第385話 アニタ死亡(仮)

「アニタは暫くこの部屋を使ってくれ」


 俺達がコット村へと帰還すると、アニタにはひとまずシャーリーの隣の部屋を貸すことにした。

 ネストにどう説明すればいいのか考えるだけで今から頭が痛いが、まぁなるようになるだろう……。

 ダンジョンに住まわせることも考えたのだが、フードルは1人で十分だと頑なに譲らなかった。

 恐らくはアニタを想ってのこと。コット村と俺のダンジョンはそれほど離れてはいない。会おうと思えばいつでも会える距離である。

 ならば普段は、人間社会に身を置いた方がいいと考えているのだろう。


「それで? 私は何をすればいいわけ?」


「まずはお前のプレートを俺に寄越せ」


「は? なんでよ」


「俺がお前を殺したからだ」


「……意味がわかんないんだけど?」


「お前が追われないようにする為、俺がお前を殺したことにした。プレートは死亡の証明でギルドに提出する」


「じゃぁ、私は冒険者として活動できなくなるってこと?」


「アーニャで新規登録すりゃいいだろ。記録の上でアニタが死んだだけだ。元々偽名で登録してたんだ。何の問題もないだろ?」


「確かにそうだけど……」


「フェルヴェフルールはギルドとの間に溝があるから、それほど調べたりはしないだろうが、念の為だ」


「……わかった」



 その足でギルドに顔を出すと、忙しそうなミアのカウンターへと並ぶ。

 隣の暇そうなソフィアから熱い視線が送られてくるのだが、気付かないフリを押し通す。

 アニタの死亡報告は、内情を知っているミアに処理してもらうのが最適なのだ。

 もちろんすぐに受理されることはない。ひとまず遺失物として預かってもらい、数か月間持ち主が現れなければ、晴れて死亡が認定される。

 恐らくソフィアに本当の事を話しても、協力はしてくれるだろう。だが、いざバレた時に責任を負わせてしまう訳にはいかないのだ。

 敵を騙すには、まず味方から。ソフィアには、俺とミアの話に聞き耳を立てないようちゃんと手を回している。


「おにーちゃん。いらっしゃい」


 カガリと一緒に、カウンターで笑顔を振り撒きながら業務に勤しむミア。

 俺の順番が回ってくると、1人の女性がソフィアの前に躍り出た。


「冒険者になりたいんだけど……」


 もちろんアニタである。

 ミアがカウンターに立つのは久しぶりだ。どうせ人気のない自分の所には誰も並ばないだろうと高をくくって、俺達の会話に耳を傾けていたであろうソフィアは、驚きのあまり声を裏返した。


「ひゃい!」


「えっと……大丈夫?」


「失礼しました。大丈夫です。新規登録でよろしいですか?」


「ええ。お願いするわ」


「では、お名前を」


「アーニャよ」


「アーニャ様ですね。かしこまりました。では鑑定の方させていただきますので、暫くそのままでお待ちください」


 ソフィアが適性鑑定水晶を持ってくると、それを未登録のプレートと同時にカウンターへと置いた。

 それにアニタが触れると、当然のように適性が示され、プレートは黄金に光り輝く。


「えぇぇぇぇ!?」


 まさかの結果に声を上げるソフィア。わかっていたからこそ、その様子は爆笑を禁じ得なかった。

 俺とミアは隣で笑いを堪えるのに必死である。

 初登録でいきなりゴールドの冒険者なぞ、そうはいない。年も若く、いたとしてもこんなド田舎ギルドから排出されることは異例中の異例だ。

 ソフィアの声にぞろぞろと集まる冒険者達は、アニタを囲み賞賛の嵐。当の本人もまんざらでもない様子。


「ついでにホームの登録もお願い」


「えぇぇぇぇ!?」


 腹がよじれて死にそうである。


「ご……ゴールドの実力があれば、王都などに活動拠点を移された方が、よろしいかと存じますが……」


 自分のギルドで囲い込めばソフィアの評価も上がるだろうに、正直に冒険者の立場に立って助言するのはさすがである。

 真面目というか正直というか……。その誠実さが皆に慕われている証なのだろう。

 それを横目にアニタのプレートをミアに預けると、俺は一足先に外の馬車へと足を運んだ。


「どうだフードル。村の様子は」


 幌の隙間からこっそり村の様子を窺うフードルは頬を緩めていた。


「ああ。長閑で良い所ではないか。モフモフアニマルビレッジとは、また変わった名前の村だが、お主らのモフモフ団と何か関係があるのか?」


「全く関係ない。村の名前はコット村だ」


「だが、入り口の看板には……」


「説明するのが面倒なんだよ。わかれ」


 首を傾げるフードルに、溜息をつく俺。白狐はそれを見てクスクスと笑っていた。

 バサリと馬車の幌が捲れ上がると、飛び乗ってきたのは冒険者登録を終えたアニタである。


「終わったわ。戦闘講習と担当の選別は明日にするって言ってきた」


「よし。じゃぁ行くかぁ」


 目指す場所は俺のダンジョン。白狐の狐火を頼りに炭鉱を抜けると、途中ゴブリンにビビり散らすアニタをゲラゲラ笑いながらも、俺達は玉座の間へと降りていく。


「こりゃ凄い……。ここまで完璧だとは思わなんだ……」


 玉座の間を見渡し、感嘆の声を上げるフードル。


「俺がいなくても108番が管理してくれているからな」


「108番!? このダンジョンは108番目なのか!?」


「そう聞いているが?」


「なるほど……道理で狭いわけじゃ……」


 感慨深げに柱を見上げながらも、ペタペタと感触を確かめるフードル。

 じっくりと舐めるような視線は、考古学者が遺跡を鑑定しているかのようにも見え、高齢だろうフードルの見た目も相まってなかなか様になっている。


「知ってるのか?」


「魔王様が最後に作られた場所……それが108番目だと伝わっている。比較的新しいダンジョン――と言っても、どれもワシが産まれる前の話じゃがな」


 その隣で、きょろきょろと落ち着きのない様子を見せているのはアニタだ。


「ねぇ九条。管理人ってのは何処にいるの?」


「ここにいるが?」


 俺の隣。右斜め45度を指差すと、そこに目を凝らせる2人。


「いないんだけど?」


「そりゃそうだろ。幽霊みたいなもんだ。見えるのは死霊術の適性を持っている者だけらしいからな」


 現存している魔族ならば知っているかと思ったのだが、フードルもその存在は知らなかった様子。


「見えないからって、私達を騙して心の中で笑ったりしてるんじゃない?」


「なんで疑いから入って来るんだよ……。お前、ちょっと前まで泣きべそかいて九条様のことはなんでも信じます。抱いて! っつってたろ」


「信じるとは言ったけど、抱いてとは言ってない!」


 もちろん冗談である。


「まぁ、目に見えない者を疑う気持ちもわからなくはないが、俺がそんなことすると思うか?」


 無言で頷くアニタ。この場にはいないが、恐らくミアとシャーリーも首を縦に振ったであろう。

 日頃の行いと言われればそれまでだが、自覚はあるのでそう思われるのも仕方ない。


「そんなくだらんことしねーよ。俺の魔族の知識は108番から聞いたものだ。それ以外に今の時代、どこから魔族に関する知識を仕入れたと思うんだ? むしろフードルは108番がいたからこそ助かったんだぞ? 礼くらい言っとけ」


「うっ……」


 アニタがためらう気持ちも良くわかる。一見何もない場所に向かって頭を下げなければならないのだ。

 仮に俺に騙されていて、宙に向かって礼なぞ言おうものなら、笑い者にされるのは間違いない。

 ある意味究極の選択だ。


「なら信じられるようにしてやろう。108番――やれ」


「えっ? 何?」


「【花弁舞う風ウィンドブルーム】」


 突如俺の隣から発したのは魔法の光。それはただ風を起こすだけの魔法で、殺傷能力は皆無。

 ダンジョン内にも拘らず柔らかな風がアニタの髪を靡かせると、それはいきなり牙を剥いた。


「きゃぁぁぁぁ!!」


 下から吹き上げる突風は、アニタのローブが捲れ上がってしまうほど。

 チラリと見えたのは、アニタの可愛らしい下着。手を使わずにスカートめくりが出来るのだ。便利な世界である。


「何すんのよ!」


「俺はやれと言っただけで、具体的な事は何も指示していない。お前が108番を怒らせたんだろう?」


「……悪かったわよ……。疑ってすいませんでした……。それと父を救ってくれてありがとうございます」


 頬を染めながらも、アニタはしっかり礼を言うと、108番は得意気な顔でふんぞり返っていた。

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