第387話 勧誘活動
「やっほー九条。元気にしてた?」
「よう。久しぶり!」
軽快な挨拶と共に俺の顔に影を作ったのは、貴族であり冒険者でもあるネストとバイス。今回は2人での来村のようだ。
今日はとてもいい天気。透き通るような晴れ渡った青空。美味い空気。ぽかぽか陽気に照らされて、村の魔法学院宿舎前で従魔達を枕にお昼寝と洒落込んでいたらコレである。
「呼んでないッス」
俺から出た辛辣な言葉に、クスクスと控えめに笑っているのは隣のミア。
「つれないわねぇ。私と九条の仲でしょ?」
どんな仲なのかと具体的に聞いてみたい気もするが、恐らくそろそろ現れる頃だろうとは思っていた。
「日向ぼっこの最中お邪魔しちゃって申し訳ないんだけど……」
「アーニャならダンジョンにいます。そろそろ帰って来るとは思いますけど……」
「あら、知ってたの?」
わからいでか! シャーリーの時だってそうだったのだ。こんなちっぽけな村からゴールドの冒険者が出れば、真っ先に唾を付けに来ると思っていた。
そして俺との関係性を調べ上げ、取り込めるなら派閥にと考えているのだろう。
ダンジョンに出入りしている間柄であれば、それはほぼ確実と見ているはずだ。
覚悟はしていたが、問題はその経緯の説明である。
2人はまずアニタとアーニャが同一人物だとは思っていない。アニタが死に、アーニャを何処からか俺が連れて来た――程度の認識のはず。
そしてフードルのこと……。包み隠さず話すのは構わないのだが、2人がそれをどう捉えるかである。
「で? アーニャは九条のダンジョンで何をしてるわけ?」
「今日は、ベルモントで仕入れた家具の搬入っすね」
「家具? もしかしてアーニャをダンジョンに住まわせる気? そもそもどういう関係なの? 新しい女?」
「そんなわけないでしょ! 女癖の悪い男みたいな言い方はやめてください」
「じゃぁ、元ゴールドプレートの冒険者をよみがえらせて、冒険者登録した……とか?」
「それも違います。ちゃんと生身の人間ですよ。ダンジョンに住んでいるのはアーニャではなく、その父親です」
「なんで? 村で一緒に住めばいいじゃない。……もしかして父親を人質にして、アーニャを連れてきたの?」
確かに与えられた情報から推測するなら、そう考えるのが妥当ではある。……あるのだが、それではただの人攫いだ。
「それじゃ犯罪者でしょう。アーニャの父親が人族じゃないからですよ」
「もっとわからなくなったわ……。フェルヴェフルールに行ったんでしょ? ドワーフかエルフ? ……あっ、ダークエルフね?」
「……魔族ですね」
「……」
ピタリと止まった会話。遠くからは子供達のはしゃぐ声が風によって運ばれてくる。
「んー? ちょっと耳がおかしくなったのかしら? もう1度言ってもらえる?」
「だから魔族なんですよ。村には住めないでしょ?」
「またまた、そんな冗談で煙に巻こうだなんて……」
俺の表情は真剣である。ふざけるときはふざけるが、今はそうじゃない。それはミアも同様だ。
ネストとバイスから向けられた視線に、ミアはこくりと頷いた。
「……ほんとなの?」
「ええ。信じられないかもしれませんが本当です」
「魔獣に魔物ときて、次は魔族!? 九条の人間関係どうなってんのよ!?」
「どれも人間じゃないですけどね」
「揚げ足取ってる場合じゃないでしょ! ちゃんと説明して! アーニャは魔族とのハーフなの? 人に危害を加えたりはしないの? 村民が知らない間に減ってるなんてことにはならないわよね!?」
まるでホラーである。
「ちゃんと説明しますよ。ここではなんなんで、ひとまずは俺の部屋で……」
場所を移しミアが2人にお茶を入れていると、扉をノックする音。
「九条。入ってもいい?」
それは少々緊張が窺える声色で自信はなさげ。
「ああ」
その扉を開けたのはアニタだ。それは約束通りであった。
既にアニタにはネストかバイスが来るだろう事は伝えていたのだ。村に不釣り合いな馬車を見かけたら、俺の部屋に来るようにと言っておいたのである。
「アニタ! お前生きてたのか!?」
咄嗟に立ち上がり、テーブルに身を乗り出すバイス。
アニタは記録上、行方不明。調べているなら2人が知っていて当然の情報だ。
そんなアニタはネストの前に歩み寄ると、大きく頭を下げた。
「ごめんなさい! あなたにはいつか謝らないとと思ってたの……」
それはまだアニタがブラバ卿に仕えていた頃の話。だが、ネストは顔色1つ変えることなくそれを受け入れ、責めるどころかその身さえ案じたのだ。
「バイスから聞いたわ。悪いのはブラバ卿でしょ? あなたはあなたの仕事を全うしただけ。もう気にしてないわ。でも、それは九条がいたからだってことを覚えておきなさい。……ひとまずは無事でよかったわね」
許してもらえたことにはホッとした様子のアニタであったが、何故か微妙な表情を浮かべているのは、自分がまだアニタだと思われている事を気にしているからだろう。
順を追って話すつもりではいるが、正直言って情報量が多すぎる。
「少し長くなりますが、事の経緯をお話しますよ」
まずは俺達が観光の為にと軽率な考えで依頼を受けた所から始まり、アニタを仲間に加えフェルヴェフルールを訪れたこと。調査依頼に仮面の捜索。アニタがマナポーションを求める理由。フードルとの関係。そしてアニタがアーニャである事だ。
「ちょっと待て! じゃぁアニタが行方不明なのはイーミアルから逃れる為で、偽名だったのか!?」
それに頷く俺とアニタ。偽名を使ったのは、ヤート村の生き残りであると知られないようにする為だろう。
当時のアニタ……いや、アーニャはエルフ達が村を調査していた事を知っていたのだ。
フードルが人を食えば、そこから居場所が露見する可能性もある。それを防ぎ、フードルを生かすにはマナポーションが必要不可欠。それには冒険者になるのが手っ取り早い。
「なるほどね……。道理でマナポーションに執着する訳だ……」
「そのフードルは、九条のダンジョンにいる限り人は食べないって認識でいいのかしら?」
「ええ。それは問題ありません。むしろエーテルがなくても、フードルは人を食べたりはしないでしょう」
「……九条がフードルに肩入れするのは理解するけど、そこまで信用する根拠は? アーニャには申し訳ないけど相手は魔族よ?」
「イーミアルとの戦闘中、フードルは黒翼騎士団の誰かを食う事も出来たんです。戦闘終了後、フードルがアーニャを託そうとしたのを俺は断りました。そこで俺を食う事も出来た……。しかし、フードルはそうしなかった。試したことは申し訳ないと思っていますが、それが信用に値すると判断したまでです」
ネストとバイスから向けられる視線。それは睨まれていると表現してもいいくらいには強烈なもの。
俺はそれを真剣に受け止める。知っていることは嘘偽りなく全て話した。
魔族を信用しろというのだ。無茶は承知の上である。
果たして自分の判断が正しいものだったのか……。今、それを判断するのは目の前の2人だ。
暫くすると、ネストとバイスはお互いに顔を見合わせ、大きく溜息をついて肩を竦めた。
それは俺を信用してくれた……というより、匙を投げたといった様子で、複雑な表情。
「まぁ、九条がそこまで言うなら信じるけど……。管理……って言うと語弊があるけど、しっかりと見張っておいてね?」
「大丈夫です。何かあったら責任はアーニャが取ります!」
首がもげてしまうんじゃないかというほどの速度で、俺に顔を向けるアーニャ。
その勢いたるや吹き出してしまうほどの反応であったが、もちろん冗談である。
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