第383話 合流

「おかえり。おにーちゃん」


 ぱたぱたと駆けてくるミアを抱き寄せる。待ち合わせ場所のヤート村では、皆が焚き火を囲み談笑していた。

 もちろん、その中には黒翼騎士団の面々も何食わぬ顔で混ざっていた。

 その和みようは、昔からパーティを組んでいたのかと思うほどの打ち解けぶり。

 シャーリーとレギーナは意気投合した様子で、弓について熱く語り合っている最中である。


「どうだった? 私の貸した弓は?」


「悪くない……。悪くないけど、あたいのヨルムンガンドの方が使いやすいね」


「あんなバケモノと比べないでよ……」


「使ったことあるの!?」


「九条に借りて……ね」


「どうだった!?」


「だからバケモノだって。少しの力でもあり得ないくらい引けるんだから……。ある意味気持ち悪いわ……」


「でっしょぉぉ?」


 シャーリーの言葉を褒め言葉と受け取ったのか、レギーナは満面の笑みを浮かべた。

 レギーナは獣人族の女性。背格好はシャーリーとそれほど変わらないが、黒翼騎士団随一の弓の名手だ。

 その隣に座っているのが黒翼騎士団の団長であるゲオルグ。その上で肩車されているのが暗殺者アサシンのザラ。

 ザラの背が小さいこともあり、その様子はまさに親子と言った雰囲気だ。

 そしてバルザックは、アンカース家を貴族として栄進させた人物であり、言わずと知れたネストのご先祖様である。


「よう、旦那。どうだった? 俺達の仕事は完璧だったろう?」


「ああ、助かったよゲオルグ」


 リブレスを敵に回さない為にも、イーミアルには第三者に邪魔をされたと思わせなければならなかった。

 馬鹿正直にアンデッドなぞ使おうものなら、そこから俺を連想するのは安易なはず。俺の所為で国際問題に発展されても困るのだ。

 そこで、ダンジョンに眠っていた者達から選りすぐった者達をよみがえらせた。その瞬間さえ見られなければ、彼等は生きている人間とさほど変わらない。

 それはおよそ300年前に黒翼騎士団と呼ばれていた傭兵団の部隊長であった4人。彼等は魔剣イフリート、無明殺し、ウェポンイーター、ヨルムンガンドの過去の所有者達でもある。


「で? あの2人はどうしたんだ?」


「後から来るはずだ。親子で話すこともあるだろうと思ってな」


「そうか。じゃぁ2人が来るまで、俺様が黒翼騎士団の武勇伝を語ってやろう! どうだ? 悪くないだろ!? な?」


 笑顔で胸を叩くゲオルグは、話したくて仕方ないといった様子。

 俺と同い年かそれ以上……にも拘らず、うずうずと俺の返事を待つ様子は、最強の傭兵団を率いていたとは思えないほどの愛嬌である。

 その話に興味がないわけではないのだが、押し付けられると断りたくなる衝動に駆られてしまうのは天邪鬼なのだろうか……。


「聞きましょう九条様! まさか300年も前の事を聞けるなんて……。感動です!」


 それに過敏に反応したのはシャロンだ。まるで子供のように目をキラキラと輝かせているのはエルフ故の知識欲からくるものか……。

 それはリッチとデュラハンを前にした時の反応に、どことなく似ていた。


「じゃぁ、手短にお願いしようかな」


「よしキタ! 心して聞いてくれよ!? ……むかしむかしあるところに、2つの国がありました……」


 昔話の出だしは何処も一緒かと吹き出しそうになるも、ゲオルグ先生の歴史の授業は幕を開けた。


 当時、スタッグ王国の東には2つの国が存在していた。東のヴァイスブルグと西のシュヴァルツフリューゲルだ。黒翼騎士団はその西側の傭兵部隊であった。

 最強の名を欲しいままにしてきた彼等の勢いはとどまることを知らず、傭兵団結成後、異例の速さで東の領地を飲み込んで行った。

 その強さ故に入隊を願い出る者が後を絶たず、その規模は既に国を名乗っても不思議ではないほどの巨大な組織に膨れ上がっていたのだ。

 それを良く思わず、騎士団の裏切りを恐れた西の公爵であるローレンス卿は内通者を送り込み、騎士団を内部から崩壊させ乗っ取ろうと企てた。

 その目論見は見事成功し、4人の部隊長は騎士団を離反し姿を消した。しかし、悲しきかなローレンス卿に黒翼騎士団を率いるほどの統率力はなかったのだ。

 烏合の衆と化した黒翼騎士団は連戦連敗。ついには東のヴァイスブルグに逆転を許し、後のなくなったローレンス卿はスタッグ王国との同盟締結の為、スタッグ国王との会談を取り付けた。

 しかし既にジリ貧であったローレンス卿に、スタッグ国王を振り向かせるほどの条件は提示できず、同盟の話は破談となる。

 怒り狂ったローレンス卿はスタッグ国王を暗殺しようと画策するも、それはバルザックによって阻まれた。

 その褒美としてバルザックは冒険者でありながらも貴族の地位を得ることとなり、それが元部隊長達の隠れ蓑となったのだ。

 その後、東西の争いは東側主導の元、停戦協定に合意。事実上ヴァイスブルグの勝利で幕を閉じ、やがて東西は合併。新たな国家としてシルトフリューゲル建国と相成ったのである。


「ゲオルグ……。それじゃ武勇伝じゃなくて……建国記……」


「ありゃ? どこでズレた?」


 ゲオルグが頭を捻ると、その上に乗るザラがその頭をポカポカと叩く。

 バルザックとレギーナはいつもの事だと呆れた表情を見せながらも、肩を竦め笑っていた。


「九条殿」


 気が付くと、ワダツミの視線の先にはフードルとアニタ。アニタの表情は曇り気味で、僅かに視線を落としていた。

 皆の表情が強張りを見せ、ミアはカガリの後ろにサッと隠れる。

 不穏な空気になってしまうのも仕方ない。フードルは忌み嫌われている魔族だ。その感情を今すぐ180度反転させることなんて器用な事、できやしないだろう。

 しかし、それも時間が解決してくれるはず。

 カガリだって最初はそうだった。今やコット村でカガリを怖がるものは誰1人としていない。

 魔族だって同じだ。……そう思っているのだが、それは少し楽観しすぎだろうか?


「紹介しよう。アニタの父親のフードルだ」


 既に危険はないと示す為に、俺自らがフードルの横へと並び立つ。

 恭しく頭を下げるフードル。柔らかい表情ながらも、本当に受け入れられるのかという疑念も何処かに感じているのだろう。

 半信半疑とはいかないまでも、少々の迷いも伺える表情である。


「フードルだ。魔族である手前、仲良くしてくれとは言えんが、少なくともここにいる者達は食わないと約束しよう。安心してくれ」


 そしてその前に出て、勢いよく頭を下げたのはアニタである。


「ごめんなさい! 私の勝手な行動で皆を巻き込んでしまった……。マナポーションだけ貰えればすぐに手を引くつもりだったの! でも……」


「いいわよ、もう」


 アニタの言葉を遮ったのはシャーリー。その視線はアニタへと向けず、焚き火の火力調節のついでといった様子で、仏頂面を崩さない。


「断片的にだけど九条から8年前の事は聞いた。まさかアニタがそんな波乱万丈な人生を送ってるなんて思わなかった。だからみんなで許してあげようって決めたの。謝る必要なんてない。むしろ1人でよく頑張ったって思うし……」


 焚き火が近い所為か、シャーリーの顔はほんのりと赤みを帯びていた。

 アニタの迷いと葛藤は相当なものであったはずだ。父を取るか、仲間を取るか……。

 俺はその選択が間違っているとは思わない。もし同じような選択を迫られた時、俺もまたアニタ同様、家族を取ってしまうだろうから……。


「さて、最後のひと仕事でもしますかねぇ……」


 思いっきり背伸びをする俺に、アニタは涙を拭い顔を上げた。


「私はどうすればいい?」


「ここにいてくれて構わない。みんなと談笑でもしててくれ」


「九条は?」


「墓荒らしに決まってるだろ……。俺の十八番おはこだぞ?」


 しみったれた空気を和ませようとウケ狙いで親指を突き立て、満面の笑みを浮かべてはみたものの、誰一人笑う者はいなかった……。

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