第389話 井の中の蛙
ネストとバイスが王都へ帰った翌日。俺は白狐を連れて村の見回りに精を出す。今日も村は平和である。
シャーリーはカイルをシゴキに山へ。カイルの代わりに村の門番役として抜擢されたのは、従魔達とじゃれ合う見慣れぬ少女、アーニャである。
一体何者なのかとギルドに問い合わせが殺到するも、まさかのゴールドプレート冒険者に皆が驚きを隠せない様子。
笑顔を振りまく可愛らしい少女――のように見えるのだろうが、それは幻想である。
「黙ってりゃ絵になるんだけどなぁ……」
「なんか言った? 九条」
「別に……」
見回りの途中に東門へと立ち寄っただけなのだが、アーニャからの視線は抉るような鋭さ。
ゴールドプレートの冒険者が門番をしているのだ。異常なんてあるわけがないのだが、強いて言うならゴールドプレートの冒険者がこんなちっぽけな村の門番をやっていること自体異常である。
「サボるなよ?」
「アンタには、私がサボってるように見えるの?」
従魔達をモフモフするのは構わない。――構わないのだが、それがサボっているようにしか見えないから言っているのだ。
「いや、邪魔したな」
まぁ、アーニャがサボっていても従魔達がいれば大丈夫だろう。
「次は共同墓地だな……」
1ヵ月後にはアレックスとレナの結婚式に出席しなきゃいけないのだが、準備をしようにも何もすることがない。
誰かに助言を求めようにも、貴族の結婚式に参加したことがある者なぞいるはずがないのだ。
ネストとバイスは、己の身1つあればいいと言っていたので、その通りにするしかないのだが、不安の色は隠せない。
考えすぎならばいいのだが、異世界にまで来てまさか結婚式に悩まされるとは思いも寄らなかった……。
「何か贈り物とか用意しなくてもいいのか? 御祝儀とかいくら包めばいいんだ? それともそういった文化はないのか?」
独り言をぶつぶつと呟きながら歩いていると、白狐が何かの気配を察して俺を呼び止めた。
「九条殿……」
その視線の先には魔法書店のババア。エルザが切り株に腰を下ろしていたのである。
「おやおやこんにちは、九条さん。今日も見回りに精がでますなぁ……」
傍から見れば優しそうな老婆であるが、彼女こそ闇魔法結社ネクロガルドの最高顧問。
世界中に数百という構成員を持ち暗躍する彼等の目的は不明。ギルドと対立し揺らぎの地下迷宮を探しているということから、エーテルが目的なのではないかと疑ってはいるが、単なる推測に過ぎず確証はない。
彼女との出会いこそ最悪であったが、その印象は当初とは打って変わって大分様変わりしていた。
少なくともギルドよりは深い知識を持ち合わせ、法に抵触しないよう活動していることについては一定の評価はしている。
「こんにちは、エルザさん。今日もいいお天気ですね」
「ええ。ホントに……。どうですか九条さん。少し休憩がてら、ウチでお茶でも……」
裏表のなさそうな笑みを浮かべるエルザ。正直言ってこちらに用事はないが、村人達の目が何処にあるかわからない為、丁寧なやり取りを心がける。
「ありがとうございます。でもお気持ちだけ。まだ見回りの途中なので……」
もちろんそれには応じない。確かに当初ほど警戒はしていないが、心を開いた訳じゃない。
「そうですか。ならば、後で九条さんのお宅にお伺いする――というのは、どうですかな?」
それには眉をひそめる。普段は顔を合わせても、軽く会釈をするだけの間柄。にも拘らず、声を掛けてきたのはエルザから。
お茶の誘いを断っても尚食い下がる。そこに何かしらの思惑があるのだろうことは明白だ。
「……それなら構いませんが、俺の部屋は従魔達で窮屈ですよ?」
「賑やかなのは大歓迎じゃよ? では、後程伺おうとするかの……。イッヒッヒ……」
エルザは腰を労わるようにゆっくり立ち上がると、店の中へと姿を消した。
胡散臭い引き笑いは、相変わらずである。
「なんの用でしょう?」
「さぁな……。大方アーニャをネクロガルドに――なんて考えてるんじゃないか?」
「それならば、九条殿の許可は必要ないのでは?」
「確かにそうなんだが、一応断りだけは入れておこうとかそういうのじゃないか? まぁ、警戒はしておくに越したことはない。白狐には、ミアの護衛を頼みたいんだが……」
「カガリと交替ということですね。もちろん引き受けましょう」
エルザは、従魔達がいても構わないと言ったのだ。ならば最大限準備をしてから迎え撃とうではないか。
「お邪魔するよ?」
エルザが来たのは、その日の夕方。
白狐を除いた3匹の従魔達が目を光らせている部屋に招き入れると、用意していたお茶を出す。
「茶だ。飲め」
「……これは……何かの嫌がらせか?」
「……どうしてそう思う?」
「神樹茶じゃろう? こんなもん飲めんわい」
「チッ……」
さすが無駄に歳は食っていないようだ。ジョゼフにお土産として貰った激マズ神樹茶の処分をどうしようかと決めあぐねていたところに、いいカモが来たと思って出したのだが、知っていたらしい。
クソが……。
「それで? 何の用だ」
「まずは、お茶を入れ直して欲しいのじゃが……」
「お前、そんな立場だと思ってるのか? もったいないお化けが出るぞ?」
「もったいないお化けというのは魔物か何かか? ……ようわからんが、そう思うならお主が飲めばよかろう」
「……入れ直してきてやる……」
策士策に溺れるとはまさにこの事。従魔達からの視線が痛い。
お茶を入れ直すとエルザはそれを上品に啜り、ホッと一息。
「今日は、お主に借りていた物を返しに来たんじゃ」
「何の話だ? そもそも何かを貸し借りするような仲じゃ……」
「これじゃよ……」
俺の言葉を遮り、エルザは持っていた袋から小さな木箱を取り出すと、テーブルの上にそっと置いた。
何の変哲もない桐で出来た薄っぺらい化粧箱。年相応にくすんではいるがさすがは桐製と言うべきか、傷んでいるようには見えない。
それを開けるようにと促され警戒しながらもゆっくり上蓋を外すと、その中身に目を見開くほどの衝撃を受けた。俺はそれに見覚えがあったのだ。
勢いよく立ち上がり、エルザに掴みかかると声を荒げる。
「何故、お前がこれを持ってるんだ!?」
そこには俺がジョゼフに託した白い仮面、デスマスクが納まっていたのである。
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