第386話 世界樹と管理者
「バカな!? 何なんだこのエーテルの量は!!」
玉座の間を抜け長い階段を降りていくと、俺達の前に姿を現したのはダンジョンハート。それはダンジョンの核とも呼べる物だ。
フードルはそれを一目見ると、驚きの声を上げ駆け寄っていく。
その中で怪しく光る液体は、フードルに飲ませた物と同じ物。
「これがマナポーションの原料なの? 周りに置いてある容器は何?」
「余剰分が詰まってる。そこから好きなだけ飲んでいいぞ――と言いたいところだが、アニタは飲むなよ? 人間が飲んだら魔力中毒で死ぬほど濃い物だ」
「へぇ……。これだけあれば、ひと財産築けるんじゃないの? ギルドが喜んで買うでしょ?」
考えることは同じかと、苦笑する。
「まぁそう考えるだろうが、俺はこれを商売の道具にするつもりはない。ギルドも既にこのダンジョンは枯れ果てていると思っているはずなんだ。俺はそれを貫き通す。ここの秘密を知っているのは真の仲間だと認めた者だけだ」
「真の仲間……。私もその中に入ってるってこと?」
「もちろんだ」
「ふぅん……」
アニタの表情は判断に困る微妙なもの。嬉しそうにも見えるのだが、どこか怪しげな笑みを浮かべていた。
「じゃぁ、私もお父さんと一緒にここを守っててあげようか?」
俺にとっては悪い提案ではないが、アニタには人間らしい生活を送ってもらいたい――というフードルの気持ちは裏切れない。
「いらん。防衛戦力は十分だ」
「防衛って……。ゴブリンだけで守り切れると思ってるの?」
「デュラハンもいるから安心しろ」
「え? デュラハン!? あの伝説の!?」
デュラハンの伝説。恐らくそれは、武王と呼ばれていた者のことだろう。だが、俺のは違う。
「いや、そっちじゃないな。普通のやつだ」
「……どゆこと? 普通のデュラハンって何? 普通じゃないデュラハンもいるの?」
微妙に話が噛み合っていない気がする。間違いを正すのも面倒だ。直接見せた方が早い。
「ああ。地下3階に封印された扉があるんだが、実はそっちの方が正規の入口なんだ。今はそこの門番を任せてる。よければ……」
「九条殿! 教えてくれ!」
俺の話を遮ったのはフードルだ。
その様子は、まるでありえない物でも見ているような表情で焦燥感を拭えない。
一瞬たりとも視線を動かさず、ジッとダンジョンハートの一点を睨みつけていた。
「なぜ、エーテルが減らないんじゃ!?」
当たり前の疑問に首を傾げる。
「使ってないからだが……」
「そうじゃない! 使わずとも減るだろう?」
「維持費……ということですか?」
「違う! 世界樹の影響は受けないのかと聞いているんだ!」
「世界樹の影響でエーテルが減るんですか?」
「それも知らぬのか!? いや、知らないからこそ疑問に思わぬのか……」
そしてフードルはその原因を教えてくれた。
握り締めた拳からは、根深き怨嗟を感じるほどだ。
「世界樹は、神がワシ等魔族を衰退させんが為に人間共に与えた物。それは地下のエーテルを吸い上げ、地上へと放出する。もちろんその影響は龍脈にもおよび、ダンジョンはエーテルを維持できなくなったのじゃ。……だが、なぜかこのダンジョンはその影響を受けてはいないように見える……」
俺の視線が、自然と108番の方に向くのは当然のこと。
そんな108番の表情は神妙な面持ち。俺とチラリと目が合うと、諦めたかのように肩を落とした。
「世界樹の影響は絶大で、どのダンジョンの賢……エーテルも枯渇寸前でした。その対応策を施されているのがこのダンジョンです。故に世界樹の影響を受けない……いや、厳密には受けているのですが、それを唯一防ぐ事が可能なのです」
「108番の話によると、どうやらこのダンジョンだけが世界樹の影響を防ぐことが出来るらしい」
「それは他のダンジョンには出来ぬことなのか!? もし転用が可能ならば、他のダンジョンも……」
「残念ながら出来ません。そもそもダンジョンを作り出すことが魔王様以外には出来ぬこと。仮にここと同じダンジョンがあったとしても、世界樹の影響からダンジョンを保護するためには、エーテルの流量を調節するバルブの役割を担う者が必要なのです。それは24時間365日、食事も睡眠も必要とせず、絶えずそれを見守り続けなければなりません……」
「それって……」
「はい。それが管理者であり、私のお役目です……」
その悲しそうな笑顔は、俺の言葉を詰まらせるには十分だった。
「九条殿。管理者はなんと?」
「他のダンジョンは諦めろフードル」
フードルはそれ以上聞いては来なかった。恐らくは俺の表情から察してくれたのだろう。
しかし、滑稽である。魔族を衰退させる為の世界樹が、エーテルを吸い上げているのだ。それを知ってか知らずか、人間達は血眼になってエーテルを探している。
世界樹の枝が魔力を帯びているのも、周囲の魔素が濃いと言われるのも納得だ。
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
突然、悲鳴を上げたのはアニタ。
その視線の先にいたのはノルディックの成れの果て。伝説じゃない普通のデュラハンが立っていた。
漆黒の鎧に身を包む首なしの騎士。切り落とされた首は左手に大事そうに抱えられ、右手には両手でようやく振れるであろう大剣を易々と担いでいた。
それが突然現れれば驚くのも無理はないが、アニタのおかげで辛気臭い雰囲気が何処かへ吹き飛んでしまった。
「来たな。これが門番のノルディック君だ」
「急に出てこないでよ! ビックリした……って、今なんて言ったの!?」
「ノルディックだ。俺が殺してデュラハン化させた。1回ドルトンで見せただろ?」
「あぁ、あれってデュラハンを作る為だったのね……。アンタ……結構エグイことするわね……」
「そうか? 当然の報いだ。俺がこうしなきゃ殺されてたのはミアだったんだよ。ただ殺したんじゃ勿体ない。だから再利用しただけだ。エコロジーだろ?」
「死体はどうしたのよ。さすがにプラチナ相手じゃ、プレートだけ提出してもギルドは納得しないでしょ?」
「死体は適当な骨格に肉を付けて、それっぽく作った偽物を提出した」
「アンタ、よくそんな危ない橋渡れるわね……。教会にバレたらとか考えなかったの?」
「教会? ヴィルザール教の?」
「そうよ。古い死霊術は禁止されてるでしょ? 程度にもよるだろうけど、アンタの場合そのラインは余裕で超えてると思うわよ?」
「それなんだが、使っちゃいけない死霊術がリスト化されたりしてんのか? 基準がわからないんだが……」
「さぁ? 教会の気分次第じゃない?」
「そんな曖昧な基準で裁かれるのかよ……。
わざとらしく肩を竦め、呆れて見せた俺に、アニタはほんの少しだけ眉をひそめ声を荒げた。
「ヴィルザール神なんてクソ喰らえよ……」
「その気持ちはわからなくもないが、あまり汚い言葉を使うのはどうかと思うぞ?」
「ヴィルザール神様は、おクソお召し上がりあそばせ?」
「そういう事じゃなくて……。いや……もういい……」
俺は額に手を当て、諦めの境地とばかりに溜息をついた。不覚にもクスリとしてしまったのは内緒である。
アニタだって幼い頃は神を信じていたはず。しかし、そんなアニタに救いの手を差し伸べたのは、神でも教会でもない、魔族であるフードルだ。
それは、百年の恋も冷めてしまうほどの衝撃であっただろう。今まで信じていたものに裏切られたのだ。
人は何かに依存しなければ生きてはいけない。
不安、恐怖、苦悩、困難。無条件でその全てを受け入れてくれるのが宗教だ。
だが、それだけ。拠り所にはなってくれるが、助けてはくれない。
しかし、この世界の神は現存しているから厄介だ。しかも、勇者や世界樹を授けたという伝承まで残っているなら、いつかは助けてくれるだろうと信じて疑わない者も多い。
他力本願も甚だしいが、だからこそ教会の威光は絶大であり、その地位も盤石なのであろう。
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