第380話 vsイーミアル

「まぁ、どう足掻いたってお前とは敵対する運命なんだ。諦めてくれやエルフのねーちゃん」


「そうだな。そろそろ時間もなさそうだ」


 バルザックがチラリと移した視線の先にいたのは、アニタの隣で横たわるフードルだ。


「仕方ないわね……。今更2人増えたくらいどうってことないわ! プラチナの冒険者を相手にしたこと、後悔させてあげる!」


 イーミアルは、フードルに切り落とされた杖の先端を拾い上げ、それに魔力を込めた。


「【魔法の矢マジックアロー】!」


 得意気な笑みを浮かべるイーミアル。その周囲に現れたのは、20をも超える光球だ。それはプラチナを自負するに相応しい技量。

 基本的な魔法が故に、魔術師ウィザードとしての力量を測る指標としても扱われる魔法の矢マジックアロー

 相手に自分の実力を見せつけるには必要十分。並の相手ならばそれだけで戦意を喪失してしまうだろう。


 ――そう、並の相手ならばだ。


「ふん。魔法の矢マジックアローくらい詠唱しろ。そう長いものでもあるまい。この時代の魔術師ウィザードは、面倒臭がりなのか?」


 バルザックがそれを鼻で笑うと、ギルド支給のワンドを小さく手元で回して見せた。


「我が魔力は我が信念。我が信念は全てを貫き全てを穿つ……【魔法の矢マジックアロー】」


 イーミアルは目を見開いた。その結果は明白であり、数えるまでもなかったのだ。


「バカなっ!?」


 それは数だけではなかった。バルザックの周囲に出現した30もの光球は、イーミアルの物よりもずっと大きく眩く輝いていた。それは魔力量だけではなく、精度をも上回っている証拠だ。


「くッ……まやかしだッ!」


 イーミアルが杖を振り下ろすと、魔法の矢マジックアローがバルザックに襲い掛かる。

 それをバルザックは、顔色1つ変えずに迎撃して見せたのだ。それがどれだけ難しいことか、少しでも魔法を齧ったことがあるならばわかるはず。

 魔法の矢マジックアロー同士が衝突し、パァンと小さな衝撃波を発生させながらも次々と弾け飛んでいく。

 そして全てを撃ち落としても尚、バルザックには残弾が残っていた。


「魔力量に胡座をかいている証拠だな。基礎はいいが、基本がなっちゃいない。宝の持ち腐れだ。まるであの時のくじょ……ゲフンゲフン」


 バルザックがわざとらしく咳き込むと、それを隣で見ていたゲオルグは無気力な表情で鼻をほじっていた。


「あー……。こりゃ俺の出番ねーわ……」


「なんだ? 私と変わるか?」


「いいよもう。時間もないし久しぶりの生身の身体なんだから、レギーナとザラにも活躍させてやってくれ」


「さすがは団長。皆の見せ場を作ってやるとは」


 ほんの少しだけ頬を緩めたバルザックは、残っていた魔法の矢マジックアローを撃たずに消した。

 それに腹を立てたのはイーミアルだ。ナメられている。そう考えても仕方がない。


「バカね。折角のチャンスを棒に振るなんて!」


 イーミアルが杖の先端を掲げると同時に、バルザックは控えめに片手を上げ、人差し指と中指をイーミアルへと向けたのだ。

 その瞬間、耳を劈くような甲高い音が通り過ぎ、何かがイーミアルの右脚をブチ抜き、鮮血が舞った。


「――ッ!?」


「おっ? レギーナに撃ち抜かれて悲鳴を上げなかったのは初めてじゃねーか? エルフのねーちゃんも中々根性あるな」


 足に力が入らず崩れ落ちるイーミアル。その後ろには貫通した1本の矢が地面に突き刺さっていた。

 右脚のふとももには500円玉ほどの穴。衝撃で破れてしまったローブは無残にも垂れ下がり、流れ出る血液でじわじわと変色していく。

 それでもイーミアルは諦めなかった。痛みに耐えながらも垂れ下がったローブを引きちぎり、それを足に巻き付け止血を試みたのだ。


「まだ、やる気かよ。ウチの騎士団に欲しいくらいだ」


「ザラ。縛り上げろ」


 バルザックがぼそりと呟くと一陣の風が舞い、何処からともなく現れた黒ずくめの女性が、イーミアルの背後に立っていた。

 首に巻いたマフラーのような物で口を覆い隠すその姿は、さながら忍者のよう。


「貴様ッ! どこから湧いて……」


 ザラは流れるような動きでイーミアルの両手を片手で抑え込みながらも、喉元に突き立てたのは黒刃の短剣。


「なんで、俺のイフリートはダメで、ザラのウェポンイーターは許されるんだよ……」


 ゲオルグが愚痴を溢す間に、ザラはイーミアルを縛り上げた。

 そしてその周りを囲まれながらも、イーミアルは反抗的な目を崩さない。


「お前の負けだ。私達を2人だと侮っていたのが敗因だったな」


「いや、お前がそのまま戦っても勝ってただろ……」


 バルザックは持っていたワンドで、ゲオルグを容赦なく引っ叩く。


「早くやれ」


「ハイハイ。人使いが荒いことで……。すまんなエルフのねーちゃん」


 ニヤリといやらしい笑みを浮かべたゲオルグは、イーミアルの首元からローブの中に手を突っ込んだ。


「ぐむむーッ!」


 イーミアルが口を開くごとに、じっとりと湿っていく猿ぐつわ。必至の抵抗を試みるも、縛り上げられていては無駄である。

 それに引き換え、イーミアルの身体をまさぐるゲオルグはどことなく嬉しそうだ。


 数分後。疲れ切ったイーミアルの胸元からゲオルグの手が引き抜かれると、持っていたのは帰還水晶。


「やっぱあったわ」


「どうやら死なずに済んだようだな」


 バルザックはそれを受け取り、地面へと叩きつけた。

 水晶の破片が飛び散り、中から現れたのは帰還ゲート。


「じゃぁな。楽しかったぜ」


 ゲオルグは縛られたイーミアルをヒョイと片手で持ち上げると、勢いよく振り回しその中へと放り投げた。


「ふごぉー!」


 悲鳴のような何かはゲートが閉じると同時にプツリと途切れ、辺りには静寂が訪れる。


「よし。上手くいったな?」


 バルザックの言葉に、ゲオルグとザラは顔を見合わせ無言で頷く。

 すると3人はそのまま走り出し、何も言わずに森の中へと消えていったのだ。


「ちょっと待って!」


 引き留めようと手を伸ばしたアニタであったがそれが届くはずもなく、ずぶ濡れのアニタとフードルだけがその場に取り残されたのである。

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