第372話 アニタの父親

「止まって!!」


 緊張感が伝わるほどの大声は、女性のもの。くぐもっているのは、顔に仮面をつけていたからである。

 左目の所だけが四角くくり抜かれているだけの白い仮面。背格好はそれほど高くはなく、例えるならアニタほどの背丈。着ているローブもアニタが着ていた物に瓜二つで、持っている杖もそっくりだった。


 ……ってゆーかアニタだ。


「九条殿……あの者は……」


「わかってるよ……。アイツ、何しとんねん……」


「あれって……アニタさん……だよね?」


 ミアでも看破するほどだ。アニメや漫画じゃない。そんな仮面1つで正体が隠せるわけがないだろう。

 だが、ジョゼフはそれに目を見張った。それこそが探していた物なのだから。


「九条様! あの仮面こそがネロ様の仮面でございます!!」


 興奮気味のジョゼフに言われずとも、薄々そうなんじゃないかとは思っていた。

 アニタは最初から知っていたのだろう。仮面の存在している場所。そして俺がヤート村を調査すれば、ここに辿り着いてしまうことを。

 だが、何故逃げなかった? 仮面を持ち去れば俺達の調査は空振りで幕を閉じたはずだ。


「九条! 取引よ! この仮面が欲しければ、マナポーションをあるだけ渡して」


 なるほど。そのブレない覚悟はさすがである。だが、残念ながらマナポーションなぞ1本も持っていない。


「持ち合わせがない」


「なら、調達してきて。3日以内よ。それ以上は待てない」


「いやだね。取引には応じない」


「じゃぁ、どうするって言うの? 足手まといを抱えて私から仮面を奪うことができる? 少しでも怪しい動きを見せたら、私はこの仮面を破壊する」


 仮面が破壊されようが、俺の知ったことではないが、ジョゼフの前で好きにしろとは言いにくい。同様に死霊術が使えないのも確かだ。

 それにいくら従魔達が速いとは言え、アニタが仮面を破壊する方が先だろう。

 ならば、そこから導き出せる答えは1つである。


「帰る!」


「えっ!? ……ちょ……ちょっと……」


「九条様! 本気ですか!?」


 困惑するアニタに、悲痛な叫び声をあげるジョゼフ。


「九条……。あんたもブレないわね……」


 なんとなく予想はしていたのだろう。シャーリーとミアは「言うと思った」という諦めの表情を浮かべていた。

 仮面を取り戻す依頼は受けていないのだから当然である。調査は既に終了している。仮面を見つけたところで、それを持って帰る義理はない。

 もちろん何の障害もなく持って帰れるのであれば、親切心で持ち帰ることも視野に入れるが、マナポーションを渡してまで取引をする謂れもないのだ。


「【水槍撃リクイドスピア】!」


 その声は後方から聞こえた。


「九条殿!!」


 ワダツミが声を上げ、俺のベルトを勢いよく引っ張る。そして俺の横を掠めていったのは、液体で出来た鋭槍だ。それはアニタに向かい一直線に飛翔する。


「くっ……【砂岩盾グラベルシールド】!」


 アニタが杖を突き出すと、目の前に現れたのは直径50センチほどの砂岩の盾。それが水の槍を弾くと、お互いが塵と消える。


「へぇ……。あの子、なかなかやるじゃない……」


 俺達の後ろから姿を見せたのは、馬に跨るイーミアル。その勝ち誇った表情は、悪魔のような笑顔であった。


「良くやったわ九条。仮面を見つけた事、褒めてあげる」


 馬を降りながらも、上から目線の物言いには苛立ちが募り、俺は顔を歪めた。

 正直言ってお呼びじゃない。褒めてもらっても嬉しくはないし、話がややこしくなるから出てきてほしくなかったというのが本音だ。


「私が、あの子の注意を引き付ける。その間に従魔達を回り込ませなさい」


「何故ですか?」


「何故って作戦よ。あの子に仮面を壊させない為のね。そのためには、九条の従魔とシャーリーの弓が必要。後はわかるでしょ?」


「えっ……私!?」


 やる気マンマンのイーミアルだが、それにはまったく共感できない。そもそも全然わからんし、勝手に出て来て指揮をとろうとするな。

 やるなら勝手に1人でやってくれ。


 その時だ。納屋の扉が勢いよく開いた。それが外壁にぶち当たると、扉の蝶番が錆び付いた音を響かせ折れる。

 そこから出てきたのは小汚いバスローブのような物を身に纏う老けた男性。まるで寝起きのような乱れた白髪。肌の色はダークエルフのようでもあるが、それとは決定的に違うところがあった。

 それは耳の上から生えている2本の大きな角である。ヤギのようなゴツゴツとしたそれは天高く聳え立っているのだが、その片方は無残にも折れてしまっている。


「お父さん!?」


 それには皆がぎょっとした。アニタが父と呼んだそれは、どう見ても魔族。朧気ながらも108番にどこか似ている雰囲気を醸し出していたのだ。

 黒い目に輝く瞳は、赤とも紫とも取れる色。それはイーミアルを鋭く睨みつけていた。


「なんでこんなところに……」


 イーミアルの顔は汗にまみれ、杖を構えながらも歯を食いしばる。それはなにもイーミアルだけではなかった。

 シャーリーにシャロン。果てはミアに従魔達までもが絶望にも似た表情を浮かべていたのだ。


泡沫夢幻ほうまつむげん。貴様だったか……。寄ってたかって我が娘を囲むとは……。やはりお前達とは相容れぬようだな……」


 魔族の手に握られているのは1本のマナポーションの小瓶。その中身は空である。


「待って! 私が何とかするからお父さんは下がって!」


 恐らくは育ての親といったニュアンスだろう。どう考えてもアニタに魔族の血が流れているとは思えない。

 魔族の出現に緊張感が高まりを見せる中、俺だけが他人事のように遠くから眺めている感覚であった。


「おい。九条。モフ……お前達の中に魔族とやり合った経験を持つ者は?」


 それを聞いていたであろう全員が首を横に振る。


「ないみたいですけど……」


「クソッ……。最悪だ……」


 歯ぎしりをしながらも顔を歪めるイーミアル。プラチナプレートの冒険者がこの焦り様だ。恐らくはそれだけの相手であるという事なのだろう。


 ――知らんけど……。

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