第384話 8年後の結末

「アーニャ!?」


「ママぁぁぁぁ!!」


 ヤート村の墓を掘り起こし、アマンダをよみがえらせると熱い抱擁を交わす2人。

 両者とも大粒の涙を流し、再会の喜びを分かち合う。


「知ってる? ……私、魔術師になったんだよ?」


「ええ。そうね……。私の自慢の娘よ……」


「……それでね。村を襲った盗賊達は私が全部やっつけたの……ママの仇を取ったんだよ……?」


「ありがとう……。ありがとうねアーニャ……。でもそんな危ない事しなくてもいいのよ? 生きていてさえくれれば、それでよかったの……。本当に大きくなって……。アーニャ、もっと顔を見せて?」


 腰の高さほどの身長だった子供の頃のアニタとは違う。アマンダの胸のあたりまで伸びた背は、8年の月日がどれだけ長いものなのかを実感するには十分すぎる変化。

 アニタは、アマンダに成長した自分を見てもらおうと、涙を堪えようとしていたが、溢れ出す涙は最早自分の意志では止められないほどの号泣であった。


「家族とはいいものだな……」


「ああ……」


 俺とフードルは、それを遠くから眺めていた。家族の再会を邪魔するほど野暮じゃない。

 俺はアマンダからヤート村での出来事を教えてもらう見返りに、アニタとの再会を約束していた。

 アニタは、村の崩壊後もちょくちょく顔を出していたらしい。所謂墓参り的なものだろう。

 日に日に成長していくアニタ。目の前にいるのに声すら掛けてやることが出来ない無力感に苛まれながらも、アマンダはアニタからの報告をしっかりと聞いていたのだ。

 ギルバートに殺されそうになったこと。魔術師としての修行に励んでいること。盗賊達を討伐したこと。冒険者になったこと。マナポーションを探していること。そして仲間を裏切り、パーティを勝手に抜け出してきてしまったこと……。

 まさか魔族に育てられていたとは知る由もなかったようだが、それを抜きにしてもアニタの壮絶な過去を物語るには十分だった。


「お主には家族はいるのか?」


「……いや……」


 この世界にはいない。そう言いかけて、言葉を濁した。そこに自然と浮かんできたのはミアの顔。


「血は繋がっていないが、1人だけ……」


「そうか……。ワシと同じじゃな……」


「そうだな」


 言い得て妙だと思いながらも、微笑みかけるフードルと一緒になって笑顔を見せた。

 仕事柄、人が泣く姿を見る機会は多い。その殆どが悲しみから来るもので、慣れることはないだろう。

 その雰囲気に呑まれ、気持ちが塞いでしまうこともしばしばだ。

 だが、この世界で死霊術という適性を見出されてからは、少しだけ変わったような気がした。

 恐らくそれは、悲しみとは違う別の感情がもたらす涙だからなのだろう。


「お主がネロ様と同じ時を歩んでいたら、また違った未来が訪れていたのかもしれぬな……」


 ネロの死霊術適性が低いことは知っている。もし仮に俺がネロの妹をよみがえらせることができたら、ネロは神を裏切らなかったのだろうか?

 僅かばかりに頭を過った疑問であったが、すぐにその答えを探すのをやめた。

 それこそ、神のみぞ知ることなのだから。



「今回は助かった。また世話になるかもしれんが、その時はよろしく頼む」


「おうよ! バルザックの末裔の娘の仲間なら親戚みてぇなもんだ! いくらでも力を貸すぜ!」


「随分と遠い親戚ね」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるゲオルグに、ボソッとツッコミをいれるレギーナ。


「壊してしまったミア殿のワンドは、アンカース家に請求してくれ」


「大丈夫です。ギルドの支給品なんで、たぶん始末書書いて終わりだから」


「なんだったらウチのアストロラーベをミア殿に……」


「ネストさんに殺されますよ?」


「ハッハッハッ。冗談だ」


 ミアからの容赦ない指摘に、目を丸くしたバルザックは豪快に笑う。


「そうだ、九条の旦那。俺の鎧を焦がしたやつを見つけたら教えてくれ。俺様が直々にぶっ殺してやるからよ!」


「あ……ああ。覚えておくよ……」


 恐らく一生見つからないだろうと思いながらも、黒翼騎士団の部隊長達は天へと還って行った。


「この後はどうするの?」


「シャーリーとシャロンさんは、従魔達に乗って近くの街から馬車を借りて来て欲しい。迎えに来るのは明日の昼くらいで頼む」


「フェルヴェフルールに戻るの?」


「いや、もう戻らなくてもいいだろ。その辺りは考えているから大丈夫だ。それと空の木箱か酒樽も用意しといてくれ」


「何に使うの?」


「フードルを突っ込む用だ。さすがに船には乗れないだろ」


「ああ……なるほどね……」


 俺の言動がそうさせてしまっているのはわかっているが、シャーリーの気の抜けたような表情は、正直ちょっとクセになりつつある。


「ミアは俺と一緒でいいな?」


「うん!」



 翌朝早くに暖を取ろうと焚き火を起こしていると、テントから出てきたのはアニタ1人。


「おはようアニタ。よく眠れたか?」


「ええ。おかげさまで」


 アニタが大事そうに抱えているのはアマンダの頭蓋。久しぶりの親子水入らず。昨晩は母親の腕の中でよく眠れたことだろう。

 どこか後ろめたさのあったアニタの顔も、今や憑き物でも落としたかのように晴れやかで、自然とはにかんだ笑顔は控えめに言っても輝いて見えたほどだ。


「そうか。よかったな……。それで、お前はどうする? フードルから聞いているとは思うが……」


「うん。出来れば私も一緒にって言いたいとこだけど……」


「だけど?」


「私は追われる身。これ以上迷惑をかける訳には……」


 俯き影を落とすアニタ。なんとなくそう言うとは思っていた。


「違う違う。リブレスがどうのとか、迷惑が掛かるとか、そんなことはどうでもいい。俺はアニタがどうしたいのかを聞いてるんだ」


「それは……」


「あれだけマナポーションを寄越せだなんて言ってたクセに今更遠慮してんのか? それとも俺が信じられないのか? 昨日の言葉は嘘だったと?」


「違う! 私だって一緒がいい!」


「じゃぁそれでいいだろ……。俺達の事を考えてくれたのは評価するが、お前はもうモフモフ団の仲間なんだ。仲間同士助け合うのが冒険者だろう? 頼れる所に頼ればいい。それとも1人でいることが多すぎて、頼る事すら忘れたのか?」


 この8年間。アニタはだれにも頼らず生きてきた。頼れる場所なぞあるはずがない。だが、俺ならそれを受け入れてやれるのだ。

 既に獣を始め、魔獣に魔物、死んではいるが魔族までもが身内にいるのだ。その中に生きている魔族が加わるくらいどうということはない。むしろダンジョンが賑やかになって108番は喜びそうだ。


「お前、意外とすぐ泣くのな」


「うっさいッ!」


 嬉しそうな笑顔を浮かべているクセに、アニタはその目に大粒の涙を溜めていたのだ。



 シャーリーとシャロンのお迎えが来ると、馬車に乗り込み撤収開始。

 アニタは母親の遺骨を肌身離さず抱き抱え、フードルと共に馬車へと乗り込む。


「すぐに追いつくから、先にグリムロックで乗船手続きを済ませておいてくれ」


「おにーちゃんはどうするの?」


「俺はまだやることがあるんだ」


「わかった。気を付けてね」


 コクセイと俺を残し、馬車はヤート村を後にする。

 恐らく死霊術の後始末的な意味で俺が残ったと思っているのだろうが、そうではなかった。

 それに気付いていたのは従魔達と俺だけである。


「出て来いよ。いるんだろ?」


「……」


 緑に埋もれる倒壊した家屋の影から姿を現したのは、ジョゼフだ。


「九条様……」


「そんなにビビるなよ。何も取って食おうって訳じゃない。お互いにメリットがある話をしようってだけだ。ここはひとつ建設的にいこうじゃないか」


 俺が手に持っているのは白い仮面。それを見れば大体察しがつくだろう。


「取引をしよう。俺の言うことを聞いてくれるなら、この仮面をお前に譲ってもいい」


「本当ですか!?」


「ああ。イーミアルが帰還水晶に投げ込まれたのは見ていただろう? その後、俺が何処からか颯爽と登場して仮面を取り返したと報告しろ」


「……それを素直に信用しますかね?」


「それは向こう次第だが、正直どっちだっていい。過程は重要じゃない。仮面を取り戻したという結果には目を瞑れまい。それともジョゼフが取り返したと言った方が信用するとでも?」


「いえ……」


「ここからが重要だ。俺がフードルとアニタを殺したとも報告してもらおう。もちろん俺も無傷では済まなかった。そこで仮面をお前に託し、俺は自国の帰還水晶で帰還したと伝えておけ」


「報酬は……」


「いらん。そんなはした金受け取れるかとでも言っておけばいい。代わりに、2度と関わり合いになりたくないと愚痴っていたとも付け足してくれれば完璧だ」


「……わかりました」


 ジョゼフは震える手で俺から仮面を受け取ると、神妙な面持ちで頭を下げ、後退るようにその場を去った。


「よかったのか? 九条殿」


「ああ。フードルには悪いが、アニタの為だ。どうせエルフ達には使えないんだし、構わんだろ。それよりもさっさと帰ろう。観光しに来ただけなのに、とんだ災難だよまったく……」


 見上げた空には、それを一時的にでも忘れさせてくれるほどの青空が広がっていた。

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