第375話 チェインライトニング
豊穣祭。それは毎年決まった月に行われるヤート村の伝統行事。
全てというわけではないが、この村の畑や家畜は村民の共有財産だ。村人が持ち回りで管理をし、収穫された農作物をヴィルザール神へと捧げ、翌年の五穀豊穣を願う。
豊穣祭が終わると、それを隣町へと売りに行き、そのお金は村人達に均等に分配されるのだ。
どの家庭にも不自由がないようにと、村長がこの村の運営をしていくうえで決めたことで、それはこの50年間上手く機能していた。
子供にとってはなんの面白味もないお祭りではあるが、それでもはしゃぎまわっているのは、翌日のご褒美を楽しみにしているから。
作物を売りに行った村人が、街で子供達用にと甘いお菓子を買って来てくれるのである。
ただ芋を蒸しただけではない砂糖菓子。それは天にも昇るような甘味。想像しただけで、涎も止まらなくなるというものだ。
「はい。これはアーニャちゃんの分」
「ありがとぉギルバートさん!」
差し出された布袋を受け取ると、天へと掲げぴょんぴょんと跳ねまわるアーニャ。
「ちゃんとヴィルザール神様にもお礼を言うんだよ?」
「びるざーる神様ありがとございます!」
笑顔のまま、お菓子の入った袋を大事に抱え家へと持って帰ると、アーニャはそれをベッドの上にひっくり返す。
そして綺麗に並べ始めた。
「えーっと。コレは今日たべるやつで……。こっちのはあしたにしようかな?」
貰った物を一気に全部食べたりはしない。その味を想像しながら楽しみは後に取っておく。少しずつ順番に食べて行くのがアーニャ流なのだ。
「きゃぁぁぁぁ!!」
その時だった。平凡な村には似つかわしくない耳を劈くような悲鳴が辺りに響き渡ると、途端に外が騒がしくなった。
怒号と蹄の音が入り混じり、アーニャは不思議そうに窓から外を眺めた。
血を流し逃げ惑う村人、怖い顔をして武器を振り上げ追いかけ回す男の集団。アーニャは村に良くない事が起きているという事を理解し、ベッドに並べていたお菓子を急いで仕舞った。
「アーニャ!?」
アーニャの部屋の扉が勢いよく開くと、血相を変えたアマンダが飛び込んできた。
「ママ!」
「逃げるのよ!」
アマンダは不安そうなアーニャを抱き抱え、そのまま外へと連れ出した。
必死の形相をした母親の横顔。それに恐怖を覚えたアーニャはアマンダを強く抱きしめ目を瞑ったのだ。
「ブレイズさん! こっちにもいましたぜ!」
アーニャが次に目を開けた時、目の前にいた男はアマンダに錆び付いた剣を突きつけていた。
村人達が村の中心へと集められ、盗賊達がそれを取り囲む。
恐らくは盗賊達のリーダーだろうブレイズと呼ばれた大男が座っているのは、豊穣祭の売上金が入った麻袋だ。
「これで全員です。ブレイズさん」
「よし。これから選別を始める。14歳以下のガキは全て没収だ。それとは別に1人金貨100枚。あるいはそれに相当するお宝を差し出せば命だけは助けてやる」
村人達の顔が一斉に青ざめる。豊穣祭の売上金は既に取られているのだ。それなくして金貨100枚が厳しいのは明らか。
恐らく村に住む家族の半数が支払えない。たとえ払えたとしても、家族全員分は無理に等しい。
「待ってくれ!」
「あぁん? なんだぁじじい」
その集団の中から立ち上がったのは村長だ。
「ワシの家に金貨1000枚に相当する魔法書がある。それを譲ろう。それで勘弁してくれんか?」
「本当かぁ? ひとまず持って来てみろ。それまで村人は人質だ。逃げたら殺していくからな」
確かにタニアが残した形見の魔法書がある。だがそれにはそれほどの価値はなかった。売ったとしても精々金貨300枚程度の物だ。
とは言え、盗賊達に知識がなければその価値はわからない。それを調べられる前に領主に相談し、盗賊の討伐と村の防衛をお願いすればいいだけだ。それだけの時間が稼げればいい。村長にとっては大事な物だが、村が助かるならと魔法書を潔く差し出した。
「ふむ……。まぁいいだろう。子供以外は助けてやる」
「待て! 全員ではないのか!? 話がちがう……」
「うるせぇ! 子供なんてまたつくりゃいいだろうが!」
泣き叫ぶ子供たちを引き摺る盗賊達。それに歯向かう親は容赦なく切りつけられる。
「ぎゃぁぁ!!」
聞こえたのは毛色の違う野太い悲鳴。それは村人のものではなかった。
そこには片腕を失くしたブレイズが蹲り、その前には肌身離さず持っていた杖を振り抜いた村長の背中があった。
「クソっ! 仕込み杖かッ……」
その杖は持ち手を除き、片刃の剣となっていたのだ。
「てめぇら! やっちまえ!!」
突如始まった大立ち回り。80近い老人とは思えない剣捌きで盗賊達を翻弄する村長であったが、多勢に無勢。それが続くはずもなく、村長は次第に押され始める。
その時だ。アーニャの前に降って来たのは、切り落とされたブレイズの腕と1冊の魔法書。
開かれたページには、見たことのある挿絵が描かれていた。
「ぐふッ……」
アーニャが顔を上げると、村長は既に満身創痍。地面に膝を突き、背中からは無数の刃が突き出ていた。
「ア……ニャ……」
振り返るように地面へと倒れ込んだ村長は、アーニャを見つめ呟いた。
小さく擦れた声は聞き取れない。しかし、アーニャにはしっかりと伝わっていた。
「おうごんの……くさびがつむがれ……たばとなす……」
魔法書をたどたどしく読み上げていくアーニャ。その手のひらは不自然にも盗賊達へと向けられる。
「このみに……ながるる……いかづちよ……」
それに逸早く気付いたのはブレイズだ。
切り落とされた腕の付け根を押さえながらも、怒号を響かせる。
「やめさせろ!!」
アーニャへと向かって駆けだす盗賊達。しかし、その手は届かない。
村長が最後の力を振り絞り、先頭を走る盗賊の足に手をかけたのだ。
土埃を巻き上げ、バタバタとドミノのように倒れる盗賊達。
「役立たずどもめ! 俺がやる!」
ブレイズは残った腕でダガーを引き抜き、それをアーニャがいるであろう土埃の中へと投げ入れた。
しかし、聞こえてきたのはアーニャの悲鳴……ではなく、魔法詠唱の最終節。
「いちじょうの……ひかりとなりて……やみよをきりさき……あれくるえ……」
「外しただとッ!?」
そして、それは完成した。
「【
土埃が一気に晴れ、アーニャの手から放たれたのは鎖のような雷撃の束。
アーニャが放つ初めての魔法。魔力操作の拙いアーニャは、無意識に全魔力を注ぎ込んだ。
盗賊達の間に幾つもの雷光が迸る。そして肉の焼ける焦げ臭い匂いが周囲に漂い始めると、アーニャは気を失った。
その直前、アーニャが最後に見たものは、柔らかな笑みを浮かべる村長の姿であった。
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