第373話 それぞれの思惑

 最悪な状況にしたのは、勝手に出て来て魔法をぶっ放したイーミアルの所為である。

 しかも、それを避けなければ直撃していたのは俺だ。アニタの意表を突くという意味では効果的であったのかもしれないが、本当にそのつもりで撃ったのかは、疑わしい。

 プラチナの俺が避けられないはずがないと考えていたのか。シャーリーの言うようにスパイを疑われ、どさくさに紛れて始末できればと考えていたのか……。

 どちらにせよ、イーミアルの言いなりになる気は毛頭ない。


「最悪だが、勝機はある。こちらはプラチナが2人にゴールドが1人。それに相手は角を片方失くしている」


「すいませんイーミアルさん。ちょっと質問してもいいですか?」


「なんだ? こんな時まで緊張感のない奴だな……。手短に話せ」


 俺に悪態をつきながらも、イーミアルはその視線を魔族から逸らさない。


「あの魔族の方とお知り合いみたいですけど、誰なんです?」


「あいつはフードル。私達が長年追ってる魔族の1人だ……。まさかアイツが仮面を持っているとは……」


「へぇ……」


 俺の返事が気に障ったらしい。イーミアルは逸らさなかった視線を俺へと向け、額に血管が浮き出そうなほどに声を荒げた。


「何故貴様はそんなに悠長に構えていられる!? 相手は魔族だぞ!? そんなこともわからぬ腑抜けなのかッ!?」


 腑抜けも何も、俺とフードルがやり合う理由がない。そもそも皆が怯えるほどの魔族。メリットもないのに何故手伝ってもらえると思っているのか。

 怪我とかしたくないし報酬も出ない。カネは必要ないがタダ働きは御免である。イーミアルは依頼主であり仲間ではない。勝手に数に入れられても困るのだ。


「そちらから来ないのなら、こちらからゆくぞッ!」


 痺れを切らしたフードルが吼え、手のひらをこちらに向け構えて見せる。その流れるような動きは、まるで老人とは思えない程滑らか。


「ちょっと待ったぁ!」


「むっ!?」


 俺の声に、そのままの体勢で動きを止めるフードル。それは少なくとも話しが通じるということを意味し、その表情は険しくもこちらの出方を待ってくれる姿勢であった。

 ならば話は早い。


「俺達は帰る! どうしてもやり合うなら、その後にしてくれ」


「はぁぁ!?」


 それを聞いて声を上げたのは、隣のイーミアルだ。


「貴様逃げるつもりか!? 相手は魔族。人類にとっても敵であろう! 魔族に殺された同胞たちの恨みを晴らそうとは思わんのか!?」


 実に種族主義的な考え方である。


「別に思いませんね」


 淡々と答える。そこに感情なんてものは存在しない。

 とは言え、イーミアルを否定しているつもりはなく、ただ単にそんな昔の事、俺の知ったことではないのだ。

 歴史的にそういった過去があるのは知っているが、それに特別な感情が湧くわけがない。そもそも俺は、この世界の人間ではないのだから。

 元の世界。日本でも戦争はあった。それはこの世界とは違って何千年も前の話ではない。

 戦争では大勢の人が亡くなった。それに哀悼の意を表するのは当然のことだが、相手国に対して本気で仇討ちをしようと考えている人は皆無だろう。俺もその1人だ。

 そんなことより生きる事の方が忙しく、自分の事で手一杯なのである。過去を振り返ることも大事だが、未来を考えないでどうするのか。

 もちろん、それを他人に押し付けるつもりはない。だから、それを俺に押し付けるな。俺は自分が後悔しないよう、やりたいようにやるだけなのだ。


「わかっているのか! あいつらは人を食うんだぞ!?」


「らしいですね」


 直接見たことがないから何とも言えない。それが生きる為に必要な事なら、仕方がないのではないだろうか? 熊だってワニだって腹が減れば人を食う。そこに何の違いがある?

 魔族の味方をするわけじゃないが、魔族だけが糾弾されるのは不公平だ。むしろ食べもせず悪戯に殺生する人間の方が、自然の摂理に反している。

 俺にそんな偉そうなことを言う権利はないが、少なくともフードルの隣にいるアニタが食われていないのだから、無差別に食い漁るような野蛮な印象は受けない。

 魔族は敵であり人を食うという先入観を植え付けられている世界であれば、恐れるのが当然なのかもしれないが、話が通じるのだから勝手な妄想で恐れる前に、話し合おうとは思わないのだろうか……。


 顔を真っ赤にして怒鳴りつけるイーミアルを、風のように受け流す俺。イーミアルからしてみれば暖簾に腕押しといった状況に、苛立ちが募って当然だ。

 すでに場の雰囲気は、これから死闘が繰り広げられるとは思えない空気感。仲間達は俺とイーミアルの言い合いにハラハラと落ち着かない様子で、フードルとアニタに至っては、最早ただ茫然と立ち尽くしているだけ。

 そりゃそうだろう。魔族は敵が当たり前の世界。当然フードルは戦う覚悟で出てきたにもかかわらず、俺は帰ると言い出す始末。

 相手から見れば急に仲間割れでも始めたのかと勘繰っても仕方がない。しかも宣言通りに俺が帰れば、それは戦力が激減する事と同義であり、相手にとっては喜ばしい事だ。


「じゃぁ、生きていたらフェルヴェフルールでお会いしましょう。報告するまでがお仕事なので」


「ホントに帰るのか!? 冗談だろ!?」


 激しく動揺するイーミアル。必死に引き留めようとするその様子は滑稽である。


「もちろん本気です。そもそも仮面を取り返すことは仕事内容には入っていませんから」


 契約通りだ。何も疚しいことはない。

 俺はそのままコクセイに跨り、他の従魔達も仲間を乗せると、呼び止めるイーミアルを無視し一目散に駆け出した。


「九条様! お待ちください!!」


 追いかけてくるジョゼフをぐんぐんと引き離す従魔達は、そのまま森の奥へと突き進む。


「九条殿! 本当にいいのか?」


「大丈夫だ! 出来るだけ早くここから離れろ!」


 暫くすると、遥か後方に上がる土煙。体の芯まで揺るがすほどの轟音が、戦闘開始を告げていた。

 道なき道を駆け抜ける4匹の従魔達。先頭は俺の乗るコクセイ。それに追いついたのはワダツミに乗るシャーリーだ。


「九条! どういう事!? 説明して!」


「アニタを助ける! リブレスを敵に回さないようにするには、これしかない!」


 フードルを見て気付いてしまった。酒場でアニタが言っていた、魔族が人を食う理由というのを思い出したのだ。


『魔力を効率的に補給する為よ。彼等は体内で魔力を精製出来ないの』


 フードルは何らかの理由で人が食えない。もしくはそれをやめたのだ。その補給の為、アニタがマナポーションを探し回っているなら辻褄が合う。


「正直に話してくれれば……」


 そこまで言って口を噤んだ。アニタが庇っているのは人類の敵である魔族。言い出せなかったのだろう。

 アニタが必死に庇うところを見ると、フードルは弱っている可能性が高い。恐らくは逃げようとしても逃げられなかったのだ。だからこそ俺達の到着を待ち、仮面とマナポーションの取引を持ち掛けた。


「クソッ! 間に合ってくれ!!」


 ――俺は約束していたのだ。アニタを連れて帰ると……。

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