第381話 紡ぐ願いと繋いだ命
『やくたたズ』の3人が森の中に消えると、アニタはハッとした。
「お父さん待ってて! 今マナポーションを取って来るから!」
それどころではないと立ち上がり急いで納屋へ駆けこむアニタ。散乱した小瓶に足を取られながらもすぐに体勢を立て直し、ベッド脇の木箱を持ち上げた。
「えっ……」
その違和感に最悪の展開が頭を過る。軽すぎたのだ。
恐る恐る蓋を開けると、アニタは目の前の現実に打ちひしがれた。
「うそ……」
その中には何も入っていなかったのだ。
「なんでないの!? さっきはあるって……」
そしてアニタは気が付いた。フードルはアニタの為に最後のマナポーションを飲んでしまったのだと。
それがなければ、待っているのは死である。
魔族は、魔力を体内で作り出すことが出来ない。自然回復しないのだ。それが地上に生きる生物との明確な違いであり、人を食べなければならない理由。
アニタは必至にマナポーションを探した。ベッドの下、棚の上、ありとあらゆるものをひっくり返した。
だが、そこは狭く小さな納屋である。アニタが絶望するには、そう時間はかからなかった。
納屋を飛び出すと、アニタはフードルの元へと駆け寄りながらも、着ているローブを脱ぎ捨てた。
そしてフードルの右手を自分の胸元に押し当て、涙ながらに訴えたのだ。
「私を食べて! 早く!!」
食うと言っても噛り付くわけではない。魔力を喰らうのだ。だが、フードルはアニタを食べようとはしなかった。
自分の腕を掴むアニタの手をゆっくりと払い、儚げながらも笑顔を向けたのである。
「アーニャのおかげでワシは十分生きた。もういいんじゃ……」
「良くないッ! あの時約束した! 私の仇討ちが終われば、私を食べる約束だったでしょ!?」
「はて……そんな昔の約束。とっくに忘れてしもうた……」
「嘘よッ! 私の覚悟は出来てる! お父さんを失いたくないの! お父さんの為ならこんな命惜しくないッ!」
「アーニャ。それはワシも同じじゃ。命を粗末にするものではない。私達は家族なのだろう? ならば娘の未来を願うのもワシの役目。ワシはアーニャの願いを叶えたんじゃ……。今度はアーニャがワシの願いを聞く番。そうじゃろう?」
「違う! 私の願いは、お父さんに食べられて天国のママに褒めてもらうことなの! だから私を食べて!!」
「それでは尚更、食べる訳にはイカンな……。魂が消滅すれば、天へと還ることはない。折角授かった命なんじゃ。精一杯生き、やるべきことをやってから会いたい人に会う。それでよいではないか……」
アニタはわかっていた。どんな言葉を掛けてもフードルは自分を食べてはくれないと。だからこそ涙が溢れ、止まらなかった。
フードルの角は真っ白。それは魔力が切れかかっていることを意味し、アニタの腕の中で次第に冷たくなっていく身体は、露命を繋ぐ事すら叶わないのだ。
「一時とは言え、何処の馬の骨ともわからぬ魔族と供に歩んでくれただけで十分なのに、その別れを惜しんで涙まで流してくれるならワシは果報者じゃ。この世の中も捨てたもんじゃないわい……。のう、九条とやら……」
アニタが振り返ると、そこには九条が立っていた。無表情を貫き、ただただフードルとアニタを見下ろしていたのだ。
「ああ。家族との
「九条! お願い! お父さんを助けて! 何でもするから!!」
縋りつくアニタに、九条は何も言わなかった。フードルはそんな九条に真剣な表情を向ける。
それは親として、残された娘への当然の憂い。
「お主の事は、アーニャから聞いておる。お主にアーニャを頼みたい。どうかワシの頼みを聞いて貰えないだろうか? お主にならアーニャを任せられる」
「お父さん! ダメ! 諦めないで!!」
アニタの事はイーミアルに知られてしまった。相手の出方次第だが、恐らく追われる身となるだろう。
そんなフードルに浴びせた九条の言葉は、辛辣なものであった。
「断る」
最後の希望をも潰え、フードルの表情はそれを予見していたかのように哀しい笑顔を浮かべ、目を瞑った。
「そうか……。無理を言ってすまない……」
それを聞いた九条は、ポケットから金属製のスキットルを取り出すと、それをアニタへと放り投げた。
「自分の娘なんだ。自分で面倒を見ろ」
突然の事で上手くキャッチ出来ずに、空中をぽんぽんと跳ねるくすんだ色のスキットル。
「これは……」
「フードルに飲ませてやれ」
「マナポーション!? やっぱり持ってたのね!!」
アニタは笑顔を取り戻し、勢いよく蓋を開けるとそれをフードルの口元へとあてがった。そしてそれをゆっくり傾けたところで、アニタはその動きを止めたのだ。
「九条! この中身は何!?」
「……ちょっと強力なマナポーションみたいなもんだ」
「嘘! マナポーションはこんな色じゃないでしょ!?」
スキットルを傾けた時、アニタにはほんの少し中身が見えたのだ。その色は普通のマナポーションよりも濃く、怪しく光り輝いていて粘度も高い。
「それはアレだ。お前が酒場で言ってただろ? 死体から吸い取った魔力を加工したものだ」
「……」
一刻を争う事態だと言うのに、アニタから向けられる疑いの目。
確かに未知の物を不審に思うのは当然なのだが、それでも九条は腑に落ちない。
「助けてっていうから助けてやるのに、なんで疑うんだよ……。いいから飲ませろ。ほっといたら死ぬんだから飲ませる以外の選択肢はないだろ……」
「なら、まずは私が飲んで効果を……」
「ちょっと待てェ!」
それに口をつけようとしたアニタから、スキットルを奪い取る九条。
「死にたいのか!?」
「やっぱり! 死ぬような物を飲ませようとしてるのは九条でしょ!?」
確かに人が飲めば魔力中毒であの世行だ。だが、魔族は違う。九条はそれを108番から聞いていた。
元魔族が言うのだから間違いない。中身は大さじ2杯程度しかないが、それでも十分な効果を得られる物なのだ。
とは言え、ゆっくり説明している暇はない。そう思った九条は、フードルに無理矢理飲ませることに決めた。
警戒を強めるアニタの後方へと視線を移した九条。そして驚愕の表情を浮かべ、迫真の声を上げたのである。
「アマンダさん! まだ出てきちゃだめです!」
「えっ!?」
九条に釣られ、振り返るアニタ。もちろんそこには誰もいない。
アニタなら確実に引っかかると思っていた。アニタは、九条が人をよみがえらせることが出来るのを知っているのだ。
その九条が母親の名を口にすれば、まさかと思ってしまっても不思議ではない。
「隙ありッ!」
九条はその隙を付いて、スキットルをフードルの口に押し込んだ。
「モゴッ……」
すぐに騙されたと気付いたアニタは、無常にも白目を剥いたフードルの口に突き刺さったスキットルを払いのけると、それは地面に転げ落ちた。
しかし、時すでに遅し。中身はカラになっていたのだ。
「九条!!」
怒りに打ち震えるアニタ。その視界に割り込んできたのはフードルの上げた両手であった。
それは先程の弱ったフードルとは違い。血色も良く健康的。まるで年老いた者とは思えない程に艶めいていたのだ。
「なんということじゃ……」
「お父さん!?」
フードルは驚きを隠せなかった。久しく忘れていた魔力に満ち溢れた身体を、ゆっくりと起こす。
その角は夜の帳が下りたような漆黒を取り戻し、五臓六腑に染み渡る魔力は、フードルの身体に生きる活力を与えたのである。
「お主。これは……」
フードルは、目を見開きながらも九条を見上げた。
それを邪魔したのはアニタである。フードルに抱き着き2人一緒に倒れ込むと、アニタは子供のように泣いていたのだ。
「お゙どゔざぁぁぁぁん!」
九条がアニタのガチ泣きを見るのはこれで2回目。呆れながらも安堵していた九条に、フードルは頭を下げながらもアニタを優しく撫で続けていた。
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