第379話 黒翼騎士団

「【溶岩竜巻ラーヴァトルネード】!」


 それは魔力の込められた言葉。森の奥から放たれたのは、渦巻く溶岩の奔流だ。

 空が赤く染まり、それが空中の氷塊に激突すると一気にそれを溶かし切る。辺りに熱湯の雨が降り注ぐと、周囲一帯が蒸気に包まれた。


「何者だ!?」


 イーミアルの声と共に一陣の風が吹くと、晴れた霧の中から現れたのは2人の中年男性。


「やれやれ……。こんな棒切れで戦えとは……」


 その手に握られていたのはギルド職員用に支給されている小さなワンド。それは既にボロボロで、切っ先は弾けたように枝分かれしていた。


「バルザックはまだいいじゃねぇか。俺なんかなんの変哲もないナイフ1本だぜ?」


 イーミアルを無視し、ぶつぶつと何かを喋りながらもゆっくり歩く2人。

 1人は赤髪短髪で、貴族のような格好の男性。白髪混じりでダンディなおじさまといった雰囲気は、凛々しくも威厳のある佇まい。

 眉間にしわを寄せているのは機嫌の所為か、若干暗い印象を受けるが、冷静沈着を絵にかいたような表情を崩さない。

 持っていたボロボロのワンドを投げ捨てると、どこからか取り出したもう1本を隣の男から受け取った。


「ほらよ。それで最後だかんな?」


 それを渡したのは、黒髪短髪の体格のいい男性。赤髪の男よりは若く歳は30代。その体格と無精ヒゲの所為か、若干老けても見える。

 ヘラヘラとニヤつく様子は軽薄そうな性格を連想させるも、それが余裕の表れなのか、場を弁えないうつけ者なのかはわからない。

 光の加減で黒にも赤にも見えるフルプレートの鎧を着込むその姿は歴戦の英雄を思わせるほどの貫禄で、何故か所々焦げているのは、傷跡を勲章として残しておくタイプの戦士なのだろう事を思わせる。

 2人のおっさんは両者の間に割って入ると、イーミアルに背中を向けた。


「えーっと。大丈夫だったかお嬢ちゃん。俺達は弱い者の味方なんだ。……えーっと……なんだっけ?」


「助ける代わりに……だ」


「そうそう。助けてやる代わりに、そのカッコイイ仮面をよこせ。仮面を集めるのが趣味なんだ……よな?」


「はぁ……私に聞いてどうする。ゲオルグは……もう少し自然にできんのか……」


「覚えるのは苦手なんだよバルザック。そう言うなら役割を変えてくれよ」


 何故か片言で棒読みのゲオルグと呼ばれた黒髪の男に、バルザックと呼ばれた赤髪の男は溜息をついて肩を落とす。


「で? お嬢さん。返事は?」


 死を覚悟していたからこそ、アニタは唖然としていた。目の前の出来事に理解が追い付かないのだ。

 助かったのかと安堵していいものなのか、それともこれは夢なのか……。


「なぁ。聞いてるか?」


「…え……ええ……」


 辛うじて窮地を脱したことは呑み込めたアニタであったが、何故彼等が自分達を助けるのかがわからなかった。

 確かに不利な状況であったが、フードルは魔族。無条件で敵対するだけの理由に成りえるのだ。

 それはイーミアルも同様だった。あと一歩のところでトドメを刺せた。それを邪魔されたのだ。


「貴様等何者だ! 答えろ!!」


 アニタの答えを待たずに、怒号を飛ばすイーミアル。

 大氷塊瀑布イスベルグストライクを相殺する程の魔法の使い手の出現に、動揺しない訳がない。警戒して当たり前だ。


「よくぞ聞いてくれました! 俺達は泣く子も黙る傭兵団『黒翼……』」


 ゲオルグが高らかに声を上げると、その最中にも拘らずバルザックは持っていたワンドでその頭をひっぱたいた。


(このど阿呆が! そっちじゃないだろ!)


「ってぇ……。すまん。もう1回やり直させてくれ」


 まるでコントでも見せられているような気分のイーミアルであったが、笑っている場合ではなかった。

 バルザックから感じる嫌悪感。まるでその者の後ろに何者かが立っているかのような、奇妙な違和感に襲われていた。

 肉眼では確認できないのだが、何故かはっきりとわかったのだ。その男には確実に何かが憑いていると。

 それに見られている感覚は、威圧感を通り越し、目の前に巨大な壁があるのかと思うほどの重圧だった。


「俺達は、泣く子も黙る傭兵団『やくたたズ』だ!」


 バルザックがゲオルグに不躾な視線を送る中、ゲオルグは申し訳なさそうにしながらも、再度高らかに宣言した。


「聞かないな……」


「絶賛売り出し中だ! サインが欲しいならくれてやるぞ?」


「いらんわボケェ!」


 イーミアルがツッコんだのとほぼ同時。アニタはその仮面を外すと、ゲオルグに向かって差し出した。


「いいわ。この仮面をあなた達にあげる。だから助けて!」


 その表情は真剣だった。藁にでもすがるような思いとでも言おうか、アニタは2人の怪しいおっさんに全てを託したのだ。

 もちろんその根拠はある。この2人が九条の手の者だからだ。『やくたたズ』なんて名前をつける変人は九条しかいない。この中でアニタだけがそれに気付いていた。

 しかし、何故助けなぞ寄越したのかが不思議でならなかった。アニタはパーティを無断で抜け、知っていた仮面のことも秘密にしていた。

 あわよくば九条の持つマナポーションを奪う気でいたのだ。非難されることはあれど、助けられる理由がない。

 そこまで考えて、アニタは大きく首を横に振った。余計なことは考えず、どうすればフードルが助かるのかを模索した方が有意義だと切り替えたのだ。


「……と、言うわけで、お前とは敵同士になった。悪く思うなよ? エルフのねーちゃん」


 イーミアルに向き直る2人の男は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「そんなに仮面が欲しいなら、無理矢理奪えばいいじゃない! そこにいるのは魔族よ! 私と敵対する必要が何処にあるの!?」


「そりゃそうなんだが、平和的に解決したいんじゃないか?」


 何故か疑問形で返すゲオルグ。それはイーミアルに向けた答えではあったが、答えになってはいなかった。


「俺達も話し合えていたら、もう少し違った未来が待ってたのかもな……」


「過去を悔いても仕方あるまい。あの時のゲオルグはよくやっていた」


 周囲の者にしか聞き取れないほどのか細い声。2人の顔はこれから戦おうとする者のそれではなく、悔しさを滲ませながらも物憂げな表情であった。

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