第376話 出会い

「マ……マ……」


「アーニャ!?」


 目を覚ましたアーニャの元へ駆け寄ったアマンダは、そのままアーニャを抱きしめる。

 アーニャが目を覚ましたのは、あれから3日後のことだった。

 アーニャの魔法で盗賊達の殆どが焼かれ、残りの者は逃げ出した。村に被害は出たものの村長とアーニャのおかげで、村は危機を脱したのだ。

 安堵に涙を浮かべるアマンダの腕の中で、アーニャは気を失う前の記憶をうっすらと思い出した。


「ママ……村長さんは?」


「……」


 アーニャから離れたアマンダは、悲壮感を漂わせながらも目を瞑り、首を横に振った。

 被害者の弔いは既に終わっていた。20数人の村人が亡くなり、村の広場に残されているのは無数の黒い影だけだ。それは文字通りアーニャの魔法で消し炭になってしまった者達の末路。


 外は未だ焦げ臭い匂いを漂わせていた。そしてそこに眠る者は、盗賊達だけではなかった。

 アーニャの雷撃連鎖チェインライトニングが暴走し、村人達もまたそれに巻き込まれた被害者であり、その中には村長も含まれていたのだ。


「ちくしょう! 僕の父さんを返せ!」


 突如アーニャの後ろから掴みかかってきたのは、ジャンだ。

 アーニャはよろけながらもそれに耐え、アマンダがその手を掴むとアーニャから引き離した。


「ジャン……暴れないで……お願いだから……。アーニャ! 先に帰ってなさい」


 アマンダに押さえられながらも必死に抵抗を続ける少年は、その瞳に涙を溜めアーニャを睨んでいた。

 アーニャは何も言えなかった。その目に恐怖を覚え、その場から逃げるように走り去った。


 緊急で村の会合が開かれ、大人達が一堂に会した。とは言え、その雰囲気はお通夜である。集まってはみたものの、あまりの衝撃に誰もがふさぎ込んでいた。

 盗賊達を撃退し豊穣祭の売上金は守られたが、人的被害は多く、これまでの出来事を領主様に報告しなければならない。

 今後同じようなことが起きないとも限らない。ギルドにも呼び掛けるつもりではあったが、村長亡き今、まずは村の代表者の選出が必要不可欠。

 これは領主が村長を指名するまでの応急処置。選ばれたのはギルバートと呼ばれる20代前半の男性だった。

 街への買い出しにはよく出向いていた為、旅に慣れていた事と、村の若者を束ねるほどのリーダーシップがその条件を満たしていたからだ。


「精一杯がんばります……」


 それは村の代表者を担う者とは思えないほどに暗い挨拶であった。



 そして翌朝。ギルバートが旅の補佐役として選出した親友のビリーと、魔法書を大事そうに抱えるアーニャを連れて、領主の屋敷がある街までの旅が始まった。その工程は往復で5日ほどだ。

 魔法書は、新たな火種にならないようにと領主に預けることで全会一致。アーニャは村での出来事を証明する為に必要だった。


「アーニャ。道中気をつけてね。ギルバートさんに迷惑をかけないようにね」


「うん」




 そして村を出発して2日目の夜。そのギルバートが豹変した。


「お前の所為でッ!」


「きゃぁッ」


 ギルバートがアーニャの腕を持ち上げ、放り投げると、地面に這いつくばるアーニャに対し暴行を加えた。

 それは本気ではない。本気ではないが、子供にとっては対して変わらない差だった。

 耐えがたい痛みに涙が溢れ、大声で泣き出すアーニャ。その泣き声に気付いたビリーが、ギルバートを止めに入る。


「おい! やめろギルバート!」


「やめられるか! こいつのせいでマリーは死んだんだぞ!?」


 マリーは村一番の美人と言われるほどの女性だった。気立てもよく、若者の中心であるギルバートとは恋仲であったのだ。

 しかし、アーニャの魔法に巻き込まれ惜しくもこの世を去ってしまった。ギルバートにはそれが許せなかった。


「なんで……なんでお前じゃなくてマリーなんだッ!」


 理不尽なのはわかっている。しかし、ギルバートは若かった。どうしても溜飲を下げられなかった。

 村人の大半が、アーニャのおかげで助かったと考えている。だが、少数ではあるが、そう考えられない者も少なからずいるのである。ギルバートはその筆頭であったのだ。


「それをよこせッ!」


 ビリーを振り解き、ギルバートがアーニャから奪ったのは1冊の魔法書。


「それをどうするつもりだギルバート!」


 自暴自棄になったギルバートの勢いであれば、それを破り捨ててしまう可能性すらあったが、そうじゃなかった。


「俺は村を出る! マリーのいない村なんかどうだっていい!」


「ふざけるなよギルバート! 最初からそのつもりだったのか!? 俺はどうするんだ!?」


「お前も村を出ればいいじゃないか。少なからず村に不満もあるだろ? そう言う奴を選んだんだ。魔法書を売ったカネは均等にわけよう。金貨500枚だ。独り立ちの初期費用としては悪くないだろ?」


「「……」」


 お互いが顔を見合わせると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる2人。


「……アーニャはどうする?」


「……魔物に殺されたことにしよう。放っておいて村に帰られたら面倒だ。俺達が逃げたことを告げ口するかもしれない」


「ひっ……」


 アーニャを見下ろす2人の目は欲に塗れていた。ここにいれば殺されてしまうと本能的に悟ったアーニャは泣くのを止め、逃げようと走った。

 ギルバートは護身用のくたびれたショートソードを抜くと、ビリーと共にアーニャを急ぎ追いかける。

 真っ暗闇の森の中。方向すらわからずにひたすら走り続けたアーニャは、運悪く大きな木の根に足を引っ掻け、盛大に転んでしまった。

 立ち上がり走り出そうとするも、その足は動かない。

 すりむいた膝は見るからに赤く、皮どころが肉までめくれ上がっている。その痛みに子供が耐えられるわけがない。

 痛み。悲しみ。絶望がアーニャを飲み込み、逃げるのも忘れてただただ泣きじゃくった。

 ギルバートはそんなアーニャに向かってショートソードを振り上げる。


「……なんじゃ……。子供の泣き声が聞こえるかと思えば、同族殺しか……」


「誰だ!?」


 ギルバートはそれを振り下ろすのも忘れて、声のする暗がりへと目を向けた。


「我が名はフードル。お主こそ何者じゃ?」


 そこから出てきたのは、仮面をかぶった1人の魔族。

 ギルバートとビリーは血の気が引き、悲鳴にも似た声を上げる。


「ひぃぃぃぃ。ま……魔族だぁぁぁぁ!」


 ショートソードを投げだし、脱兎の如く逃げ出した2人。


「やれやれ……手負いの老人を見ても逃げ出すか……。徒党を組まねば何も出来ぬ人族らしい……。どれ、泡沫夢幻ほうまつむげんにやられた分の魔力を回復せにゃならんからの……。運が悪かったと思って諦めろ」


 フードルと名乗った魔族の男は、逃げ出した2人を追いかけていく。暫くすると、森がうっすらとした輝きに包まれた。

 それはまさしく魔法の光。そこに木霊したのは、2つの大きな悲鳴であった。

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