来たの。もちろん強制じゃないし、断ってくれてもいいわ。どう?」
それにアーニャは視線を落とす。恐らくアーニャにとっては全くメリットのない話だ。
俺と同じで、名誉や名声に執着するような性格ではないはず。
「どうって言われても……具体的には何を?」
「いざって時に呼び出すくらいかしら……。後は王女様が公務で城外に出る時の護衛とか、密書や伝言を預かってもらうことが基本的なお仕事になるわね。頻度は年に数回。だけど報酬には期待しないで。意外でしょうけど王女派閥と言っても、そんなにお金はないの。アーニャが王都でホーム登録すれば、恐らくすぐに第1王子か第2王女の派閥から声がかかるはずよ。正直に言ってそっちの方が報酬もいいわ。それを踏まえて決めて頂戴」
「ネストさん。もしかしてシャーリーを派閥に誘った時も同じことを?」
「そうよ? 何か問題でもあった?」
「いえ……。第1王子とか第2王女とか随分と正直に話すんだなと思って……」
「そりゃそうよ。派閥に入った後に報酬が少ないからって裏切られても困るもの。不甲斐ないけど、財力じゃ全く歯が立たないわ。第2王女は最近落ち目だけど、表向きはニールセン公が現役だしね」
「そういえば第2王女はどうしてます? 最近の動きというか……」
「それはまだ明かせないわ。九条は違うのかもしれないけど、アーニャはまだ派閥とは無関係だもの」
言われてみればそうである。既に仲間の感覚で話していた為、気が緩んでしまっていたようだ。
「1つ教えて。私が派閥に入ったとして報酬以外にメリットは?」
「そうね……。この宿舎を無料で自由に使える権利。それと、あなたの父親が魔族だってことを黙っておいてあげる――ってところかしら」
「ネストさん、それは……」
それはもはや脅迫だ。さすがに苦言を呈するも、ネストは普段通りのネストであった。
「九条は不満? 申し訳ないけど、有能な人材を登用できるなら手段は選ばないわ。正直に言うと、九条の秘密を知る者はこちらで手綱を握っておきたいっていうのが本音よ」
それを言われると弱い。俺の秘密が露見すれば、派閥は確実に糾弾される。
俺の周りを囲い込むことが、リスクマネジメントの一環だと考えているなら間違ってはいない。
「わかりました。その話、お受けします」
アーニャの決意は固そうだ。そりゃフードルの事を引き合いに出されれば断り辛いだろうが、そういった妥協のような感情は微塵も感じなかった。
「色よい返事を聞けて良かったわ。これからよろしくね。わからないことは九条に聞いて」
「いやいや、俺に聞いても何もわかりませんて」
ネストなりの冗談なのかそんな俺を無視すると、アーニャに差し出したのは小さな蒼い宝石が付いた指輪。
アーニャはそれを人差し指に嵌めると、感慨深そうに見つめる。
安堵の表情を浮かべるネスト。バイスはそれを狙っていたかのように言葉を発した。
「よし。じゃぁアーニャには最初の仕事だ」
「いくらなんでも早すぎませんか?」
「何言ってんだ九条。お前もだよ。……いや、九条の場合は仕事って訳じゃないんだが……」
「九条。レストール卿とマークスがこの村に来た時、私が言ったこと覚えてる?」
「マークス? ……あぁ、ギルドの人事部の……」
そういえば、ネストが近いうちに遠征に出るからと言っていたような気がする。
ここのところ立て込んでいて、すっかり忘れていた。
「そう。遠征があるかもって言っておいたでしょ? それが決定したわ。1ヵ月後、王都まで来て欲しいの」
「遠征先は?」
「ミスト領のシュトルムクラータよ」
「ミスト領って、ニールセン公の領地でしたよね?」
「ええ、そうよ。王女と私達、それに九条は招待客。アーニャとシャーリーにはその護衛についてもらうわ。九条も知り合いで固めた方がいいでしょ?」
「その気持ちはありがたいのですが、なんの招待ですか?」
「結婚式に決まってるじゃない」
ケロリとした様子のネストに、声を荒げてしまう俺。
「結婚式!? 誰の!?」
「決まってるでしょ? アレックスとレナのよ」
2人は魔法学院の生徒。過去、俺がニールセン家のお家騒動――いや、親子喧嘩に巻き込まれ、それを解決したことで出来てしまった腐れ縁だ。
「えぇ!? もうですか!?」
「もう……ってほど早いとは思わないけど、平民とは感覚が違うのは仕方ないわ。でも貴族同士の結婚なんてそんなもんでしょ?」
咄嗟の事でうっかり元の世界と比べてしまったが、この世界では当たり前のことで、独り立ちが認められれば10代で結婚する者も多い。
アレックスとレナ。赤の他人というわけでもないし、一応はそれなりに知る仲ではある。
正直言って行きたくない。……いや、2人を祝福していないわけじゃないのだが、何故俺が他の貴族達に紛れて結婚式なんぞに出席せねばならないのか……。
祝うだけなら個人的に祝ってやるから欠席したいというのが本音だ。
「へぇ。やっぱりプラチナだけあって、アンタも結構顔が広いのね……」
感心したかのような顔を向けるアーニャ。買い被りすぎである。
そもそもニールセン公は、表向き第2王女派閥に属しているのだ。俺との面識があるのを知られるのは、立場的によろしくないのではないだろうか?
ここは丁重にお断りするべきであろう。恐らく一応は誘いましたという最低限の礼儀。それに重んじているだけ。
俺が断るのは想定済みなのだ。貴族は面倒なしきたりが多くて困る。
「招待状の御欠席の御を消したうえで、欠席の方に丸印を……」
「ゴを消す? ちょっと意味はわからないけど、欠席なんて出来るわけがないでしょ? 公爵からの招待を断れるのは王族くらいよ? そもそも欠席させない為に前々から遠征するって言っておいたんだから、諦めなさい?」
顔を歪める俺に、ニヤリと不敵な笑みを浮かべるネスト。
遠征内容をぼかして伝えたのは、俺が逃げないようにと予防線を張ったのだろう。策士というか、女狐というか……。
「もうアーニャも派閥の一員なんで言いますけど、ニールセン公は第2王女派閥でしょう? 俺との繋がりが露見してもいいって言うんですか?」
「九条がニールセン公に面識があることくらいとっくの昔にみんな知ってるわ。魔法学院でのこともあるし、招待しないと逆に不自然だと思われかねない。ニールセン公だって九条に深くは求めないはずよ」
「まぁ、観光旅行だと思って諦めるんだな」
バイスは気楽に言ってくれるが、既に観光旅行では酷い目に合っているので、腰は重い。
「大丈夫よ。結婚式って言ったって、九条が主役じゃないんだから。勲章を貰った時の事を覚えてる? 今回の私達はそれを貰う側じゃなくて見てる側。大勢いる参列者の1人よ? 愛想笑いでもしておけばいいんだから楽なもんでしょ?」
言いたいことはわかるが、貴族達の中に1人冒険者が放り込まれるのを想像してみろ。
場違い感は否めず、居心地が最悪なのは確定しているのだ。
「本当にそうでしょうか……?」
「こういうのは面子の問題なのよ。出席すればニールセン公に恩を売れるけど、欠席すればニールセン公の面目を潰すことになって恨みを買う。ね? 簡単でしょ?」
断れる雰囲気ではなかった。
隣のミアは、貴族の結婚式なんて一大イベントにキラキラと目を輝かせているし、何だったらアーニャも同様である。
ゴネていても仕方がないと、盛大に出る溜息。
「はぁ、わかりました。最善を尽くしましょう……」
「あら。もう少しゴネるかと思ったのに……。随分と聞き分けがいいわね」
「俺も無関係という訳ではないですしね。アレックスとレナの晴れ舞台だ。祝ってやるのが筋というものでしょう」
「九条……。成長したのね……。私は嬉しいわ……」
悲壮感を漂わせ、わざとらしく目元を拭って見せるネスト。
勘違いしないでいただきたい。俺はネストに育てられた覚えはないのだ。
強いて言うなら前職が前職なだけに、冠婚葬祭にはめっぽう弱いだけなのである。
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